元おっさん、勇者に謝り、ダンジョンへ向かう
「ルー、すまなかった!」
宿に戻るなり、セントはルーに頭を下げてきた。
「……は?どういうこと?セント、とりあえず落ち着いて話してくれ」
急に謝られたルーは、何のことかと状況が整理できていないので、まずはセントを部屋のソファーに座らせ、自分はその向かいに座る。
「……まずは、これを見てほしい」
セントがルーの前に出したのは、ざっくりと切り裂かれた胸当て。
それをまじまじと見つめるルー。
「……あらら、見事に斬られたね」
「ああ。相手は俺の【大気壁】を易々と切り裂き、胸当てまで攻撃を当ててきたんだ。その武器が……これだ」
セントが次に出したのは、ゴブリン王の大剣。
「これはまた……珍しい武器だね」
ルーは手にとってみるが、その重量を体験し、振らずにテーブルへ置く。
「これはゴブリン王の大剣。魔力を流すと、刀身が伸びる特殊な武器だ」
名前を聞き、ルーは驚きの声を上げてセントに顔を近づけてくる。
「ちょっと待って、セント!……もしかして、セントが相手にしたのって……」
「……ああ、ゴブリンキングだ。ギルド長のトーイの話だと、まだ若かったらしいけど」
「よく無事だったね……。あ、防具がやられたから、無事とは言いづらいか……」
ルーは少し安心したような表情になる。
「でも、セントが帰ってこれたんだから、良かったよ。防具はまた買い直そう。だから、そのことは気にしないでくれ」
「ルーがそう言うなら、防具のことはもういいか。じゃあ、次に、もう一つ謝らなければならないことを話すよ」
「まだあるの?!」
一瞬コントのようにソファーから落ちそうになるルー。
「実は、借金ができた」
「借金?!金額は?」
「5000G分だ」
金額を聞いて、ほっ、とするルー。
「なんだ……それくらいか。で、何のために借金したの?」
「ゴブリンキングとの戦いで、不注意から左肩をやられてな。その治療費だ」
「治療費?!てか、そのくらいなら、ミリアに頼めば良かったんじゃない?」
「まあ、そうなんだかな。ただ、基本的に俺とミリアは直接のやり取りをする手段がないだろ?いつやってもらえるかわからないなら、俺なりにどうにかするしかないわけで」
セントの言葉に、ルーの表情が曇る。
「……セントの言いたいことはわかるけどさ、僕ら、パーティー仲間だろ?もっと色々相談とかして欲しかったな……」
ルーにとっては、セントから相談されなかったことが残念だったらしい。
「俺なりの遠慮と思ってくれ。ただ……すまなかった。それなら、これからお前に相談したいことがあるんだが」
「……相談?!なんだい?なんでも言ってくれ!」
先程とは一変して、ルーが期待するような目でセントを見てくる。セントはそれに気圧されるが、どうにか声を絞り出す。
「お、おう……。その治療費の代わりに、一つの依頼を受けることになった。錬成結晶と水鏡石を、治療してくれたカーンという男に渡すこと。数の指定はなかったから、それなりに集めてくるべきだろう」
「錬成結晶と水鏡石……?それって、レーゼの森の奥にあるフォーム遺跡から手に入る素材だよね?」
「さすがルー。知ってたか」
「まぁね。確か、あそこはEランクモンスターがメインだったはずだよ。セント一人でもモンスターの対処は大丈夫だと思うけど……ああ、相談したいことって、もしかして」
合点がいったような表情のルー。
それにセントが頷く。
「ネイかレーネを連れて行きたい。本格的なダンジョンは初めてだから、探索のプロに来てもらいたいんだ」
「わかった。レーネは確か、エルフギルドの依頼に同行しているらしいから、ネイに頼んでみるよ」
「助かる。ルーたちは?」
「僕とミリアは予定が入っているんだ。ちょっと遠くのモンスター被害を受けた村の復興支援に行ってくるよ。シルバは予定が入ってなかったはずだから、セントの依頼に付き合ってもらえるように連絡を入れとく」
「ありがたい。ネイとシルバが来てくれるなら、道中も楽だな」
