元おっさん、害獣を巣ごと駆除する
ルーの体調も考慮し、コボルトの巣の駆除は翌日に回すことにして、その日はレードの宿屋で休むことにする。
そして、翌日。
セントとルー、シルバは、一応ネイも連れてコボルトの巣へ向かった。
勿論、ネイには昨日ミリアの事情を伝えてある。
ルーは伝令の羽ペンで、パーティー全員に現状を伝えているが、予想通りミリアからの返事は無かった。レーネからは、今の依頼が終わったらすぐに合流する、との連絡が届いたらしい。
「なあ、ルー。コボルトの巣って、あることでメリットがあるか?」
「メリット?どうだろうね。僕は特に思い浮かばないかな」
「ネイはどう思う?」
「アタシも、思い付かないかなぁ……」
二人の意見を聞いたところで、セントは考えがまとまった。
「おしっ、じゃ、燃やすか」
「「どうしてそうなる?!」」
ルーとネイの声が重なる。
「いや、あることにメリットが無いなら、無くても問題ないだろ?巣は木々が生い茂っていて、よく燃えそうじゃないか?」
「それはそうだけど……どう報告するんだい?」
「巣なら、それなりに強力な個体が何体かいるはずだろ?そいつらがギリギリ生き残る程度の威力で魔法を放てば、あとは討伐するだけでいいんじゃないか?」
「ちなみに、どのくらいのランクの個体を残すつもり?」
「ソルジャーやナイトくらいでよくないか?」
「……そのくらいなら、大丈夫そうだね」
若干呆れたように、ルーが言う。
その時に、シルバから【呼び出し】がきた。
『セント、もしかして、この間の【溶岩流の烈破】を使うつもりかしら?』
『そうだな……あの時よりもう少し強くてもいいかもしれないな』
コボルトの巣の木々が生い茂っている範囲は、およそ200メートル四方。ギルドの訓練所よりも明らかに広い。
『じゃあ、私も協力させて。元々、この依頼は私が受けた依頼ですもの』
『わかった。なら、【石礫】を頼む』
『ええ』
『俺は中級の【炎壁】に魔力を追加する』
二人の意思が合致したところで、魔法を展開し始める。
「よし、シルバ、いくか。【炎壁】」
「ええ。【石礫】」
セントの手には、赤い球状の魔法が。
シルバの手には、土色の球状の魔法が形成されていく。
「「【接続】」」
二つの魔法が合わさり、一つの大きな球状の魔法へと変化していく。
「「【溶岩河の烈破】」」
球状の魔法を放つと、ドロドロの溶岩の河へと姿を変え、コボルトの巣があっという間に高熱の溶岩にさらされ、河の氾濫のように木々を薙ぎ倒し、燃やしていく。
溶岩が流れた跡には、コボルト種の焼死体と、木々の焼け跡、そして全身大火傷で今にも死にそうな、コボルトの上位種の姿があった。
魔法が霧散したのを確認し、生き残りをルーとネイが楽々と狩っていくと、ものの数分で、コボルトの巣の駆除が完了してしまった。
「やったな」
「意外と楽だったわね」
セントとシルバがパァン、とハイタッチを交わす。
その様子に、ルーが驚いている。
「……何だか、僕の知らない間に仲良くなったんだね。それはいいことなんだけど……」
ルーはネイに顔を向ける。
「ネイ、何か知ってる?」
ルーの問い掛けに、ネイは首肯する。
「この間のダンジョン探索でね……二人が本気で喧嘩してた」
そこに、二人が入ってくる。
「あの時はマジで死ぬかと思ったな」
「それはそうでしょ。寧ろ、最上級魔法を耐えきったあんたが異常すぎるのよ……」
呆れたようなシルバの言葉に、ルーがさらに驚く。
「最上級魔法を使ったの?!セント、よく無事だったね……」
「正確には、無事ではなかったけどな……ま、そのおかげで、お互いに本心を分かり合うことができたし、良かったと思ってるよ」
セントの言葉に同意するように、シルバも重ねてくる。
