元おっさん、城塞貿易街に入る
ルー達と共に、セントは近くの街へやってきた。
「ほぉ………すごい街だな」
セントは街の外観にまず驚く。街をぐるりと囲うように、高さ20メートルほどの石壁がそびえ立っている。
「まるで城壁のようだな……。街というよりはもはや要塞だな……」
セントの感想に、ルーが苦笑しながら説明してきた。
「ふふっ、そうだろうね。この街は城塞貿易街レードと呼ばれているんだ。ヌル草原は見晴らしがよく、また、他国との貿易の中心となっている街なんだ」
レードは、ヌル草原を挟んでサウザン帝国、ビスト王国、ゴド神国との国境にあるクラン王国の街である。ここに三国の特産品などが集まり、クラン王国の各街へと輸送されていく。
ルーの話によると、他国と最も多く接しているのがこのレードであり、ここが万が一陥落すると、クラン王国にとっては相当の打撃になってしまう。そのため、防衛にかなりのコストをかけた結果、こんな街になったらしい。
「ひとまず、ここでセントの生活必需品を揃えよう。いつまでもその格好だと、大変だろう?」
「そういえば、そうだな……」
セントはルーに言われて気づいた。そういえば、返り血がついたままの寝間着姿だった、ということに。
「私たちはいつも通り、それぞれの施設に顔を出してくるわ。今日はあの宿に泊まるつもりでしょう?」
「そうだね。じゃ、また後で」
そう言うと、女性陣は各々別々に離れていく。残ったのは、ルーとセントのみ。
「指示語ばかりの話でさっぱりわからんのだが……」
「セントもいずれわかると思うよ。とりあえず、僕らは僕らの目的を果たそう」
二人はまず、防具屋へ向かう。移動中、セントは地図を表示しながら、ルーについていく。
「そういえば、セントに聞きたいことがあったんだけど」
「……ん?なんだ?」
ルーの質問に答えるべく、地図を表示している半透明ウインドウからルーに目線を向ける。
「たまにそうやって何もないところを見つめているけど、そこに何かあるのかい?たぶん、異世界人特有の能力だと思うけど」
「ウインドウのことか?……それは言ってなかったな。今、俺の目の前には地図を表示している半透明のものがあるんだ。……そっか、ルー達には見えないんだな。簡単にいうと、ウインドウは情報を視覚化したものなんだ」
言われてみれば、時々パーティーメンバーから変な物を見るような目で見られていた気がする、と思い出した。
「なるほどね……」
納得したような顔になるルー。
「じゃあ、ダンジョンとかだと、次の階層までの道がわかったりするものなのかな?」
「うーむ……それはダンジョンに入ったことがないから、わからないな。もしかしたら、通った道ならわかるかもしれないが。実際、今だって街の地図を表示しているけど、建物の詳細……つまり、民家だったり酒場だったりは、俺が前を通ってようやく判明するようだからな」
「そっかー、やっぱり、何か制限があるんだね」
初めから全てが判明しているのであれば、それこそ世界を創造した神のような所業だろう。そんな異世界など、ゲームでしか知らない。
そんなことを話しているうちに、目的地へ到着する。
「…と、ここだよ」
見た目は商店街の一角にありそうな、石造りの長屋。入り口の横には、おそらく模造品であろう、様々な鎧や盾がガラスケースに入れられて飾ってある。
「防具屋で衣服も買えるのか……あまりイメージが無いな」
「僕らにとっては普通のことなんだけどね。衣服は、自然の暑さや寒さから身を守るもの、とされているんだ」
「ほぅ……そういう考えなのか……」
「さあ、中に入ろう。お金のことは気にしないでいいから」
ルーに促され、セントも店内へ入っていく。
店内は、大きく分けて三つのブロックに分かれていた。敵との戦いを想定した、鎧や盾類のブロック、普段使いの衣服類のブロック、下着類のブロック。もちろん、試着室も設えてある。
全てのブロックに用があるので、セント達は順番に回っていくことにする。
店に入ると、ルーは店員からタブレットのような魔道具を受け取っていた。話を聞くと、店内には盗難防止のための特殊な魔法が掛けられており、この魔道具で商品をチェックすることで、会計を終えたら持ち出しができるような仕組みになっているそうだ。しかも、会計はキャッシュレスで、口座から引き落とされるらしい。
異世界までキャッシュレス化が進んでいるとは思わなかったセントだが、ここで気づいたことがあった。
「……俺、この世界の口座なんてないぞ……?」
「それなら大丈夫。この後セント専用の口座を作るためにギルドへ向かうつもりだから」
「ギルド……?」
ルーの言葉に、「?」を浮かべるセント。
「経済を安定させるためにある、人々の組合のようなところだよ。仕事を斡旋したり、お金のやり取りを管理したりする組織を、ギルドと呼んでいるんだ」
日本でいうと、行政機関と金融機関が一緒になったような組織。それがギルドだろう、とセントはあたりをつける。
「ギルドは、国とは基本的に対等な関係で、国から依頼を受けることもあるし、逆に国に依頼することもある。そして、ギルドといっても、種類は様々で、例えばレーネはエルフ族だけが集まったエルフギルドに所属しているし、ネイは獣人族のギルドに所属している。レーネは魔術師ギルド、僕は冒険者ギルド所属なんだ。個人で複数のギルドに所属することは可能だけど、ギルドに所属している以上、こなさなければならない最低限の依頼数がそれぞれ決まっているから、あまりお勧めできないけどね」
「その依頼数がこなせないと、どうなるんだ?」
「良くて口座凍結、悪ければ除名されて、生活ができなくなるね」
そうなると、もはや自給自足しか手段がなくなってしまうだろう。
「この世界の常識。働かざる者、食うべからず、ってね。まぁ、依頼の難易度は関係ないから、極端な話、適当に掃除をしたり、雑草抜きをしたりするだけで依頼達成、なんてこともザラにあるから、そこまで気にすることはないと思うけど」
「なるほど、なんとなく理解できた。ちなみにだが、ギルド同士の関係って、どうなっているんだ?」
「世界ギルドっていうものがあってね、ギルド同士で揉め事があれば、そこで当事者と第三者を挟んで話し合いをして、案件に優先順位を決めていくんだ。各ギルドは、その決定に従って動いていく。だから、ギルド同士は対等なんだ」
地球で考えると、国際連合と国際司法裁判所が一緒になったようなイメージだろう。
「今のところ、魔王討伐が世界ギルドの最優先案件なんだ。それで、僕らのパーティーが結成されたんだ。リーダーは、職業神教会から勇者の職業を偶然授かった僕。で、教会から派遣されたのがミリア。ミリアは職業神からの啓示を受けられる特殊なスキルを持っていてね。勇者パーティーにふさわしい人物の特徴を予め受け取っていたようなんだ。希望者はかなりの数だったけど、能力、性格、本人達の希望を考慮して、最終的に今のメンバーになったんだ」
「そのわりには、俺が入るときはかなりあっさりだったと思うのだが?」
「元々、異世界人は少ないし、ミリアの持つ魔道具【真実の眼】が何も反応しなかったからね。あ、【真実の眼】っていうのは、対象の悪意や野心を見抜く魔道具でね、これが反応する相手には、加入を断っていたんだ」
「そんな裏事情があったのか……」
一瞬、セントの背筋に冷や汗が流れたような気がした。
「まぁ、終わったことなんだし、いいじゃないか。それより、今は目的を果たそう」
しばらく話に夢中になっていたせいか、立ち止まっていたことに気がつく。
「そうだな」
二人は買い物を再開するのだった。