元おっさん、ランクアップする
セントが冒険者ギルドの前に転移してくると、まず近くの人々がその姿に驚いた。
なぜなら、ボロボロになった防具を装備しているだけでなく、顔まで返り血で真っ赤に染まり、こびりついていたからである。
時刻は既に夕暮れ。ギルド内がやや混んでくる時間帯だ。
建物内へ入っていくと、セントの姿に気づいた者は無意識に道を譲っていく。おそらく、ヤバい奴だと思われて関わらないようにしよう、との心理からだろう。
所々から、「ひっ?!」といった短い悲鳴が聞こえてくるが、セントは気にしないことにしていた。
セントはいつもの受付嬢、ノエルの窓口へ向かう。
ノエルはセントの姿を確認すると、驚いて思わず二度見してきた。
「……セント様、ですよね……?」
念のため確認してくるノエルに、セントは「ああ」と短く答える。
「一体どうなさいましたか?そのような姿で……」
「おっと、それは済まなかったな。【浄化】」
自分の姿を思いだし、すぐに魔法で真っ赤に染まった全身を綺麗にする。
「ギルド長のトーイはいるか?ちょっと話したいのだが」
「畏まりました。では、奥の応接室でお待ちください」
ノエルはトーイを呼びに下がったので、セントは以前トーイと話をした部屋へ向かう。
10分ほどして、部屋にトーイが現れた。
「待たせたな」
「いや、いい」
短いやり取りをすると、トーイはセントの向かいのソファーへ座る。そこで、セントは早速話を切り出す。
「とりあえず、依頼は達成した。まずはそれを報告しておく」
「ご苦労だったな。だが、それだけじゃないだろう?」
「当然だ。ゴブリンの巣の調査だけでなく、駆除もやっておいた」
「なるほど、で、俺の注意喚起は役に立ったか?」
「一応は。ただ、それ以上の対象がいた。ゴブリンキングだ」
「なんだと……?!それはまずいな……すぐに討伐隊を編成しなければ!」
席を立とうとするトーイに、セントは待ったをかける。
「待て、奴は俺が倒しておいた。証拠を出す」
そう言って、セントはゴブリンキングの頭とゴブリン王の大剣をローテーブルの上に出して見せる。
トーイは出されたものを観察し、顎に手を当てる。
「……なるほど。確かにゴブリンキングだな。だが、まだ若いようだ……。ランクだと、B+からA-の間くらいだな。……この大剣は?」
「ゴブリン王の大剣。奴が持っていたものだ。魔力を流すと、刀身が伸びる。その分、重量も増す。威力もかなりのものだ」
「ほぅ……。こいつは珍しい。引き取ってもいいが、お前が持ってても構わん。好きにするといい」
「わかった」
それにしても、と前置きして、トーイはセントをまじまじと見る。
「お前、ホントに何もんだ?まだ若いとはいえ、ゴブリンキングを単独で討伐するなんて、Eランク冒険者にしては規格外の実力だ。さすがは勇者パーティーの一員、と言っちゃおしまいだが、そうなると、明らかに実力とランクが釣り合わない。ここでひとつ、ギルド長権限でCランクまで上げさせてもらってもいいか?でないと、色々と説明ができないところがあるのでな。こっちの都合ってのもあって、悪いとは思うが」
「それは構わないが……急にランクが上がるとギルド内で目立ってしまうのではないか?」
セントは基本的に目立ちたくない性格だ。それだけが気がかりだった。
「それは大丈夫だ。聞くところによると、お前はクラン、グラスウィードに入っているそうだな。あそこは超有名な大規模クランだ。実力者もかなり多い。そこに入っているだけで、ある程度の力がある、というのが世間の評価だ。お前が気にするほど目立つことはないだろうから、安心するといい」
「そ、そうか……」
ここで、まさかクランの名前に助けられるとは思わなかった。
「そういうことなら、問題なさそうだ。手続きは任せるよ。ところで……」
セントは話題を変える。
「腕のいい医者を探しているんだが、誰か知らないか?ゴブリンキングとの戦いで、左肩あたりを負傷してな」
「怪我を治したいなら、職業神教会の支部に行けばいい。この街の医者は、病気と痛み緩和に特化しているからな。てか、勇者パーティーにも僧侶のミリアがいるだろ?そっちに治癒魔法をかけてもらった方が早くないか?」
「そりゃ、そうなんだが……生憎と街に滞在している時は、基本別行動なんだ。呼び出すなら、ルーを挟む必要があるから、逆に時間がかかる。とりあえず、職業神教会に行ってみるよ」
トーイとの話は終わったので、セントはギルドを出て職業神教会へ向かう。
職業神教会へ到着すると、そこには長蛇の列があった。とりあえず、最後尾へ並ぶ。