「それに、私はもっと強くなれることを知ることができたわ。あれがなければ、今のような魔法は使えなかったでしょうし」
「魔法……そういえば、さっき二人で放った魔法、何だったの?」
ネイの質問に、セントが答える。
「あれは、魔法変化っていうスキルと、魔法合成っていうスキルを使ったんだ」
「それは前にダンジョンで聞いた。どうして、セントのスキルなのに、二人で使えているの?」
「それは僕も知りたいな。是非教えてくれ」
ルーも聞きたいようなので、シルバに了承を得てから話す。
「実は、魔法変化スキルは、シルバも使えるようになったんだ。かなり練習していたよ。魔法合成スキルは、シルバもそろそろ使えるようになるかもしれないけどな。さっきのは、純粋に俺のスキルでやったけど」
ここで、セントは魔法合成の過程を教える。
「魔法合成は、まずはベースとなる魔法を、魔法変化で球状にするんだ。そこまでは、シルバも一人でできる。
次の段階は、二つの魔法を、同じ大きさにすること。シルバの魔法は、下級でもかなりの大きさになるから、それに合わせて、俺の魔法に魔力を少しずつ注いでいき、同じ大きさまでもっていく。
最後の段階で、二つの魔法を合成するわけだけど、ここで、一つやっておくことがある。基本的に、スキル効果は自分の魔法に及ぼせるが、他人の魔法にはできない。だから、俺がスキルの効果を相手の魔法にも及ぼすために、お互いの魔力を自分の魔力と認識できるように、波長を合わせるんだ。それが【接続】。全属性の中級魔法を扱える魔法使い同士がやり取りできるようになるこの方法を使って、相手の魔法を自分の魔法のように扱えるようになる。
あとは魔法合成スキルを使うだけ。大雑把にいうと、こんなところだな」
「……うん、僕らにはできないものだということは、わかったよ……」
「中級と下級の魔法合成で、あれだけの威力なんだね……上級とか合わせると、地形なんて簡単に変わっちゃいそう……」
ルーもネイも、何となくはわかったらしい。
「これで依頼は達成したし、報告して帰りましょ」
四人はモズの村長モーリと魔法使いギルドマスターマギーザに、コボルトの巣の駆除完了を伝え、この日はもうレードの宿で休むことにしたのだった。
薄暗い広間の中。
ミリアはようやく意識を取り戻す。
同時に、自分の置かれている状況を分析する。
祭壇のような台座の上に、寝かされていること。
床から延びる特殊な鎖で、両手が繋がれていること。
周囲には、うら若き少女達が、手にナイフを持って手首や頸動脈を切って大量の血を流し、絶命している姿があること。
そして、自身の臍の辺りに、暗く光る魔法陣が浮かび上がり、その下にある胎内に、おぞましい【ナニか】が蠢いていること。それが少しずつ成長していて、日を負う毎に、自分の腹部が妊婦のように大きくなっていくこと。
自分は、何らかの儀式で、何かの仔を孕まされたのだ――そう理解するまで、時間はかからなかった。
同時に、何度か胃から吐き気が上ってくるが、鎖が妖しい光を発すると、すぐに治まってしまう。
浄化の魔法を使おうにも、鎖が光るだけで、発動させられない。どうやら、この鎖には、魔法を封じる力もあるらしい。
自分は、何もできない。
ただ、【ナニか】が成長していくのを、見ていくことしかできない。
そう思うと、心が絶望で満たされていく。
(ルー……)
愛しい人の名を思い浮かべては、すぐに絶望で黒く塗り潰されていく。
涙は枯れてしまい、目からは光が失われていく。そして、ついには助けを求めることも考えなくなっていった。
(誰か……私を殺して……楽にさせて……)
ミリアの精神は、深い絶望の海に飲み込まれていった。




