元おっさん、巨大モンスターと対峙する
アーチから晩飯という報酬をもらったセントは、すぐに行動した。
パーティーメンバーの誰かを誘って、時間を改めて向かっても良かったのだが、調査程度であれば無理をする必要がないし、何より女性陣が温泉を楽しみにしていたようなのだ。それを邪魔するのも忍びない、ということで、単独で行くことにした。
火山地帯に繋がっている北門を通り、アーチから受け取った地図と旅魔法の地図を参考に、山を登っていく。
火山地帯はモンスターの生息が少なく、仮に遭遇しても、こちらから攻撃をしない限りは基本的に無害らしい。というのも、この辺のモンスターは、火山の熱や岩石、鉱石を主食にしており、しかも好戦的ではないのだ。
ちょっとした動物園気分を味わいながら、目的地へ到着する。
「これは……さすがに圧倒されるな」
温泉街の北門を出て、北東方面を進んだ先。そこに『熱屋亭』のため池状になっている源泉があるのだが、あろうことか、そのど真ん中に、小山のようなシルエットがあった。
「目算で、体長50メートルはありそうだな……」
モンスターの周囲をぐるりと回ると、どうやら鳥系の特徴をもっているようだ。頭はアーチの言っていた通りで、よく観察していくと、その上には王冠のような紅のトサカが生えている。
身体全体は、ハリネズミのような剛毛でびっしりと覆われており、こちらはオレンジ色だ。
そして、オナガドリのように長くたなびく尾が、横たわっている全身を守るように巻かれていた。
「こいつは……フェネキィ、だと?だが、なぜこんなところに……?」
鑑定結果ウィンドウでそう出たので、世界書庫で確認すると、フェネキィは滅多に人前に現れないモンスターで、ボルカノ火山にのみ生息が確認されている稀少種らしい。推定ランクA+。ただ、実際に戦った者はいないので、見た目だけで判断されたランクである。
ボルカノ火山の麓のノム王国では、繁栄の証としてフェネキィの抜け落ちた羽を持ち帰る風習が昔あったらしいが、そもそも個体数が少なく、見た目が他の鳥類の羽とほぼ同じで、素材としても他のモンスターの方が優秀なので、今では完全に廃れているそうだ。
しかも、フェネキィは極端に他の生物との関わりを避けており、害も益もなさないので、戦うメリットが全くない。
鑑定結果には、さらにフェネキィの恐るべき能力が表示されていた。
「炎化に硬質毛化、形態変化能力か……下手したら前に戦ったダンジョンボスのレヴィアタンの使徒より強いんじゃないか……?」
とりあえず、モンスターの調査は完了した。これだけで依頼は半分達成したも同然だ。後は討伐か追い払うかだが、巨体故にセントの力がどこまで通用するかわからない。
今は出直そう、と思ったところで、セントは源泉の一部に変化があることに気づいてしまった。
「……源泉の一部が、燃えている、だと……?」
変化があった箇所は、明らかに源泉とは違う、赤みを帯びた液体が浮いている。
その液体は、源泉の高温のせいか、時間差で発火したのだ。
「油……とは違うな……」
火はすぐに消えたものの、おそらくあれが源泉の温度を上げている原因なのだろう。
液体の流れてくる方を見やると、どうやらフェネキィの身体から来ているようだ。
「……ん?そうか、そういうことか……」
そこで、ようやくセントは液体の正体に思い当たる。
それは、フェネキィの血。
何らかの原因により、こいつは怪我を負っている。
それを癒すために、この源泉に居座っているのだ。
セントは事象変化で源泉の上を歩き、フェネキィの傍へ向かっていく。
それに気付いたフェネキィは、警戒心を露にしてきた。
全身の毛を硬質化し、一部では炎化を始めている。
「落ち着いてくれ。俺はお前を助けたいんだ」
両手を上げて、丸腰をアピールするが、どうやら上手く伝わってないらしい。
(ここで使うのは勿体ないが、仕方ないか……)
フェネキィは硬質化した毛を、ミサイルのような速度で飛ばしてくるが、セントには効かない。
炎化した吐息をぶつけてきても、無効化されてしまう。
物理無効と魔法無効スキルのおかげだ。
再度毛を飛ばそうとしたところで、ついにセントはフェネキィの身体に触れることに成功した。
そこで精神感応を使って、フェネキィに直接思いを伝える。
(俺は、お前の怪我を治したいだけだ。だから、少しだけでもいいから、俺を信じてくれ。頼む……)
セントの思いが伝わったのか、フェネキィは警戒心を少し解いた。
(……ありがとな)
セントは治癒魔法を早速掛ける。
モンスターを癒すなんて初めてのことだったが、どうやら問題なく効果を発揮できるらしい。
患部と思しき箇所が暖かな光に包まれ、傷を塞ぐ。すると、源泉に流れていた血が止まったようだった。
(これでもう大丈夫だな。後はここに用はないだろ?早く帰るといい)
(……人間、なぜ私を助けた?)
突然少年のような声が、セントの頭に響いてくる。
(お前……言葉がわかるのか?)
知性があることに驚くセントに、フェネキィは肯定してきた。
(本来なら、人間とやり取りをできるわけがないのだがな。どうやら、貴様は規格外のスキルを持っているようだ)
(それは誉め言葉として受け取っておくよ)
(話を戻すぞ。なぜ貴様は私を助けたのだ?)
(理由は特に思い付かないな。ただ、お前が怪我を癒すためにここにいた。俺はお前を癒すことができると思った。強いて言うなら、これが理由だな)
(ふむ……貴様は変わり者だな?ただ出来ると思ったからといって、好んでモンスターである私に近寄るなど、常人では考えられん)
このフェネキィ、意外と話が好きなのかもしれない。そう思いつつ、セントは頭の中での会話を続ける。
(よく言われるよ。ま、俺自身も自覚しているしな)
(酔狂な)
(それも誉め言葉として受け取っておくよ)
(まあいい。少なくとも、私は貴様に助けられた。それは感謝をしておくぞ)
(そう言ってもらえると、助けた甲斐があったよ)
(礼として、何かしてやろう。叶えられるかは別だが、聞くだけ聞こうか)
どうやら、フェネキィは恩を返してくれるらしいが、言い方から、あまり期待はできそうにないかもしれない。
(なら、この源泉から離れてくれるだけでいい。一応、そんな依頼を受けていたからな)
(それだけでいいのか?)
意外と、驚かれてしまった。
(ん?まぁ、今のところはそれでいいかな。それ以外には、思い付かないし)
(ふむ……)
しばし、考えるフェネキィ。そして。
(ならば、貴様を我が故郷へ案内してやろう。異論はないな?)
(うん?そうだな、特に急いでやることもないし、異論はない)
なんか、強引にフェネキィの故郷へ行くことになってしまった。強制的、とも言える。
(ならば、私の背に乗るといい。常人なら、風の抵抗をうけるだろうが、貴様なら問題あるまい?)
(おう、問題ないな。じゃあ、頼むよ)
(心得た)
セントには事象変化があるし、魔法変化と魔法付与もある。風の抵抗など、いくらでも受け流せる。
このことが、この世界の新たな真実へ繋がっていくとは、セントは全く予想していなかったのだった。




