元おっさんは、おっさんじゃなくなっていた
「ありがとうございましたー!またお越しくださいませー!」
閃斗は今年35歳で、とあるスーパーのレジ打ちをしていた。昼の13時から夜の22時の閉店までの勤務。これが日常。
最後の客を見送り、その日の清算作業に入る。
商品券を数えながら、同僚(男)が雑談を挟んでくる。
「なぁ、閃斗。俺、そろそろこの仕事を辞めようと思うんだ」
「急だな?なにかあったのか?」
「実家のばあちゃんが、要介護5に認定された。さすがに母さんにだけ負担をかけるのもどうかと思ってな…」
この同僚、閃斗の7つ年下の28歳。だが、職場では5年上の先輩でもある。そんな事情があり、閃斗と同僚は友人のように付き合ってきた。
「そうか。だが、稼ぎはどうする?新しい仕事でも見つかったのか?」
「ああ。この間、投稿した作品が最優秀賞をとって、連載も決まった。締め切りについては、こっちに合わせてくれるみたいだから、介護と仕事が両立できそうなんだ」
彼は、趣味で異世界冒険漫画を書いており、その出来は書籍化されてもおかしくないほどのものに達していた。閃斗はよく、試作品の読者になっていたのである。
「そうか…それは良かったじゃないか。単行本になったら、是非買わせてもらうよ」
「ああ、楽しみにしていてくれ。閃斗がハマるくらい面白い話にしてみせるよ」
そんな会話をしたのが、つい昨日の夜だったと思う。
「…う…ん…?」
「あっ、気がついたみたいよ?」
近くで、少女の声が聞こえてくる。
「あの、大丈夫ですか…?」
さっきとは違う声がしたので、そちらに目を向けると、いかにも某RPGに出てくる僧侶の格好をした金髪の美少女が、セントを心配そうな目で見つめていた。
「…天使が見える…俺、死んだのか……」
寝惚けてそんなことを宣うセントに、最初の少女の声が反対側からしてきた。
「お兄さん、寝惚けてんの?さっさと戻ってこーい!」
バシッ、と頬を叩かれ、セントはようやく目が覚める。
「…っ!ここは…?」
ガバッと上半身だけ起き上がり、周りに目を向けると、そこには焚き火を囲った5人の若い男女がいた。
最初に聞いた声の少女は、盗賊っぽい服装に獣耳を持ち、栗色の髪と健康的な褐色肌の可愛らしい少女。
天使と勘違いした僧侶姿の金髪美少女。
こちらを一瞥してソッポを向いている、亜麻色髪で弓を背負ったエルフ耳の美女。
こちらを窺うような目を向けてきている、銀髪で魔法使いのような服装をしている、冷たい印象の美女。
唯一の男で、腰に剣を吊るしている、イケメン黒髪の優男。某RPGの勇者っぽい服装をしている。
優男は、俺が起きたのを確認すると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「いやぁ、気がついて良かったよ。倒れている君を見つけたときは、正直驚いた。何せ、全身が真っ赤になって倒れていたんだから」
全身を確認すると、服は相変わらず返り血がこびりついていたが、戦闘時に受けた細かい傷が治っている。さらに、少し寝ていたお陰か、体力も多少回復していた。
優男は、セントに近づいてきて、「立てるか?」と右手を差し出してくる。セントはその手を取り、立ち上がる。
「怪我がなくて何よりだったよ。僕はルーン・ブレイド。一応、勇者の職業をやっている。気軽にルーと呼んでくれ」
まあ、服装からそうだろうな、とあたりをつけていたセントだったが、その気さくさに好感を持てた。
「それから、仲間も紹介するよ。獣人でシーフのネイ、君を回復した僧侶のミリア、エルフでレンジャーのレーネ、魔法使いのシルバ。君は?」
「俺はセント・トキワ。旅人だ」
セントの名前を聞いた途端、ルーの表情が変わる。それはまるで、ずっと探していた人物を見つけたようなものだった。
「セント・トキワ…。名前からすると、もしかして、異世界人だったりする?」
「……だったら、どうする?」
セントはやや警戒し、ルーから距離を取る。ルーはいい奴かもしれないが、万が一ということも考えられる。
だが、その予想を大きく掛け離れ、ルーは目を輝かせてセントの姿を見てきていた。
「僕たちと一緒に旅をしてくれないか?君の力を借りたい」
