一章エピローグ たった一つの願い
あれから、もう2年。
ギルドの依頼を受けたり、グラスウィードと共に復興に当たっているうちに、セントの心は、以前と比べて幾分か癒やされた。
それでも、時々思い出してしまう。
「……心姉……」
二度目の別れは、最初の別れと違い、笑って送れたと思う。
一縷の望みをかけて幽霊の転生者を蘇らせる方法を探したが、やはり存在しなかった。
だからこそ、心音の転生理由を叶えることが、彼女のためだったのだと自分に言い聞かせるしかなかった。
そう。
彼女の、セントのお嫁さんになりたい、との願いを。
彼女は笑っていた。
とても幸せそうに。
夢を叶えてくれて、ありがとう、と。
しかし、いざ別れを経験すると、心にぽっかりと穴が空いたような、空虚さしか残らなかった。
そうして、ようやくセントは、自分の本心に気付いた。
やはり、諦めたくなかった、と。
「いつか、セー君は別の誰かを好きになるかもしれない。私だけのセー君でいてほしいけど、それは仕方ないことだと思う。だから、私のことは構わず、セー君の好きなように生きて。私はセー君を縛るような存在にはなりたくない。たまに私を思い出してくれるだけでいいから。私がセー君のお嫁さんになれた、って事実だけで、もう十分だよ?」
心音はそう言ってくれたが、初恋で初めての恋人で大切な幼馴染みを、そう簡単に割り切れるものではない。
本当は、もっと多くの時間、腕を組んで一緒に買い物したり、ご飯を食べたり、他愛ない話をしたり、デートをしたり……時には肌を重ねたりもしたかった。それほどまで、彼女を求めていたのだ。
ルー、ミリア、シルバ、ネイ、レーネの5人とその子供達を見て、その思いが日々募っていく。
自分も、あんな風に、彼女と何気ない日常を過ごしたかった、と。
「……会いたい……話をしたい……ずっと一緒に居たいよ……心姉……」
何度、その言葉を口ずさんだだろうか。
何度、その言葉に涙しただろうか。
心の傷は癒えてきていても、涙が枯れても、その思いは変わらない。寧ろ、増すばかり。
ふと、周囲の景色が変わる。
まるで、夢の中にいるようだ。
――――それが、あなたの願い、ですか?
目の前に現れたのは、この世界の神と呼ばれる存在。姿は、女性だ。
――――どう、して?
――――前に約束したでしょう?どうしても困った時は、あなたの願いを一度だけ叶える、と。
女性の姿が老人へと変わる。
――――神は約束を必ず守るものだよ。現に、元《勇者》達は幸せな生活を送っているだろう?
――――そう、だな。
老人の姿は、子供に変化する。
――――セント。君はどうして、この世界に残っているんだい?君はもう、元の世界に帰ることもできるんだろう?
――――それは……
――――はっきり言おう。君は、この世界が好きなんだ。【彼女】と一緒に過ごし、結婚までしたこの世界が。そして、未だに【彼女】との思い出が残る、この世界が。
――――ああ……そうだ。そうだよ。心姉のことを、未だにひきずっている、大人気ない男だ。笑いたければ、笑えばいい。
すると、子供の姿が再び女性へと変わる。
――――そんなこと、出来るはずがありません。だって、あなたはそれほどまで、【彼女】を愛していたのでしょう?自分のことだけでも手一杯なのに、他人のために必死で行動してくれた。それは、とても尊い。評価こそすれ、侮辱などできよう筈がありません。そんなあなたが、今とても困っている。ならば、力を貸すのが、神としての務めです。
――――……俺の願い、叶えてくれるのか?
――――当然です。ですが、今すぐには叶えられません。神の私ですら、一人では叶えられない。あなたの願いは、それほどまで世界に影響を与えるものなのです。ですから、あなたにもやってもらいたいことがあります。いえ、あなたにしかできないことです。
――――俺にしか……?
女性の姿が老人へと変わる。
――――先程も言ったが、君の願いは、私一人では叶えられない。他の世界の神々の力も必要なのだよ。そこで、君の出番だ。
――――俺は、何をすればいい?
