元おっさん、食事を楽しむ
「待たせたね、これで今日の日替わりコースメニューは全部だよ」
最後のデザートをセント達の前に出して、グーメルは言った。
前菜の漬け物っぽい小鉢に始まり、メインのステーキっぽい肉料理、コンソメっぽい澄んだ色のスープ、柑橘系の風味のドレッシングがかかったサラダ、いなり寿司っぽいご飯もの。
計6品の料理がセント達の前に並んでいる。材料は不明だが、変なものは使っていないだろう、と予測できる。しかし、そんなことなどどうでもいい、と言わんばかりの食欲をそそる匂いが料理から立ち昇っている。
無意識に、ゴクッと喉を鳴らすセント。
「グーメルの料理は美味すぎて癖になるからなぁ?気を付けろよ?」
アクスがそんなことを言ってくる。
「じゃあ………いただきます」
最初に口をつけたのは、スープ。
「……………!!」
スプーンで一口飲むと、勝手に食器を持つ手が次の一口を掬っている。
(なんだ、このスープ……コンソメのようにあっさりしているのに、喉を通る瞬間に深いコクが広がる………。メチャクチャ美味すぎる!!どんどん次が欲しくなってくるぞ……?!)
次々と他の料理も口に運ぶセントを見て、ルーは嬉しそうに微笑む。
「ふふっ、気に入ってくれたようで良かったよ。その様子だと、感想を聞く間でもないね」
セントは食べるのに夢中で、ルーの言葉が入ってきてないようだった。
「おっし、なら、俺からもセントに奢ることにするか!グーメル、『揚げ皿』を頼む!」
「わかった。量は……特大、かな?」
「わかってるじゃねーか!」
「ははっ、すぐに用意するよ!」
アクスの注文に、グーメルが上機嫌で答える。彼にとって、自分の料理を夢中になって食べてくれる客の存在はとても嬉しいものだからだ。
「お前ら、今日は俺が飯代を持ってやる!新クランメンバー、セントの歓迎会だ!パーっと騒ごうぜ!!」
「おおっ!アクスの奢りか!」
「ありがてぇ!!」
「相伴に預からせてもらうぜ!」
「冷酒頼む!」
「果実酒あったか?」
「とりあえず麦酒だ!」
ここぞとばかりに、勝手に注文を始める常連客、いや、クランメンバー。
「あー、酒なら勝手に持っていってくれ!こっちは料理で手一杯だから!」
厨房からグーメルの怒号が聞こえてくる。そんなやり取りに、ルーは苦笑していた。
数十分後。
「……ふぅ、美味かったな」
セントの前に並んでいた料理は、既に綺麗になくなっている。
「……で、なんかテーブルの上に色んな酒類が並んでいるのだが……。いつの間にこんな宴会みたいになったんだ?」
「大体10分ほど前くらいから、かな。アクスさんがみんなに奢る、って言い出したら、こんなことになったみたいだよ?」
ルーの前に出されていた料理も綺麗になくなっている。
「はいよ!お待ちどう!」
突然セントの前に、グーメルが持ってきた巨大な唐揚げらしきものの山が現れる。
「へっ……何、これ?ルーの頼んだコースメニューじゃないよな?」
「そいつは俺からの奢りだ!遠慮せずに食ってくれ!」
アクスがニカッ、と笑い、セントに勧めてくる。
「そうか……。んじゃ、いただくよ」
唐揚げの一つを口の中に放り込む。
「…………?!」
揚げたての熱さもあるが、何より驚いたのが、溢れてくる肉汁と油。肉の旨味が凝縮された肉汁は、先程食べたステーキに勝るとも劣らない。油はさっぱりしているにも関わらず、ほんのりした甘味が広がっていく。
(ヤバい………これはヤバいほど美味い……!これほどの唐揚げは今まで食べたことがないぞ……!!)