「どうして、俺なんだ?仮に俺が異世界人だったからといって、俺には大した力はないぞ?」
セントの疑問に、ルーは真剣な眼差しを向けて答えた。
「異世界人は、僕らの知らない知識や経験をもっている、と伝わっているんだ。それは、僕らの最終目的の、魔王を倒すために必要な力なんだ」
「おいおい、今時魔王なんてはやんねーぞ。それこそ、どっかのロープレじゃねーか」
言ってて、セントは、しまった、との表情になる。
「…ばっかじゃないの?自分から異世界人です、って名乗っているようなものじゃない」
冷たい言葉をぶつけてきたのは、魔法使いのシルバだった。
「やっぱり、セントは異世界人だったんだね。ロープレなんて聞き慣れない言葉を発するのがその証拠。あ、安心して?僕は君に害を及ぼすつもりはないから」
ルーは、セントが空けた距離を詰めてくる。
「セントの反応からすると、たぶんこの世界に来てから間もないんじゃないか?最後まで僕たちの旅に同行しなくてもいい。君がこの世界に慣れるまでだけでもいい。だから、僕たちと一緒に来てくれないか?もちろん、衣食住は僕たちがある程度保証するよ」
確かに、途中で抜けてもいいなら、しかも、衣食住まで保証してくれるなら、セントにメリットが多い。
「それに…」
ルーはセントの肩に手を置き、耳元で囁く。
「見ての通り、女の子ばっかりだろ。正直、男が僕一人だと息が詰まりそうなんだ。だから、同性で年齢が近そうなセントがいてくれると助かる」
おそらく、これがセントを誘った最大の理由だろう。
「……わかった。そこまでいうなら、同行しよう」
「ありがとう!!」
ルーは嬉しそうにセントに抱きつく。その行動に、セントは面倒くさそうな表情になる。
なぜなら、女性陣が、刺すような視線を送ってきていたからだ。
「…獣が一匹増えたわね」
「あんな弱そうな奴が入って大丈夫かしら」
「…ルーは渡さないんだから」
「……………(怒)」
早速、敵認定されたようなセントだが、当人はあまり波風を立てたくない。
「ルー、一つ訂正させてくれないか?」
「訂正?」
既にセントから離れたルーは、頭に「?」を浮かべている。
「ルー、今何歳だ?」
「18だけど…それが何か関係あるの?」
「大有りだ。俺はもう35のおっさんだ。明らかにお前と一回り違うだろ!」
「………?」
5人全員が、「こいつ、何いってんの?」みたいな顔になっている。
「あの、不躾な質問ですが、ご自身の姿を確認されたこと、あります?」
僧侶のミリアが、そんなことを聞いてきた。
「そう言われれば…こっちに来てからは、まだ無いな」
すると、魔法使いのシルバが、はぁ、と呆れたようなため息をつき、一つの魔法を唱えた。
「【幻影】」
すると、俺の目の前に、大きめの姿鏡のようなものが現れる。
「これは………なんということだ……!」
セントは膝をつき、愕然となる。
鏡には、セントの現在の全身が映し出されていた。
その姿は、セントがまだ高校生くらいの、よく言えば可愛らしい、悪く言えばひ弱そうな体格の男だった。ちなみに、顔はもちろん、黒髪フツメンだ。
「…話を聞く限り、若返ったようだけど…。こんなに残念そうにする奴、初めて見たわ…」
憐れむような言葉をかけてきたのは、レンジャーのレーネ。
「そんなことより。あんた、まず言うことがあるんじゃないの?」
シルバが鏡を消して、俺に何かを求めている。そういえば、と思い出して、セントは全員に向き直る。
「遅くなったが、俺を助けてくれたんだったな。皆さん、ありがとうございました!」
職場でよくやっていた、腰から90度のお辞儀で感謝をする。
そんな俺の姿に、5人は戸惑ったような、しかし満更でもない表情を浮かべた。
「ふ、ふんっ…言うのが遅いのよ」
「それから、しばらく世話になります。よろしくお願いします!」
「なんか、改まって言われると恥ずかしいかな」
ルーはセントの挨拶に、ポリポリと頬を掻いて照れていた。
セント・トキワ レベル8
旅人レベル2
ブレイドパーティー所属
体術レベル1 棍棒術レベル2
旅魔法レベル3 治癒魔法レベル0 投影魔法レベル0
耐久力 S+
魔力 S+
筋力 D-
体力 D-
器用さ A+
知力 S
精神力 S
素早さ E+
称号 異世界転移者 世界を学ぶ者