4話 シャルム王国にて
「随分買い込むな」
予定外に早く消費された食材を買っていれば、かけられた声。
振り返れば、シャルム王国王立騎士団、騎士団長であるダルクが立っていた。
「犬でも飼ったのか?」
「まぁ、似たようなもんだな」
まさか人間だとは思わないだろうが、聞かれても面倒だ。
「騎士団長殿は、相変わらず護衛か?」
「ただの護衛なら、どれだけいいか」
どうやら、ダルクもなにか問題を抱えているらしく、疲れたように肩をすくめた。
「お前も噂には聞いてるだろ。国を開くって話」
「……あぁ。マジなのか」
シャルム王国は、山奥の奥。そこで、魔族はどの種族からも見つからないよう、静かにひっそりと隠れて暮らしていた。
魔族だけの隠れ王国。
だが、ここ最近、国王が、他の種族との交流を持たなければ、いずれこの国は滅びることになる。と、国を開こうとしていると噂が流れていた。
騎士団長のダルクがいうのだ。この噂は本当なのだろう。
「あくまで地盤が作れそうなら、って話だ。無理なら、この話はなしになる」
「地盤、ねぇ」
一度失敗して、前国王と前騎士団長が死んだ。
それでもなお、国を開こうとするのだ。今度は、二度とそのようなことが起きないようにしたいのだろう。
それに、反対だってでる。
「その地盤とやらのひとつか? 騎士団長のノァーズへの登録は」
「まぁな」
つい1週間ほど前だっただろうか。ノァーズへ、ダルクが登録し、”大戦士”の称号を得たのは国中の話題になっていた。
「で? お前は?」
「ん?」
「お前はどうなんだ? 他の種族……というか、人間が嫌いだろ」
それは、誰にも言ったことがないこと。
それを疑いもなく当てたダルクはさすがというべきか、末恐ろしいというべきか。
「別に構いやしないさ」
「……そういうなら構わないが。言質はとったからな」
「そういうとこ、ちゃっかりしてるよな」
得意気に笑うダルクに、静かにため息をつくしかなかった。
*****
森の中を歩いていれば、こちらに向かってくる足音。
「コノハ!」
知っている顔だ。
「なんかあったのか? 今日はこっちに来る予定なかっただろ?」
「少し調べ物をね。同盟なんて面倒ごと引き受けるから」
「う゛……悪かったな」
言い出しっぺはこの男だ。
質が悪いことに、悪いと口では言うものの、まったく間違ったとは思っていないのだが。
「でも、コノハが捜してるっていう、スケルトンも見つかるかもしれないだろ?」
「生きてるかどうかもわからない相手を探すなんて、どうかしてる。それが他人事ならなおさら、ね」
「死んでるなら墓があるし、誰かが覚えてる。だから、大丈夫だ」
こいつは、時々、私以上にひねくれている。
私のおぼろげな記憶の存在を、確実にいたのだと言い切る。幼い時の記憶なんて、夢と現実の区別すらつかないというのに。
『――俺の名前? 秘密だ』
『ケチ』
『俺とお前は友達じゃないからな。会って数分の人間を友達っていうか?』
『じゃあ、明日遊ぶ約束して遊んだら?』
『そりゃ、友達だ』
『なら、明日もまたここに来るね』
『……あぁ。そしたら、改めて名前を教えるよ』
あまりにも、はっきりとした情景。だけど、偽物かもしれない。ひとりぼっちだった私の、空想。
縋るものがないと、心が壊れてしまうから。
「……期待はしないでおく。それより、ナラが面倒な依頼を受けてるって」
「マジ!? 手伝うか?」
「お前さ、自分のやってることわかってる?」
別の人間が大変だからといって、手伝えるほどの余裕がある仕事はしていない。
むしろ、本当ならナラが依頼を終えたら手伝ってもらう予定だったのだ。それを、今の依頼主に頼まれたから、こちらはこちらだけで進めているというのに。
「それに、お前が行くとめんどくさくなること間違いなしだから、やめておきなさい」
「ハ、ハイ」
くぎを刺しておけば、いたずらがバレたような顔をされた。
つい、ため息が出てしまう。
*****
ヨーテが帰ると、ユーコンとニッチェはなにやら盛り上がっているようだった。
「兄ちゃん見てみて!」
ユーコンが見せてきたのは、見覚えのあるスケルトンの絵。
「うまく描けてるじゃないか」
「だっろぉ? ニッチェが描いたんだ!」
「ニッチェが?」
恥ずかしそうに頭をかくニッチェの手元には、これまた見覚えのある絵本の挿絵に書かれている勇者の絵。
どうやら、ふたりで『ナポリオの冒険』を読んでいたらしい。
「ニッチェってば、すごく絵が上手なんだぞ」
「あ、ありがとう」
「よく描くのか?」
「うん」
動物とか森の中とか、そういったものをよく描いていた。
親や村の人たちにも、褒められることは多かった。
ただ、たった一枚だけ、見せた途端、両親の顔が青く染まった絵があった。
「……」
このふたりもきっと、あの絵を描いたら、喜んでくれない。
ニッチェは、ポーズを決めてくれるユーコンの絵を描き始めた。