元おっさん、港町を出る
「セントの旦那、助かったよ。灰色団を取り戻せたし、仲間たちも戻ってきつつある」
ジンは、地下水路を案内してくれたエイジスと並んでセントに礼を言ってきた。
ここはジンの家代わりだったあばら家。息子のケインは市場に出て、今は迷惑を掛けた人々に謝罪をしながら、手伝いをしているらしい。
セント達は、魔王教会本部が消え去ったのを確認してから、すぐに宿へ転移し、疲れを取るためにすぐ休んだので、今日はその翌日の昼である。
ルー達は既に町の入り口で待っているはずだが、セントだけはジン達に別れの挨拶をするためにここに来たのだ。
「こちらこそ、世話になった。ジン達の力添えがあってこそ、俺達の目的も果たせたしな。感謝している」
「そいつは良かった。俺達はこれから世界各地に散っていた団員を呼び戻して、再び灰色団の立て直しをはかる。また何かあれば、旦那の力になってみせるよ。それだけの恩が、旦那にはあるからな。そういえば、旦那はグラスウィードに入っているんだよな。表の情報はそっちで入るだろうけど、裏の情報なら、俺達に任せてくれ」
「それはありがたいな。その時は、遠慮なく頼らせてもらうよ」
「おう!旦那、元気でな!」
「ジン達こそ!またな!」
セントはジン、エイジスと別れの握手をして、その場を後にした。
入り口では、ルー達5人が待っていた。
「待たせたな」
「大丈夫だよ。じゃあ、行こうか」
次の目的地は、王都と港町の中間にある観光地の温泉街。セントが初めて合流した直後に、女性陣が行きたがっていたところだ。
温泉街へ向けて、6人はフィズ街道を通っていく。
フィズ街道は、港町サドーナ、温泉街ジグロム、王都クラムトーラを結ぶ、交通の要所である。そのため、レードほどではないが、それなりに防衛に力が入れられている。
一定の距離ごとに衛兵の詰所が設けられており、交代で一日中街道を巡回しているのである。
おかげでモンスターの脅威はほとんど無いし、問題が起こってもすぐに解決できるため、クラン王国内でもトップレベルの安全な街道とされている。
路肩には、ちらほらと出店をしている者の姿があり、空腹で倒れるようなことはまずないだろう。
「ルー、温泉街まで、どのくらいかかりそうだ?」
「そうだね……大体、2日くらいあれば着けるはずだ」
「2日か……」
セントの旅魔法の一つである地図は、現在地から目的地への直線距離が示されるので、実際に道を通っていくと、どのくらいかかるのかわからないのが欠点だ。そのためルーに尋ねたのだが、話を聞くと、どうやらフォーク湖の外側を迂回するように街道が延びているらしい。
「途中に宿のような施設はあるのか?」
「無いね。だから、今日は野宿かな」
「野宿かぁ……」
実のところ、セントはこの世界に来てから野宿らしいことはしたことが無いに等しい。
強いて挙げるなら、初めてルー達と出会った時くらいだろうか。
「そんなに心配しなくても大丈夫。このフィズ街道は、衛兵が定期的に巡回しているし、街道からあまり離れない限り、比較的安全なんだ」
「そういうもんなのか……」
とりあえず、今は受け入れるしかない。そして、セントは心の中で、いつか持ち運びできるような、安全なセーフハウスのような物を作ってやろう、と誓ったのだった。
その日の夜、街道から100メートルほど離れたところで簡単な拠点を設え、野宿をした。
見張りは二人一組で、交代で行うことにしたのだが、セントは5人に、
「俺にやらせてくれ」
と申し出た。
一人だと大変だろうから、と、ルーはもう一人つけようとしたが、セントは固辞する。ならば、ということで、一定時間ごとにセントの様子をみる係を5人で分担してやる、という妥協案で落ち着いた。
セントが固辞した理由は、単に野宿が不安だから、というものだったのだが、それ以外にも一人で考えたいことがあった。
時刻は深夜にかかろうとしているところ。周囲は闇に包まれ、セントの目の前にある焚き火がパチパチと燃えている。他の5人は、二梁のテントで男女に別れて眠っているはずだ。
「……このままじゃ、まずいよな」
セントが考えているのは、ミリアの状態。今はセントが代弁しているから、あまり問題ではないが、実際のところはいつ治るかも不明確なのだ。
「俺もずっと一緒に居られるわけじゃないんだよな……」
セントはいずれ、このパーティーを離れる。これは既に全員の了承済みだ。その前までに、回復してくれるのを祈るしかない。
ふと、背後から誰かが近付いてくる気配がする。
地図上では青の点なので、5人のうち誰かだろう。
「監視役にしては、まだ早くないか?」
約一時間前には、ネイが様子見にきていた。交代時間は二時間おきなので、まだ一時間早い。そう計算しての声掛けだ。だが、返事が無い。新手のドッキリかとも思ったが、すぐにそうではないとわかる。
(セントさん、お疲れ様です)
(ミリア、か)
(はい)
ミリアは、そっとセントの左肩に手を置いている。
(さっきも言ったが、監視役にはまだ早いぞ?)
