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8話 触れた手

『ねぇ、名前ないの?』


 たまたま森で会っただけで、気まぐれに話をしていただけだった。


『んー今は、お前と俺しかいないんだ。名前なんていらないだろ』

『かくれんぼしたら、「あなたみーつけた」っていうの? 夫婦みたいに?』

『……オーケー。”スケルトン”と”人間”どうだ?』

『スケルトンの知り合いは別にもいる』

『嘘はいけないな。それとも、新手の口説き文句か?』


 片方の頬を膨らませた少女が、弟がすねた様子に似ていて、少しだけ笑ってしまう。


『出会って数時間じゃ、ただの知り合いだぜ?』

『じゃあ、明日遊ぶ約束して遊んだら?』

『そりゃ、友達だ』

『なら、明日もまたここに来るね』

『……あぁ。そしたら、改めて名前を教えるよ(友達だ)


 ただの冗談だ。だけど、少女は、よしと意気込むと、何かを思い出したように声を上げた。


『スケルトンって呼んで探したら、他のスケルトンくるかもしれないから、やっぱりなんかない?』

『お前、雑って言われるだろ……なら”クールガイ”なスケルトンでどうだい? ”雑”な人間』


 ただの気まぐれだ。雑な人間が、生真面目に来てるのか、それが気になっただけ。


 アイツは、来なかった。

 人間だから、仕方ない。

 仕方ないはず。だけど、少しだけ怖くなって、あいつの村へ行ってみた。

 そしたらなんだ。通り過ぎていった馬車が、残していった声。


『あそこなら、きっとあの子は魔物に食われて死ぬわ』


 怖かった。身を隠し、村中探し回っても、あいつの姿はなかった。

 聞こえてくるのは、魔物に呪われ気が狂った少女を、村のため、遠くの山に捨てたと。

 どこに捨てた。

 アイツはどこだ。

 俺はなんて叫べばいい?