一時間ほど並ぶと、ようやくセントの番になった。だが。
「申し訳ありませんが、本日の転職の儀は終了となりました。また後日お越しください」
神官姿の案内役の男性がそう伝えると、セントの後ろにいた者達は残念そうにして去っていく。
まだ残っていたセントに、案内役は不思議そうな顔をする。
「……あの、聞こえませんでしたか?先程も伝えた通り、本日の転職の儀は……」
「いや、俺は治療してもらいに来たのだが……そっちも終わったのか?」
「それは失礼致しました。もしかして、こちらに治療にいらしたのは初めてでしたか?」
「そうだな」
「左様でしたか。でしたら、私についてきていただけますか?」
「わかった」
男性は建物内へ入っていくので、セントはそれについていく。
建物内は広いエントランスになっており、正面に幅の広い階段が10メートルほど奥へ延びていた。その先に大きな扉があったが、男性はその階段には上らず、左へ向かっていく。すると、診療所のような入り口があった。
「こっちです」
男性はその入り口へ入っていくので、セントも後から入ると、学校の保健室のような造りの部屋となっていた。
ベッドが一つと、机一つ。椅子は2脚あるが、うち1脚には白衣を着た別の男性が座っている。案内をしてくれた男性は、白衣の男性に声をかけた。
「カーンさん、患者を連れて来ましたよ」
「こんな時間に、か?珍しいな」
特徴的な長い耳。端正な顔立ち。間違いなく、エルフ族だ。ただ、普通のエルフとは違って、プレッシャーのような、近寄りがたいオーラを放っている。さらに、なぜか厚いレンズの丸眼鏡をかけており、せっかくの美形を台無しにしていた。
「あんた、一体何者だ?普通のエルフと明らかに違う気がするんだが……」
思わず口を滑らすセントに、カーンはほぅ、と興味深気な顔をする。それに対し、案内役の男性は驚いていた。
「君は私の違和感に気づいたようだな。ということは、それなりに実力のあることの証明に他ならない。君の名前は?」
「セントだ」
「セント君か。君の違和感だが、それは私がハイエルフだからだよ。簡単に言うと、エルフが進化したような存在という認識で構わない」
「エルフの……進化した姿?つまり、エルフがより強くなった種族、ということでいいのか?」
「それで大体合ってるよ。で、今日は治療をしに来たんだよね?」
「ああ、そうだ」
セントがそう言うと、案内役の男性は、「では、私はこれで失礼しますね」と言って部屋から出ていく。
カーンはセントの全身を見回し、どの辺の怪我かを見極めていく。
「ふむ……どうやら左肩を負傷しているようだね……。この怪我だと、重い何かが当たって、関節の一部がずれたってところかな。左肩から下が上手く動かせないんじゃないかい?」
その診断に、セントは驚く。
「……すげぇな、あんた。見ただけでわかるんだな」
「当然さ。もう50年はこの仕事をやっているからね。早速治療しよう。【部位修復】!」
セントの左肩に薄緑色の光が集まり、暖かい熱が巡る。光が収まると、左肩の違和感が無くなり、いつも通り動かせるようになった。
「……見事なもんだな。流石、って言うと失礼だが、あんたの腕が確かなのはわかった。感謝するよ」
セントは左肩をグルグルと回してから、カーンに頭を下げる。
「で、治療費はいくらだ?」
「5000Gだな」
「5000G?!そんなにかかるのか……」
あっさりと答えたカーンに、セントはつい確認をとってしまった。
「セント君、初診だろう?さらに、時間も夜間だ。割り増し料金になってしまうのは仕方ない」
「確かに……」
セントの口座は現在4300G。明らかに足りない。
「……すまないが、今手持ちが無いんだ。ちょっと待ってもらうことはできないか?」
セントの発言に、カーンは「ふむ……」と顎に手をやり、考える。
「ならば、一つ依頼を受けてもらえないか?見たところ、セント君は冒険者だろう?しかも、おそらくそれなりの実力があると見える。君に依頼するのは、ある素材の調達だ。この街の南に、レーゼの森という場所があるのを知ってるかい?」
「ああ。この間行ったばかりだ」
「なら、話は早い。そこの奥地にフォーム遺跡というダンジョンがあるのだが、そこで錬成結晶という鉱石と水鏡石という鉱石を調達してきてもらいたいんだ。錬成結晶は結晶モンスターの素材で、水鏡石は洞窟エリアで採掘できるらしい」
「なるほど、わかった」
「依頼達成報酬は、今回の治療費。それでいいかい?」
「了解だ。引き受けよう」
こうして、セントは治療費のための依頼を受けることとなったのだった。