(知ってます。でも、私はちょっと眠れなかったですし、セントさんと話もしたかったので)
ミリアは、自然な動作でセントの左側へ座る。それと共に、ミリアの手は、セントの左腕へ移動していた。
(俺と話をしても、あまり面白くないぞ?)
(そうかもしれませんね)
ミリアはからかうような微笑を浮かべている。
(それでも、今の私が話できるのは、セントさんだけなので、少し付き合ってくださいね?)
(まぁ、それもそうか)
現在、ミリアは声が出せない。そのせいで、仲間達の話は聞くことしかできないのだ。それが、多少のストレスになっているのだろう。
(そういえば、セントさん、しばらく会わないうちにシルバと仲が良くなったみたいですね。何かあったんですか?)
(お前もそれを聞いてくるか……ま、当然か)
(「も」?どういうことですか?)
(いや、同じことをルーにもレーネにも聞かれたんだよ。せっかくだし、ミリアにも話すか。お前がルーと行動を共にしていた時、俺とシルバとネイは、ある依頼を受けてレーゼの森の奥にあるフォーム遺跡を探索していた。そこで、いろいろあって、俺とシルバは本気で喧嘩することになったんだ。お互いに腹に積もったことをぶちまけあった結果、俺がボロボロに負けた)
(……でしょうね)
ミリアは若干呆れ顔だ。
(だが、そのおかげでシルバとの誤解が解けたんだ。今じゃ、【接続】登録をしてよくやり取りをしてる)
(……なるほど。時折お二人の息がぴったりだと思っていたのは、それでやり取りをしていたからなんですね)
(そういうことだ)
納得するように、ミリアはコクコクと頷いている。
(ミリア、俺からもお前に聞きたいことがあったんだ)
(私に?何でしょうか?)
(もしも……もしもだぞ?お前がルーの子を妊娠したら、やっぱり嬉しいか?)
(それは……たぶん、嬉しいと思います。でも、現実では道のりはまだまだ先でしょうね……。それに、仮にそうなったら、三人に何か気を使ってしまいそうで、少し……怖いです)
(……そうか)
予想通りの回答をしてくるミリア。
ここで、セントは一つ気になったことがあった。
(ミリア、もう一つ聞きたい。今は魔王を倒すためにパーティーを組んでいるんだよな。その魔王を倒した後、お前達はどうするつもりなんだ?)
(それは……あまり考えたことがありませんでした。ただ、少なくとも私はその後もルーと共に冒険者をやっていると思います)
(昔のルーとの約束、か)
(そうですね。三人は……なんだかんだで、一緒にパーティー組んでやっているような気がします。セントさんは……やっぱり元の世界に帰るつもりなんですよね)
(そうだな……実は、もう俺の気持ち次第で、いつでも帰ることができるんだ。手段は心姉から聞いているからな)
(そう……なんですね。あの、セントさん……私たちに何も言わずに、急にいなくならないでくださいね……)
ミリアの顔に、少し不安が浮かんでいるのに気づく。
(心配するな。その時はちゃんと伝えておくから)
セントは安心させるように、ミリアの頭をポンポンと軽く叩くと、ミリアは一瞬驚いたが、すぐに少し嬉しそうな顔になった。
(……はい。……なんだか、セントさん、私が前にいた孤児院の院長みたいです)
(年代的に、近そうだからな。)
(そういえば、結構忘れ気味ですが、セントさんは中身は35歳なんですよね。なんとなく納得できます)
(まぁ、俺も最近は自分が35のおっさんであることを忘れ気味だけどな。おそらく、精神が肉体に引き摺られているんだろうな)
(ふふっ、そうなんですね。……そろそろ眠ります。セントさんのおかげで、だいぶスッキリしました。セントさん、あまり無理はしないでくださいね?……お休みなさい)
(ああ、おやすみ)
ミリアがテントに戻っていったのを確認し、セントは再び焚き火へと目を向ける。
(……ミリアの状態を治すのは、ルー次第になりそうなんだよな……)
セントの中では、一応効果が期待できそうな手段は思い付いている。
それはズバリ、ルーにミリアを抱いてもらうこと。だが、ルーがそれを承諾してくれるとは思えない。
二人はおそらく、お互いが異性として気になっていることだと思う。
ミリアは既に、ルーが好きだとセントに打ち明けているし、ルーだってミリアが不在のときの取り乱し様から、そう予想できる。
ただ、ルーは今の女性陣との関係を崩したくないはずだ。
少なくとも、最終目的の魔王討伐を成し遂げるまでは。
(難儀だよなぁ……。いっそのこと、四人全員を嫁認定にでもしてもらえたなら、楽なのに。まぁ、ルーなら絶対にやらなそうだよなぁ……)
――――セー君、いっそのこと、勇者さんに一服盛って、全員と既成事実を作ってもらっちゃったらどう?幸い、次の目的地は温泉街なんだし。四人には、予め話をしておけば、たぶん了承してくれるんじゃないかな。
(心姉、それはさすがにルーに悪い。まぁ、俺も温泉街で何か五人の関係を発展させるようなことはしようと考えていたけど)
――――そうなんだ?じゃあ、私にちょっと考えがあるんだけど……
(聞くだけ聞こう。実行するかは、俺が決めるけど)
そうして、心音の悪知恵をいくつか聞き、セントは思案するのだった。