 アイツの名前は、なんて言うんだ。


 教えてくれ。


 アイツは――――



 ――――死んだ。



「――クールガイなスケルトン!」


 知っている少女の姿ではなかった。

 だが、その呼び方をするのは、アイツだけだ。


「よかった……ようやく、会えた」


 泣きそうな顔で微笑むアイツは、俺に手を伸ばす。



「コノハァ!? 感動の再会っぽいけど、こっちヤバい!!」


 俺に触れかけていた手がピタリと止まり、めんどくさそうな目で、ナラに振り返る。

 実際、アーツが襲ってきて、だいぶ混乱している中だ。今はこちらに向かっているのを、ナラやフーディが倒してくれているから安全なだけで、限界はある。


「……」


 手を貸さなければいけないというのは、こいつにも分かっているらしく、ため息混じりに、曲げていた腰を伸ばした。

 伸ばされた手も離れていく。


 その手に、少しだけ触れた。


「!」

「再会のハグは、お預けだな」

「……今度は、名前、教えてくれるよね?」

「あぁ。約束、だからな」


 嬉しそうに、笑った人間は、俺に背を向けると、その手に握った棒を地面へ突き立てる。


「確認! こいつら、守る気しないんだけど! 個人的な理由で!」

「気持ちはわかるけど、攻撃に巻き込むのは無しだからな!?」


 ナラの慌てた返答に、雑な人間は至極めんどくさそうにため息をつくと、大きく息を吸い込んだ。


「Monstrorum! Fiat lux! ――怪物共よ! 光を知れ!――」


 棒に巻き付いた布が解け、広がる。

 掲げられた旗の先から、魔方陣が展開される。


「闇を照らすは蛍火。砕きを知らぬ、彼の膝よ。我が同胞に導を、我が敵を裁きを下せ!」


 魔法陣から放たれた光は、アーツの体を容赦なく貫く。

 同時に、頭上から降ってくる柔らかな光に触れれば、どこから溢れてくる力。


「なんだなんだ!?」


 ユーコンが何が起きているのかわからず、キョロキョロと辺りを見渡し、人間のことをじっと見つめた。


「……」


 旗をはためかせ、堂々と立つ姿は、どこか憧れる騎士団長に似ていた。

 騎士団長に似ている人間は、旗を降ろすと、ユーコンたちの隣を通り過ぎ、腰を抜かして座り込んだ両親と村長に旗の切っ先を向けた。


「初めまして。とても個人的で申し訳ないけど」


 切っ先が振れたその時だ。

 切っ先は予想外に大きく振れ、空に向いた。


「なっ……」


 旗を地面に突き立て、どうにかバランスを取ったコノハは、自分の腰に抱きつく小さな体を見下ろした。


「ダメ!!」

「ダメって……お前だって……!!」

「ダメ! イヤなの……!!」


 理解できないという顔をしたが、必死に止める少女の姿に、大きくため息をついた。

 実際、これで止められることはないのだが、捨てられた本人がこれほどまでイヤだと拒否しているのだ。


「おや、意外っすね」

「理解はできません。けれど、この子には少なからず恩があります」

「それも含めて意が――いやー気のせいです。さすがは、慈悲深き大魔女サマ」


 目が本気になったコノハに、すぐさま両手を上げて降伏すれば、小さく息をつき、ニッチェの腕を軽く叩く。


「ほら、彼らを殺すことはしないから、離れて。そこのクールガイなスケルトンの弟君のところに戻ってて」

「……」


 信用していないという視線。


「今は、彼らを傷つけないことを神に誓います。危ないから、離れてなさい」


 そっと、腕を解こうとするが、その腕は力が入ったまま。

 どうしたものかと困っていれば、ニッチェの肩を叩いたのは、ヨーテだった。


「大丈夫だ。な」


 ヨーテに言われ、ようやく腕から力が抜けていく。

 それでも、やはり不信感募る目で、こちらを見つめる。理解はできない。けど、彼女のしたくないことは理解できる。

 解けた腕から少し離れると、フーディとナラへ向き直る。


「準備オーケーだ」


 ナラの言葉に、コノハは頷き、旗を地面に突き立てる。同時に、村周辺に浮き上がった魔法陣の一片。

 フーディは小瓶を村へ投げ込み、ナラが上空でそれを撃った。

 割れたと同時に広がる甘ったるい花の香りに、人間たちは鼻を塞ぎ、アーツたちは笑うのをやめ、香りから逃げようと外へ走り出す。

 アーツが村周辺の魔法陣を踏み越えるその瞬間、炎が立ち上った。


 村周辺の大地から空まで、その全てを焼き尽くす炎は、しばらくの間激しい音を立てて燃え続け、静かになった。

 残った甘い香りに、コノハは突き立てた旗を持ち上げると空へ掲げる。


「Ventus ―― 風よ ――」


 そう唱えれば、甘い香りは上空へ運ばれ、霧散した。

 笑い声も悲鳴も、先程までと打って変わり、聞こえなくなった。


「さて、アーツ討伐は終わり。この村の復興に手を貸してほしいなら、近くのギルドに頼みなさい。

 私はこれで立ち去るし、依頼を受けたふたりは、何かしらの結論があるでしょう」


 コノハはそれだけ言うと、旗を畳み、離れていった。


 そのされた人々は、しばらくの間、状況が呑み込めずにいた。

 村は半壊、アーツこそいないが、これでは夜を超すのだって一苦労。


「……」


 ギルドへの紹介は必要そうだと、ナラも後で手配はしておくかと思いながらも、今は自分の仕事へ目を向ける。

 中断されてしまったニッチェの決断。

 その答えを聞かなければ、ナラたちも動けない。

 ニッチェもそれをわかっていた。

 ゆっくりと立ち上がると、呆けた顔で自分を見上げる両親と村長へ、頭を下げた。


「ありがとう、ございました」


 それは、決別の言葉だった。

 自分は、ここにはいられない。それだけは、子供でも分かった。

 言えた言葉はそれだけだった。


***


 勢いで森まで戻ってきてしまったニッチェだったが、すぐに頭を抱えることになる。


「これからどうしよう……」


 家には帰れない。ユーコンたちとも、これでお別れ。


「あ……ふたりの家……」


 ユーコンたちの家だって、燃えてしまって無い。

 今更ながらに、自分の後先の考えなさに、頭を抱えてしまい、ユーコンたちにまた心配されてしまう。


「家を燃やされた? ふたりの?」

「ちょっとした手違いでな」


 話を聞いたコノハが、呆れたように聞けば、ナラが制するようにコノハに言う。なんとなくあの放火も誰が犯人か察しがついているが、証拠は出てこないだろう。

 というか、言い逃れが容易すぎて、言い逃れられてしまうのが落ちだ。

 コノハもその辺りは察したのか、小さくため息をついて諦めると、三人へ微笑んだ。


「とりあえず、うちに来れば?」

「ギルドにか?」

「うん。ギルドに入るわけじゃなくて、避難所のようなものだから、三人がよければ」


 そうすれば、今度、アーツと間違えて放火なんてしてきたら、堂々と処罰できるし。と、ナラとフーディには続きが聞こえたが、おそらくないだろうし、三人には聞こえてないから、いいかと静かに頷いておいた。

 三人は顔を見合わせ、頷いた。

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