5話 見えないなにか
月の明るい夜は、夜の怪物は現れないから、安心して眠りなさい。
なんて、どこにでもある子供を安心させるための大人の言葉。
静かな月明かりに照らされる中、影が駆け抜ける。
村を見る限り、自給自足でこの村のみで生きるための最低限のことは事足りるだろう。
閉鎖的な村。質素な村の中でも、唯一作りがしっかりしているのは、どうやら教会らしい。
「ここにも仕掛けときますかね」
おそらく、この教会はこの村の集会場も兼ねているだろう。
ならば、情報収集所としては打ってつけの場所だ。
カエルゴケを物陰に隠し、素早く教会から出て行く。
朝日が昇れば、村人が目を覚まし始める。
昨夜に仕掛けたカエルゴケから聞こえてくる声に聞き耳を立てる。
『さぁ、今日も祈りましょう。罪を皆で償うのです。彼女を亡き者にする他に方法を持たぬ我らの罪を』
ノイズ交じりに聞こえてきた言葉に、フーディは静かに瞼を持ち上げた。
祈りの時間が終われば、教会から出てきた村人。その中から、覚えのある匂いに似た匂いを探し、後をつける。
家の中を覗き見れば、子供が住んでいた様子は全くない。
「?」
ニッチェが逸れてから、まだ3日程。写真もなければ、まるで元から夫婦しか住んでいないような家だ。
周りを確認しても、子供だけ別に暮らしている様子もない。
「……」
まるで、ニッチェの存在を消すように。
フーディは音もなくため息を大きくついた。
*****
森の中で、薪になる木を探していたニッチェとユーコン。
「ユーコン」
「なんだ?」
「ユーコンは騎士見習いなんだよね?」
「そうだぞ」
シャルム王国騎士団になるには、年に1度開かれる入団試験をクリアしなければいけない。
ユーコンは、毎回受けていたが、いまだに受かったことはなかった。
「1ヶ月後に入団試験があるんだぞ」
「へぇ……応援、しにいってもいいのかな?」
入団試験に応援なんてものがあるかはわからないし、ましてや人間が魔族の国、シャルム王国に入れるかというと怪しい。
「ヨーテが茶化しに来るから、きっと大丈夫だぞ!」
「ヨーテは騎士団に入らないの?」
「ないな! ダルクにも、やる気がなさ過ぎて入れる気がしない! って言われてたからな。まぁ、昔、研究所にはいたらしいぞ」
しかし、研究所は、前国王たちの殺害後、騎士団に吸収され、ヨーテはその時に研究所を離れた。
国のために戦うのは、性に合わないという理由らしい。
「……なんか、想像つく」
「なー」
ユーコンもその場に居合わせたわけではないが、容易に想像がついた。
「でもな、兄ちゃん、何か探し物があるからかもしれないんだよなぁ」
「探し物?」
「うん。何なのかは教えてくれないんだけどなー」
少し不貞腐れたようなユーコンに、ニッチェも首をかしげる他なかった。
「探し物?」
わからないため、ヨーテ本人に聞けば、困ったように目を細め、
「あぁ、ペンが行方不明だな。持ち手の部分が青いやつ」
「そうじゃなくて、えっと……そのペンは、あっちで見たような」
見つけたペンを手渡しながら、もっとずっと探しているものと聞くが、はぐらかされるだけ。
弟であるユーコンに伝えないのだから、他人のニッチェにはもっと教えられないかと、肩を落としながら、ユーコンの手伝いに向かった。
いつもと変わらず、ユーコンの愉快な音を聞きながら、視線を落とすのは、ニッチェが描いたという絵。
特徴を捉えた上手な絵だ。投影魔法や写真といった技術がなければ、きっと重宝される才能だろう。
「……」
この短い期間ですら、ニッチェは見たものをいくつか絵に描き上げている。
最近は、ユーコンやヨーテが多いが、森の風景も増えてきている。きっと、前から描き続けていたのだろう。
もし、知らなかったゆえに、”何か”を描いてしまっていたら。
「ヨーテ! テーブルの上、片づけておいてよ!」
頬を膨らませるように言うユーコンに、いつもと変わらないよう返事をし、絵を片付けた。