6話 矛先
あくびを噛み殺しながら、宿屋を降りれば、何やら騒がしい声。
どうやら、小規模ギルドがいくつか集まって、話し合っているらしい。
軽く聞こえてきた内容からして、一時的な同盟を組み、討伐任務に当たろうという内容だろう。
「おはようございます。ナラさん」
「おはようございます」
受付に挨拶をするついでに、彼らのことを聞けば、予想は八割方当たり。
「ここ最近、アーツの目撃情報が増えていたことは知っていますか?」
アーツ。
獣や魔獣とは、全く別の生物。いや、生物と呼ぶのすら怪しい、心無き怪物。
彼らは、種族関係なく生きているもの全てを攻撃する。理由はわからない。
かつて、種族同士で争っていた頃、アーツが現れたことにより、どの種族も戦線を維持するどころか、種の存続すら危ぶまれた。
故にアーツへ対抗すべく、各種族は戦いをやめ、手を取り合い、アーツへ対抗しようとした。
そうして発足されたのが、種族保存機関”ノアーズ”。
「えぇ。逸れてたやつを何体か倒しましたし」
ノアーズの創設理由を考えれば、アーツを倒すのは依頼がなくとも行うべきことではあるが、ギルドを維持するにも維持費が掛かるのは事実。
無償で倒すことは、正直不可能に近い。
「なんでも、アーツの拠点が発見されたそうなんです」
「拠点が?」
それは少し気になる。
しかし、現在のギルドの状態からして、拠点制圧に割ける人手はない。
「あぁ、でも、マエストロのいないそうですし、拠点というより拠点になりかけてる、場所だそうですよ」
そのため、アーツ拠点制圧を行ったことがあまりない、複数の小規模ギルドが手を組んで対処しようとしているらしい。
アーツは魔獣退治と違って、全員が魔法を使う。そのため、討伐依頼の中でも、危険度は格段に高いが、指揮のいない状況であれば、確かに彼らだけでもなんとかなるかもしれない。
「でも、意外ですね。アーツなら、他にも飛びついてきそうなギルドは多いのに」
「あぁ、それは……」
受付が困ったように見せてきたのは、依頼書。
特に変わった点はないが、最後に見えた、ギルドにとって重要なひとつのポイント。
「……」
報酬が少ない。
報酬はつまり、依頼料だ。依頼料が少なければ、必然的に雇えるギルドのランクが下がる。
上位ギルドには、それなりに依頼料が必要というわけだ。逆に言えば、上位ギルドには、簡単な依頼ばかり選ぶことができないようになっている。
もちろん、上位ギルドも、なにかしらの理由があれば、依頼料が少ない依頼にも参加はできる。そのあたりは、色々裏技があるのだが、今回は割愛しておこう。
俺のギルドである”ルミノックス”だが、依頼料は高い方だ。
現在載っている依頼料では、ルミノックスとして素直に依頼は受けられない。
つまり、見送るほかない。
だが、この依頼料では、アーツとの戦いに慣れていそうなギルドへ依頼すら難しそうだ。
内容が内容だから、なんとかなりそうではあるが。
「よしっ! では、1時間後、村の前で集合だ!」
どうやら、話はまとまったらしい。
意気揚々と出て行った彼らの背中を見送った。
*****
最初に違和感に気が付いたのは、ヨーテだった。
壁を不規則に叩く音。外に何かいるのかと、想像に容易い存在に、ユーコンたちが出かけている時でよかったと安堵しながら、外の様子を確認する。
やっぱり、人間か。
予想通りの答えに、ヨーテはため息すら出てこなかった。
「アーツが出てきたぞ!」
誰かが叫んだ。
答えることすら億劫になり、顔を上げれば、家が燃え始めている。
「……」
どっちが悪者だか。
言葉がつい漏れそうになる。
向かってくる武装した人間たちに、一度燃える家の中に戻れば、人間たちは家の中までは踏み込んでこなかった。
「さて、どうしたもんかね」
逃げる。それはもちろん。
問題は、ユーコンたちだった。家がこれだけ盛大に燃えているのだ。煙で慌てて戻ってくるだろう。
そうなれば、あの人間たちは、アーツとしてユーコンを襲うだろう。
それは避けなければならない。
「?」
炎とは違う光が、部屋の中を不自然に照らす。
光の方向へ目をやれば、草むらの陰から見覚えのある顔が覗いていた。
「――」
ナラは、二本指を立てると、自分を指さし、次に森の奥を、そして、もう片方の手を掴む。
そして、今度はヨーテを指さした。
要は、ふたりは森で匿ってる。俺も助ける。ってことか。
ヨーテは、ナラのジェスチャーの意味を理解すると、首を横に振った。
「!?」
その行為に驚いたように、目を見開くが、ヨーテは、ゆっくりと家の奥へと進んでいった。
「兄ちゃん! よかったァ! 無事だった!」
「ケガは? 大丈夫?」
「ないぜ。ふたりこそ、無事で安心したぜ」
ナラに連れられた先に、ユーコンとニッチェは確かにいた。
そして、見た覚えのない獣人も。
「まさか家焼かれるとはな」
「悪い……もっと早く気が付けば、止められたんだが」
気が付いたのは、フーディからグレイシの情報を聞き、ニッチェたちへ報告に向かおうとしていた時だ。
集会所で見つけたアーツ討伐の同盟が、向かう方向とナラが向かう方向が同じことに不安があった。
悪い予感というものは的中するもので、ユーコンたちの家に火矢が放たれた時は、さすがに肝が冷えた。
魔族とアーツの差がない人間は多い。だが、今回は妙に意図的な何かを感じるのも事実。
「……」
「それで、グレイシは見つかったのか?」
自分の家が燃えたというのに、あっけからんとナラたちに質問するユーコンに、ナラとフーディも少しだけ言い淀む。
自分たちも関わってしまっている手前、自分たちから問いかけるのは気が引け、言葉を選んでいれば、代わりにユーコンの腕を引く少女がいた。
「ん?」
「ユーコン、家、無くなったんだよ……? 私より……ユーコンたちの方が」
「家はまた建てればいいぞ? 騎士っていうのは、サバイバルだってできるからな! ちょっと家がなくても問題ないぞ」
「え、えっと……そ、そうなの……?」
「いや、俺は欲しいけどな。まぁ、ユーコンがそれでいいなら、いいんじゃないか?」
意外過ぎるほど気楽なふたりに、ニッチェも困ったように、ナラたちに目を向ければ、自分を鏡で映したような顔をしていた。
だが、ナラは小さく咳払いをすると、何とも言えない声を出してから、半ば遠い目をしながら、話始めた。
「じゃあ、好意に甘えて? 依頼のことだが、グレイシについて場所は特定した。ニッチェの両親もだ」
「!」
「よかったな!」
うれしそうな表情をするニッチェとユーコン。
それとは対照的な表情のヨーテ。
「……ニッチェ。これから俺が言うことは、辛いことだと思う。心して聞いてほしい」
ナラは、一度息を吸うと、ゆっくりと告げた。
「グレイシにニッチェの帰る場所は、ない」