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元おっさんの異世界転移生活  作者: たくさん。
第一章 勇者と魔王
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元おっさん、宿屋へ向かう

 食事を終え、店を出ると、周囲には夜の闇が広がっていた。


「いやー、楽しかったなぁ」


「そう言ってもらえると、連れてきた甲斐があったよ。……ところでセント……」


「ん?どうした?」


ルーの表情は暗くてよくわからないが、声色から憂いを帯びているようだった。


「さっき、セントは自分が仲間とのレベル差で申し訳ない、って言っていたけど……」


「ああ、言ったな」


「……僕らからしたら、そんなことは些細なことなんだ。それどころか、今後セントの転移に頼ることになるから、先に対価の前払いをしている、と思ってくれていい。だから、申し訳ない、なんて思わないでくれ」


ルーには、セントが自分を卑下しているように思えた。おそらく、なかなか活躍できないことに焦りを覚えているのだろう、と感じたからだ。


「それと、少なくとも、レベル差があるとはいえ、僕はセントが足手まといだなんて思わない。むしろ、セントが少しずつ強くなっていくことに、嬉しさを感じているんだ。それだけセントに期待している、と言ってもいい。もしかしたら、僕らより強くなるかもしれない。それが楽しみなんだ。……まぁ、そうなると、前にセントに、途中でパーティーから抜けてもいい、なんて言ってしまったことを、後悔してしまうけどね……」


「そうだったな」


「セント……やっぱり、いつかは僕らのパーティーから抜けるつもりなのかい?」


不安そうに聞いてくるルーに、セントははっきりと答える。


「そのつもりだ」


「そっか……」


残念そうに下を向くルー。


「俺は元々、この世界の人間じゃないからな。なぜこの世界に来たのか、まだよくわかってない。幸い、俺は異世界転移に憧れていたから、こうやって生活できていることに幸せを感じることができる。だからといって、一生この世界で暮らすつもりはない。いつかは元の世界に戻りたい、と思う時が来るだろう。その時のために、情報を集めておきたい。俺にとっては、魔王とかのことよりも、そっちが大事だからな」


「………うん」


「それに、仮に魔王なんか倒したら、世界中から注目を集めるだろ?俺はそんな状況は避けたい。俺のモットーは、目立ちすぎず、地味すぎず、楽をする、だからな!」


「……ふふっ、なに、それ」


ほんの僅かに、ルーに明るさが戻る。


「俺は魔王を倒した英雄にはなりたくない。だから、お前らがなれ。俺は、そんなお前らを陰で支える二番手のような存在になりたいんだ。二番手であれば、そこそこ目立つだけで済むし、一番手のおこぼれに与れる可能性が高くなるだろ?つまり、それだけ楽ができる、ってことだ」


「……陰で、支える……?」


ルーは、何かに気づいたように顔を上げ、セントを見た。


「夢物語かもしれんが、パーティーを抜けた後でも、お前らが最高の装備をそろえ、最強の攻撃手段を手に入れ、魔王を討伐し、全員無事に帰還できるようなサポートをしていきたい、と俺は思ってる。それを、俺からの、命の恩人であるお前らへの恩返しにしたい」


「セント……」


「だから、勘違いするなよ?例えいつかパーティーを抜けても、お前らとの繋がりを完全に絶つわけじゃねーってことだ」


「……わかった、約束だよ?」


「おう、約束だ」


ルーとセントは、向かい合ってガシッ、とお互いに腕を組んだ。





 二人は、今日泊まる宿屋へやってきた。

 『英雄の止まり木』とある看板の宿屋だ。

 その昔、魔王を倒した英雄がこの宿屋から旅立ったのが由来らしいが、詳細は不明。ただ、サービスの評価は高く、一泊の値段も高いだけあって、ここに宿泊する客はよっぽどの金持ち貴族か、ギルドでも稼ぎの多いランクの高い者くらいだ。

 地上5階はありそうな真っ白の外装に、重厚そうな扉が入り口であることから、それなりに歴史はありそうな、老舗の宿屋。初めて見るセントは、当然度肝を抜かれる。


「こ……ここに泊まるのか……」


「そうだよ。この『英雄の止まり木』は、クラン王国の各街に複数出店している、有名な宿屋なんだ。本店は王都にあるから、ここは支店。それでも、サービスは徹底されているから、僕らはよくこの宿を利用しているんだ」


