元おっさん、黒竜と出会う
リーゼンガルドの案内で、セントは《冥王》黒竜のいる場所へやってきた。
鉱山内を上ったり下ったりを繰り返してきたので、地図がなければおそらくこの場所へは到達できなかったに違いない。
目の前には、人の手では到底建造出来そうもない、巨大な門がそびえている。
「これが転生の門……思った以上にでかいな……」
門の大きさに驚いていると、頭に直接響いてくるような、太い声が聞こえてきた。
『生ある者が、この地へ何をしに来た?』
声は、間違いなく門の傍らにいた漆黒の竜からだ。
「嘘……黒竜の目が……」
リーゼンガルドは、剥製と思っていた黒竜の目が赤く光っていることに驚く。
「あんたが、《冥王》黒竜だな?」
セントが黒竜に問う。
『如何にも。我を知っているとは、貴様はただの人間ではないな?……ふむ、なるほど。以前門にやってきた転生者の影響か。……いや、それだけではないな?』
黒竜は、心音の魔力を感知したのだろうが、《聖王》フェネクスの魔力も察知したのだろう。
「まずは、《聖王》から、宜しく伝えておくように言われてきた。俺はフェネクスから、羽を与えられた者だ。それに、以前心姉があんたに世話になったそうじゃないか。その礼も言っておく。ありがとな。おかげで、20年振りに幼馴染みと再会できた。感謝しているよ」
『ほぅ……あの者が召喚したのが、貴様だったか。それに、《聖王》とも面識がある、と。なかなか面白い存在だ』
クックックッ、と低く笑う黒竜。
「それと、もうひとつ。ここにいる剣姫、リーゼンガルドを元の世界へ帰す方法を教えてもらえないか?」
セントが本題を切り出すと、黒竜は目を細め、横たえていた身体を起こす。
『それを知って、どうする』
「リーゼンガルドを元の世界に帰す。彼女は強すぎる。この世界のパワーバランスを崩すほどの力を持っているから、元の世界に帰すのが、この世界にとっても有益じゃないか?」
『異世界人なのに、なぜそこまでこの世界のことを考える?その者の力を利用すれば、この世界でも好きなように振る舞えるのではないか?』
「そんなの、つまんないだろ。なんでも自分の思うようにいかないからこそ、面白いんじゃないか。多少の妥協があるからこそ、充実感を得られることだって、多々ある。それに、俺は一番にはなりたくない。良くて二番手で十分なんだよ」
『それだけの力を持ちながら、よく言う』
「自分のために使う力は、自衛の分だけで十分なんだよ。それ以上のものは、他人を幸せにするために使っても、バチは当たらないだろ?それに、俺はこの世界が好きになった。それだけの理由で、この世界のことを考えてもいいだろ?」
『クックックッ、やはり面白い存在だな、貴様は』
「誉め言葉として受け取っておくよ。それより、リーゼンガルドをどうやったら元の世界へ帰せるんだ?彼女がいないと、向こうの世界のパワーバランスが崩れて、大変なことになっていると思うんだ。一刻も早く戻してやりたい」
『ふむ……異世界人の立場でそのような思いを抱いているとは、貴様は単なる異世界転移者ではなさそうだな。よかろう』
黒竜が咆哮を一つ上げると、転生の門が一瞬光り、その前に魔法陣が出現する。
『その魔法陣に乗れば、そこの者の世界へ行ける。ただし、戻れる時間は指定できない。召喚されてから数分か、数日か……あるいは、数十年経っているかもしれん。それでも行くか?』
黒竜がリーゼンガルドへ問うと、彼女は頷く。
「構わないわ。私は、あの世界が好きだもの。例え数十年経っていたとしても、必ず国を建て直してみせる。それが剣姫としての役目だもの」
『ならば行くがよい。そうして己の生を全うしてみせよ。死後、我と再び相見えるやもしれん』
「ええ」
リーゼンガルドが魔法陣へ乗る前に、セントの元へやってくる。
「セント、貴方には感謝するわ。……貴方の武器を出してもらえる?」
