3話 帰宅
小屋を叩く音に、返事を返せば、入ってきた知り合いの顔。
「あ、フーディ。カエデユキの葉とかもってない? カエルゴケでもいいけど」
「カエデユキならありますよ。カエルゴケは生憎、このあと使う用がありましてね」
「どこかに侵入するの?」
「えぇ、まぁ、いつものことですわ」
受け取ったカエデユキを、小さく裂く。
「で、グレイシって村、知りません?」
「グレイシ? あぁ、ここから南東に12kmってところかな。地図」
この辺だと、指を指す。
「グレイシなら、カエルゴケは持っていったほうがいいかも」
「やっぱ、人間至上主義ですかい?」
「そうね。依頼内容は? 物によっては、人間が行くから」
「それがですね、森で迷った子供が、そこ出身だってことらしく。拾った本人も、村が分からず、依頼を出してきたってわけです」
やれやれをフーディが肩をすくませてみせた。
村の場所がわかればいいのなら、フーディが場所と子供を探している親さえ見つければ、問題はないはずだ。
「で、問題はその依頼者なんですがね」
その前置きだけで、イヤな予感がする。
「魔族なんすよ」
予想通りの言葉に、葉を裂く手が止まった。
「一応、大魔女サマの意見を伺っておこうかと思いまして」
「慎重に調べて。その子供を返すことになったら……誰が担当してる?」
「ナラさんっすね」
「なら、ナラに同行させて。あとは、あいつの判断でいい」
「それでいいんすか?」
意外にもあっさりとした回答に、フーディも眉をひそめる。
話を聞く限り、グレイシは人間以外には、快い対応は望めないだろう。フーディもそれを分かっていたからこそ、生き物に幻影を見せるカエルゴケを持っていくつもりなのだから。
それなのに、あっさりとナラに任せると言った。依頼者が魔族だというのに。
「まぁ、ナラさんは人だし、何か起こすってタイプでもないっすけど」
ギルドの参謀に近い立ち位置のナラに限って、事を荒立てるようなことはしないという信頼は、フーディにもある。
だが、デリケートな問題であることは事実だ。
「むしろ、私じゃ事を荒立てることになりかねないし、ジークに頼む?」
「そりゃ、ことが荒だつ未来しか見えないっすよ」
「だろ?」
なにより、今、ギルド長であるジークは別件の大事の対応をしている。
「まぁ、危険と思ったら、救難信号だして。村をひとつ焼く程度、あいつらと違って、心なんて痛まないから」
最後の言葉に、ひどく冷たいものを感じた。
大魔法使いだというのに、時折見せる、その言葉が、ひどく冷たく、冷酷すぎて、魔女なんて呼ばれてしまう。
「……ひとつ、確認っすけど」
「ん?」
「アンタの故郷では、ないんだよな?」
真剣に問いかけるその視線に、コノハは微笑み頷いた。
「もし、故郷なら、きっと私は少しばかり、身も心も、本物の魔女になるでしょう」
全身の毛が逆立つ気がした。
*****
「ヨーテじゃないか!」
草むらから現れたのは、ヨーテだった。
「意外に早かったな」
どうやらふたりの知り合いらしい。銃を構えた腕から力を抜く。
「ちゃんと、ナラが探してくれるって言ってたぞ!」
「ナラ? あぁ、そこの人間か」
ヨーテの目が、ナラへ向く。
「ルミノックスのナラだ。グレイシの捜索の依頼を受けた。よろしく」
魔族の挨拶はわからないが、いつものように握手を求める。
「へぇ。そうか。よろしくな」
なんの違和感なく、握手するヨーテだったが、ナラだけは、その目が全く友好的ではないことが理解できた。
全くと言っていいほど、信用していない。警戒というより、憎しみに近い目だ。
「……」
ユーコンたちは、変わらず全員で家に向かおうとしているが、ヨーテは近づけたくないだろう。
やはり、予定通り日時をしていして、自宅を知らない方がいいだろうか。
ナラが足を止めていれば、ニッチェは不思議そうに振り返った。
「?」
「迎えが来たなら、護衛は必要ないかと思ってな」
「ナラは、オレたちの家の場所を知りたいんだろ? お茶くらい出せるから、安心しろ!」
満面の笑みで胸を張るユーコンに、ナラも少しばかり、どうするか迷うものの、ヨーテはすっかりこちらから視線を外している。
仕方がない、といったところなのだろう。
「……わかった。ありがとな」
考えてみれば、このくらい警戒されるのが、本来の魔族と人間の関係というものだ。
「それで、宛はあるのか?」
家に招かれ、最初に聞かれたのはそれ。
「あぁ。心当たりがある仲間がいてな。だいぶ閉鎖的な村だとはいうが、場所はすぐに見つかると思う」
問題は村の場所よりも、内部だ。
ヨーテは、ユーコンに比べて状況を理解しているようだし、今の言葉で理解はできるだろう。
「そうか」
ナラの予想通り、場所が見つかることに喜ぶこともなく、淡々と頷いた。
だが、ユーコンとは違い、すぐ親が見つかりそうだとニッチェと楽しげに話している中に入る様子はない。
気になるのは、ヨーテが人間を嫌っているなら、ニッチェを嫌わない理由がわからないが。
「グレイシってどんなところなんだ?」
「田舎だからなにもないよ。あるのは、家と教会、畑くらい」
「お店もないのか?」
「お店は、たまにくるくらい」
ユーコンがいるからだろうか。ヨーテも、先ほどのようにはっきりと警戒した様子を見せることもない。
だが、数度目が合う瞬間に感じる冷たい視線に、ナラは早々に席を立つことにした。