「いいってこと。代わりといってはなんだけど……」
ルーが小声で続きを話す。
「……セントは二人ともう少し親睦を深めてもらえないか?」
「いや、それはいいけど……ネイはともかくとして、シルバは俺を明らかに嫌っているぞ?そんな相手と親睦を深めるのは、正直言ってかなり厳しいな」
「難しいのは承知している。でも、仲が良くなれば、連携も取りやすくなるだろ?そうなれば、僕らはもっと強くなれると思うんだ」
確かにその通りだろう。だが、いずれはこのパーティーを離れると明言しているセントにとっては、複雑な心境だった。
「……まぁ、善処するよ」
これが今のセントにできる返事だった。
探索当日。
集合場所のレード入り口にはネイとシルバが先に待っていた。
「おっはよー」
「……遅い」
「悪かったよ」
ネイはいつも通りだが、シルバは明らかに機嫌が悪かった。
「とりあえず、レーゼの森の中部まで転移するぞ。そっから先は、ネイに先頭を任せる」
「あいよー」
ルー達は以前、5人でフォーム遺跡に行ったことがある。その経験から、ネイに道案内を任せることにした。
転移後、しばらくネイのあとについていく二人。その間、ダンジョンについていくつか聞いておく。
「なあ、フォーム遺跡ってどんなダンジョンなんだ?」
「………………」
シルバは答える気がないのか、何も言わない。代わりに、ネイが答えてくれた。
「フォーム遺跡は、全8階層だったはずだよ?目的の洞窟エリアは7階だったかな?8階はボス部屋だけで、しかもボス出現には何らかの条件があるらしいんだけど、未だに誰も出会ったことがないから、詳細は不明なんだって」
「なるほど。じゃあ、そのボスにはネイ達も出会ったことがない、というわけだな」
「そ。せっかくだから、ダンジョンについて、少しセントに教えとくね。ダンジョンの種類は様々だけど、大きく分けると7つ。『傲慢系』『嫉妬系』『強欲系』『色欲系』『憤怒系』『怠惰系』『暴食系』。傲慢系の特徴は、やたらと強めのモンスターが出てくる。嫉妬系の特徴は、それほど強いわけじゃないけど、物理無効や魔法無効のモンスターが出てくる。強欲系の特徴は、探索エリアがかなり広い。得られる宝も多いけど、敵の種類も非常に多いかな。色欲系の特徴は、ステータス異常を引き起こす攻撃をしてくるモンスターが多い。特に、精神的な状態異常には注意が必要。憤怒系の特徴は、ダメージを与えるほど攻撃が強力になるモンスターが多いかな。怠惰系の特徴は、罠の多さ。けど、その分モンスターは弱い。暴食系の特徴は、吸収攻撃をしてくるモンスターが多い他、宝箱に化けたモンスターも出てくる。こんなところかな」
ネイの話を聞き、新たな知識を得たセント。
「ほぅ……。で、フォーム遺跡はどこに当てはまるんだ?」
「嫉妬系。今回目的の結晶モンスターは、物理無効能力を持つ奴が多いよ?」
「そうなのか。なら、魔法使いのシルバがいるのは好都合だな」
「そういうこと」
「ちなみに、ダンジョンの種類を判断する方法はあるのか?」
「入り口に、7つのいずれかの証が刻まれているよ。『傲慢系』は魔獣の顔、『嫉妬系』は蛇、『強欲系』は宝箱、『色欲系』はハート、『憤怒系』は猫に噛みつく鼠、『怠惰系』はトラバサミ、『暴食系』は壺。基本的には一つのダンジョンには一つの証があるんだけど、高難易度ダンジョンと呼ばれているところは複数の証があることもあるよ」
「なるほど……ダンジョンに入るときには注意して見てみるか」
そんな話をしているうちに、3人はフォーム遺跡の入り口へ到着した。両脇に崩れた柱が立ち並ぶ道の先に、下層へと続く階段があった。
「着いた。ここがフォーム遺跡。柱を見てみて。蛇を象った印があるでしょ?このダンジョンが嫉妬系だっていう証拠だよ」
ネイの言う通り、柱をよく見ると、真ん中あたりに蛇らしきものが描かれていた。
「確かに……」
「じゃあ、早速行ってみよー!!」
ノリノリのネイに続いて、2人はダンジョンへ足を踏み入れていったのだった。