「わかった」
セントが収納からミミックブレイカーを出すと、リーゼンガルドは魔剣ジュエリンクで己の指に小さな切り傷をつけ、ミミックブレイカーへ血を垂らす。
「何を……」
してるんだ、と言う前に、ミミックブレイカーが赤い光を放ち、柄にジュエリンクと同じ宝珠が出現する。
「感謝の印。私の力を少し貴方に分けたわ。これで貴方は私のジュエリンクと同じ強化をすることができる。もう会うことがないでしょうから、別れの挨拶とでも思ってくれていいわ。……元気でね、セント」
「お前もな、リーゼンガルド」
握手を交わすと、リーゼンガルドは魔法陣へと消えていく。
それを見送ると、セントはミミックブレイカーを収納し、黒竜へ向き直って礼を言う。
「黒竜、ありがとな」
『ふん、今回だけは特別だ。本来なら、転生者のしたことには傍観で済ますところだが、貴様の言う通り、さすがにあの者はこの世界のシステムを揺るがしかねん存在だ。それに、貴様は《聖王》と繋がりがある。応えてやるのも吝かではなかったからな』
ここで、セントはもう一つ黒竜に聞きたかったことがあったのを思い出す。
「そうだ、転生者。黒竜、どうしてもわからなかったことがある。なぜ、リーゼンガルドはこの門の前に召喚されたんだ?転生の門と召喚と、どんな関係があるんだ?」
『確実なことは何も言えん。ただ、原理の予測は立てることができる。転生の門は、死者の魂が集まる空間へ繋がっている。その空間は、様々な世界と繋がりがあり、互いに干渉できないようになっている。そこへ、何らかの力を使って接続し、この世界と異世界を直接繋げ、呼び出したのだろう。一つ不可解なのが、この世界の神はそんな力を授けるはずがない。おそらく、召喚した転生者は、また別の神のような存在からそのような力を与えられたのだろう』
「なるほど……リーゼンガルドを召喚した転生者は、彼女が帰ったことを知れば、再び新たな者を召喚することができる、と考えて良さそうだな。それを防ぐことはできないか?黒竜はそいつと面識があるんだろ?」
『知っているが、関わりは一切無い。奴はこの世界に転生してから、門のことは知ることができただろうが、我のことは単なる剥製とでも思っていたのだろう。我も何をしようがただ傍観していただけだからな。我の役目はこの門を守ること。それ以外では貴様のような例外を除いて、基本的に関与しない。奴の暴挙を防ぎたいのなら、己で解決せよ』
「やっぱそうなるか……」
セントはある程度、このような結果は予測できた。《冥王》黒竜は、《聖王》フェネクスと同じように、己の役割以外のことには全く関与しないだろうと思っていたからだ。まさかリーゼンガルドを元の世界へ帰せるとは思わなかったが。
『だが……』
多少諦めが入ったところで、黒竜は意外なことを言い出す。
『貴様は《聖王》が認めた存在だ。我も貴様の手助けくらいはしてやる。これを持っていけ』
黒竜が咆哮を一つ上げると、セントの目の前に、大きな漆黒の鱗が一枚現れる。
「これは……?」
『黒竜鱗だ。直接の効果はないが、それを持っているだけで、我の知識の一部を得ることができる。貴様には世界書庫があるだろうが、そこには記載されない様々な情報も得られる。それで好き勝手やっている転生者共の情報を学ぶといい』
「わかった」
セントが黒竜鱗に触れると、それは一瞬で消えてしまう。
『安心せよ。黒竜鱗は貴様の世界書庫と一体化して存在している。それは元々物質ではないからな』
「そ、そうか……」
『我のできることはここまでだ。後は貴様がその力をどう使うか。己自身で考えるといい』
黒竜が再び横たわり、目の赤い光は散っていく。これ以上は話すことがない、ということだろう。
「ありがとな。じゃあ、俺は行くよ」
もう反応しない《冥王》黒竜に声を掛け、セントは来た道を戻っていくのだった。