――――世界には、幸福度と呼ばれるものが存在している。その世界に生きている者が、どれだけ今を幸せだと感じているか、という指標だ。それが高ければ高いほど、その世界には奇跡が起こる。その奇跡の力を集めることにより、ようやく君の願いを叶えられるんだ。だが、一つの世界に存在する人の数は有限。つまり、幸福度も有限ということだ。君の願いを叶えるためには、一つの世界の幸福度だけでは不可能。複数の世界の幸福度が必要なんだ。
――――そのために、他の世界の神々の力も必要、というわけか。
セントは、そのやり取りで、何をすべきか理解する。
――――要は、俺が他の世界へ赴き、その世界の幸福度を上げて行け、ということなんだな?
老人の姿が、子供の姿に変わる。
――――そういうこと。だけど、当然命の危険もある。それでも、行くかい?
その問いに、セントは迷いなく答えた。
――――当たり前だ!俺は、このたった一つの願いを叶えてもらえるなら、どこだって行ってやる!
空虚だった心に、熱い想いが滾る。
――――ふふっ、そう言うと思ったよ。やっぱり、君は面白い。
子供の姿が、老人へと変わる。
――――ならば、道を拓こう。《冥王》黒竜のところへ向かうがいい。転生の門の力を借り、君を新たな異世界へ導こう!
老人の姿が、女性へと変わる。
――――さあ、お往きなさい!あなたの選択に、幸あらんことを。
気がつくと、セントはレビートの自分の部屋へ戻ってきていた。
「夢じゃ、ないよな……」
なぜだろうか。
いつもより、部屋が明るくなっているように見える。
「まずは、あいつらに挨拶をしていくか」
その一週間後。
レードにある、グーメルの店に、セントと深い関わりのある者達が集まる。
元勇者パーティー。ルー、ミリア、シルバ、ネイ、レーネ。
グラスウィードの主な面々。アクス、フエン、スミー、ゼロード、カーン、スタン。
【灰色団】の主な面々。ジン、エイジス、シャール、ネイの姉のニア。
皆を見回し、セントが口を開く。
「みんな、今日は集まってくれてありがとな」
「何を今更。おめぇのためなら、俺らは喜んで来るぜ!」
ガハハ、と豪快に笑うアクス。
「親友のためなら、僕らだって無理をしてでも集まるよ!」
「そういうこと!大切な仲間だし、ね!」
ルーとネイの言葉に同意するように、ミリア、シルバ、レーネが頷く。
「セントの旦那、随分といい顔になったじゃねぇか」
ニカッと口角を上げたのは、ジン。
「ああ、ようやく、これからどうするかが決まったんだ」
「なるほど、決意表明、ということですね」
セントの晴れやかな顔に、ミリアは嬉しそうに微笑む。
「……あれから、もう2年だ」
ここにいるメンバーは、全員がセントと心音の結婚式に参列している。
そして、二人の別れも目の前で見届けていた。
セントが流した涙は、未だに憶えている。
だから、一瞬暗い雰囲気が流れた。
「……もう、諦めたつもりだった。受け入れたつもりだった。それでも……結局俺は諦めきれなかったんだ」
皆も、セントのために、様々な文献や情報を集めてくれた。それでも、心音を救う方法は見つからなかったのだ。
「だけど……そんな俺に、この世界の神が力を貸してくれた。心姉を救うための方法を教えてくれた。それは、ここではない、異世界に希望がある、ということだ」
「異世界に……?」
セントの言葉に、全員がこの後に言う決意を察する。
「俺は、その異世界へ行く」
全員が、寂しげな表情になる。やはりそうか、と。
「……けどな」
セントの話はまだ終わっていなかった。
「どのくらいかかるかわからないけど……いつか、またこの世界に戻ってきたい。勿論、心姉と一緒に」
「「「「「えっ……?」」」」」
思わず、全員が変な声を出す。
「ここは、俺にとってはもう第二の故郷のようなものだ。だから、それまで待っていてくれ」
「……じゃあ、今生のお別れ、ってわけじゃないの?」
「当たり前だ。俺の固有魔法は旅魔法だぞ?いずれは、時空さえも超えて、またここに帰ってくる!」
「……セント!!」
ガシッと抱き締めてきたのはルー。
「……僕は、いつまでも君を待つよ!君は、僕の大切な親友なんだから……」
ルーは少し涙声になっている。
「おいおい、ルー。それをやられちまったら、俺らもやらざるを得ないじゃねーか!」
今度はアクスが肩を組んできた。