「……アクス、これはヤバいな!!中毒性があるぞ!下手をしたら美味すぎて死んじまうかもしれん……!!」
「だろ?そして、仮に死んでもかまわん。グラスウィードには、最上級のヒーラーが所属しているから、すぐに生き返らせてやるからな!思う存分に食って死ぬがいい!……そして、俺ももう我慢ならん!共に食い死のう!セント!!」
そう言って、アクスも唐揚げに手を出す。
「……はぁぁぁぁぁぁっ!うんめぇぇぇぇぇぇ………!!」
その顔は、至福そのもの。
釣られて、他のクランメンバーも大皿に手を伸ばしていく。
「最高だ………!」
「あぁ、天使が見えるぞ………!」
「死んだ婆ちゃんが手を振っているなぁ………」
もはや別世界へ旅立ちつつある連中もいる。
「……グーメル、この料理の食材はなんなんだ?」
思わずセントが尋ねると、
「それは怪鳥竜の肉さ。この間、たまたま手に入ってね。普段はよく入る脱兎鳥の肉を使っているんだけど、今日のは特別だ」
グーメルはウインクをして答えてくれた。さすがはハーフエルフの美形男子。様になっていた。
「怪鳥竜か………どんな奴なんだ?」
「怪鳥竜は、ランクA-の竜種モンスターだ。モンスターのランクはわかるか?」
答えたのは、フエン。それにセントは首を横に振る。
「詳しくは聞いてないな。教えてくれ」
「よしきた。モンスター……動物が魔力を帯びて突然変異をした存在のことだが、そいつらには、討伐基準となるランクが設定されている。ヌル草原に出没するゴブリン種は基本的にFランク。スライム種はGランク。冒険者ランクと同じモンスターランクの敵は、一対一であれば単独で討伐が可能。ランクが一つ上であったとしても、自分と同じランクの冒険者がパーティーを組めば討伐は可能だ。したがって、例えばゴブリン種であれば、Fランク冒険者ならソロで討伐可、Gランク冒険者なら、Gランク冒険者でパーティーを組めば討伐が可能になる、ということだ」
「なるほど。なら、ランクA-の怪鳥竜は、ランクAのザンギやフエン、アクスなら単独討伐可能、ということか」
「その通りだ。ちなみに、これはあくまで推測だが、ルー達が目的としている魔王は、推定SSランク。ランクSのルー達がパーティーを組んで倒せるかもしれないランクの相手だ」
「推定、ってことは、実質相手の実力が不明、ってことだよな?大丈夫なのか?」
セントがルーに目を向ける。
「わからないから、もっと力をつけるために旅をしているんだよ。もしかしたら、さらに上のSSSランクかもしれないし、もっと隔絶した強さの相手かもしれない。どんなことがあってもいいように、しっかりと準備をしておく。なぜなら、魔王との戦いは、敗北=死だからね。一度しか挑めない以上、妥協はしたくないんだ」
そう語るルーの目には、決意が表れていた。
(そうか………それが、ルーの勇者としての覚悟か………)
おそらく、パーティーメンバーのネイ、ミリア、レーネ、シルバもまた、それぞれに覚悟を秘めているのだろう。
「……よし、決めた。まずは、怪鳥竜をソロ討伐できるくらい、強くなる」
セントも、セントなりの目標を決めた。
「それはいいが……なぜ怪鳥竜なんだ?」
ふと疑問を浮かべるフエン。
「だって、怪鳥竜をソロで討伐できれば、いつでもグーメルにこの料理を作ってもらえるだろ?」
ニッ、と片方の口角を上げるセント。
「ガハハッ、そりゃあいい!!動機がグーメルの料理なんて、面白すぎるじゃねーか!討伐の際は、俺にも声を掛けてくれよ?この料理のためなら、いつでも飛んでいくぜ!!」
テーブルをバンバン叩いて爆笑しているアクス。
「アクス、お前だけズリぃぞ?!俺だって揚げ皿を味わいたいんだからな?!」
「抜け駆けは無しだぜ?」
なんて声も飛び交う。
「よし、わかった!んじゃ、まずは怪鳥竜を見つけたら、全員にメッセージを出すようにするぜ!そんで、皆で討伐して美味しく戴くことにしよう!!」
「よく言った、セント!」
「愛してるぜ、コンチクショー!」
若干気持ち悪い声もあったが、ただのネタだろうと判断して、気にしないことにした。
「とりあえず、今はこの揚げ皿をみんなで味わおう!それが最優先ミッションだ!!」
「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!」」」」」」
次々と大皿から唐揚げがクランメンバーの胃袋に消えていく。
「ははははっ!最高に楽しい食事だぜ!……………ありがとな、ルー!!」
「ああ!!」
こうしてセントは、クランメンバーと共に、久しぶりに賑やかな食事を堪能したのだった。