 ルーはそう言って、セントを伴って中へ入る。

 扉を開けると、高級ホテルのような、広いロビーが出迎える。天井は吹き抜けになっていて、ロビーの中央には一本の巨木がモニュメントのようにそびえ立っていた。

 その巨木を囲うように、複数のソファーとローテーブルが設えてある。


 ルーは受付を済まし、タブレット型の鍵を受け取ると、まずは用意された部屋へセントと共に向かう。

 部屋へと繋がる廊下は、触り心地の良さそうな敷物がしかれており、暖かみを感じられた。


 5分ほど歩くと、廊下の先に、冒険者ギルドにあったものと同じような転移装置があった。


「転移装置…?」


「防犯のためのシステムだよ。鍵を持っている宿泊者とその連れに反応するものなんだ」


「へぇ……」


 二人が転移装置の上に乗ると、淡い光が放たれ、周囲の景色が一変する。

 そこは、部屋というよりは、ほぼ一軒家のような広さの部屋だった。

 二人が現れた転移装置が玄関のようなスペースに設置され、リビングへと繋がる廊下がまっすぐのびている。廊下の左右には、トイレ、洗面所、浴室、キッチンが扉つきで配置され、間仕切りによって独立した空間になっている。キッチンはリビングと繋がっており、洗面所と浴室が扉で繋がっていた。

 リビングの奥には寝室があり、ベッドが二つあった。どうやら、この部屋は二人部屋だったらしい。

 しかも、ベッドの間に移動可能な簡易間仕切りが備えられ、それぞれのプライベート空間を作れるようになっていた。


 あまりの豪華さに、セントは目を見張る。


「こんな部屋に、毎回泊まっているのかよ……」


「ん?まぁね。いつもなら、僕が一人部屋で、ネイ、レーネ、ミリア、シルバは二人部屋二つかそれぞれの一人部屋をとっているんだ。今回は、僕がセントと一緒の方がいいな、って思ったから二人部屋にしたんだけど……セントは一人部屋の方が良かった?」


「……いや、しばらくは二人部屋でいい。お前と話したいことが山ほどあるからな」


「そう…?なら良かった」


「ちなみに、他のメンバーと話し合うときは、どうするんだ?宿の外で集まるのか?」


「いや、この宿には、会議室があるんだ。受付からもらった鍵には、宿のいろんな施設を利用するための予約や、食事を頼んだりすることができる機能があるんだ」


ルーはそう言って、タブレット型の鍵を操作してみせる。見た通り、画面をタップしていくものらしい。


「……鍵というより魔道具と考えた方がわかりやすいな。なるほど、これで人件費を削る分、サービスに力を注ぐことができるんだな」


 画面を見ながら、ふむふむ、と頷くセント。


「そうだね。まずは会議室を予約しよう。それから、4人とは……これだ」


会議室を予約すると、ルーはアイテムボックスから羽ペンのようなものを取り出し、目の前の何もない空間に文字を書いていく。最後にトントン、と叩くような仕草をすると、セントの目の前に、たった今ルーが書いた文字が浮かび上がってきた。


「これは『伝令の羽ペン』という魔道具で、パーティーリーダーの僕が使うことで、パーティーメンバー全員に同じ連絡を送ることができるんだ。読めるのは送られてきた本人だけで、他人に見られる心配はないんだよ」


「それは凄いな……!」


「それから、もう一つ。セントの前にも僕が送った文字が出てるだろ?その最後のところに、○、✕、△と出ているのがわかる?」


「確かに、出ているな」


 セントの前には、21:00に会議室、という文字が浮かんでおり、最後のところに○×△の記号が縦に並んでいる。


「○は了解、×は無理、△は条件をつけることができるんだ。セントには実際使い方を体験してもらった方がいいかな」


ルーは、『伝令の羽ペン』によって現れた文字の返事の仕方をセントにレクチャーする。


「まずは、△を選んでくれ」


「わかった」


言われた通りに△に触れると、今度は文字全体が点滅する。


「文字が点滅したぞ?次はどうしたらいい?」


「まずは21、のところに触れてみて?」


21のところを触れると、数字選択になった。現れた数字は、0~23。これはおそらく、時間を求められているのだろう。


「なるほど、これで時間指定を変えることができるんだな?ということは、00の方は……やはり、00~59の選択になったな」


「飲み込みが早くて助かるよ。あとは、会議室を選択すると、どうなるかもわかるよね?」


「場所を入力することになるんだろ?」


「その通りだよ。あとは、条件を変更した状態で○を押せば、変更したものが僕のところに送られる。ここで×を押すと、変更した箇所が元のものに戻り、再度○×△を選択することになる。これで使い方は完璧だね?」


「そうだな。便利だな、これ」


 セントは一度×を選択し、改めて○を選択する。すると、浮かんでいた文字はあっという間に消えた。


「ちなみに、選択をするためには、必ず止まっていなければならないんだ。選択をしなければ、ずっと表示は消えない。そこだけは注意してくれ」


「わかった」


 二人は、パーティーメンバー全員の返事が来るまで、部屋でゆっくりすることにした。

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