「それじゃ、私も混ぜてもらおうか」
「じゃ、俺も!」
「待て待て、俺が先だ!」
ワイワイ騒ぎながら、結局全員と抱擁をかわすのだった。
最後に、ミリアがセントの両手を自身の両手で包む。
「……セントさん、あの時の約束をまだ憶えていてくださっているんですね」
「当たり前だろ?」
思い出すのは、港町サドーナを出発してから最初の夜。
その時セントは、ミリアとある約束をしていた。
――――私達に何も言わずに、急にいなくならないで欲しい。
「ミリアは、俺がこの世界に来たときに、初めて出会った天使だからな。そんなお前との約束を破るなんて罰当たりなこと、出来ねぇよ」
「ふふっ、もしかして、口説いてます?」
「さて、どうかな。ま、今更人妻に手を出すようなことはしねぇよ」
「そういうことにしておきます」
コロコロと笑うミリアに、セントは心底この出会いに感謝した。
出会い方は、ここにいる全員違う。
最初から好意的だった相手もいれば、ぶつかり合う相手もいた。
だけど、その全員が、こうやってセントのために集まってくれた。
「今日は、俺の決意表明と、壮行会だ!思いっきり食べて、飲んで、大いに楽しんでくれ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」」」」」
今日限りの宴が、始まる。
夜が更け、集まってくれたほとんどが酔い潰れている中、セントは外の空気を吸いに出る。
「……この世界とも、一時お別れか」
最初は、はぐれゴブリンとの戦いだった。それからルー達と出会い、共に旅をするようになった。
もしも、ルー達と出会わなければ、こうして生きていられなかったかもしれない。
「……ここにいたんだね、セント」
「……ルー?どうした?」
酒の影響で、顔をほんのりと赤らめている。
「ちょっと酔いを醒ましに」
「そうか」
ルーは自然とセントの横に立つ。
「……セント、君と出会えて良かった。君がいなければ、今のような幸せな生活を迎えられなかったかもしれない」
「大げさだな」
「そんなことないよ。君がいてくれたから、皆の気持ちも理解できたし、魔王や【パープルシャドウ】を倒すことができた。だから、ありがとう」
出会った当時を思い出したのか、ルーの顔には懐かしさが溢れている。
「それは俺のセリフだ。ヌル草原でお前達に助けられなければ、おそらく俺はもうこの世にはいなかっただろうからな。だから、ありがとな、ルー」
「……うん」
暫し、静寂の時が流れる。
「……セント、君に渡したいものがあるんだ」
「俺に?」
そう言うと、ルーはアイテムボックスからお守りのようなものを取り出し、セントへ渡す。
「これは……?」
「スミーとスタンさんの力を借りて、今日集まったみんなの魔力を込めた魔道具だよ。大した効果はないけど、どこの世界にいても、僕らの魔力を感じられる。……セント、僕らはいつでもここにいる。困ったときは、これで僕らのことを思い出してくれ。きっと、力になってくれるはずだから」
「ルー……ありがとな。大事にするよ」
確かに、鑑定しても、大した効果はない。しかし、セントにとっては、皆の想いが具現化したような神器に思えた。
「……さて、と。酔いも醒めたし、僕は先に戻るよ」
ルーが店へと戻っていく。
もしかしたら、これを渡すために、ルーはわざわざ来たのかもしれない。
翌日の昼。
昨日の宴の片付けを全員で終えて、いよいよ旅立つ。
「それじゃ、行ってくる」
「元気でね!」
「帰ってきたら、また宴をやるからな!」
「今度は俺らが奢ってやるぜ!」
皆に見送られ、転移で《冥王》黒竜のもとへ向かう。
『貴様を待っていたぞ』
眼を赤く光らせながら、黒竜が声をかけてきた。
『我が神より、事情は把握している。あの者のためだけに、異世界へ旅立つそうだな』
「そうだ」
セントが首肯すると、黒竜が咆哮を上げる。
すると、転生の門が光り、その前に魔法陣が出現する。
『その魔法陣に乗れば、異世界へ行くことができる。ただ、どんな世界かは指定できない。その時は貴様が持つ世界書庫で確認するといい。我の鱗を与えられた貴様ならば、生きていくための知識は得られるはずだ』
「わかった」
セントは魔法陣へ乗る。
「じゃ、またな」
『ふん、早く行け、《導き手》よ』
こうして、セントは別の異世界へと旅立ったのだった。




