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1話 迷子の少女

 光も届かない暗い森。

 道も生き物も、何もいない。

 帰りたい。

 

 帰りたい。


***


 町の外れの森に響く情けない叫び声。


「カエルでもいたか?」


 叫び声の元に行けば、弟は腕の中に小さな人間の子供を抱えていた。


「ヨーテ! 人間! 子供! 倒れてた!?」


 あまりのパニックぷりに単語の羅列になっているが、なんとなく想像はついた。


「いきいきいき!」

「落ち着け。ユーコン。息はしてるし、生きてるよ」


 腕の中の少女は、弱くはあるが、しっかりと息をしている。

 すぐに命にかかわるようなことはなさそうだ。

 そう伝えれば、ユーコンは安心したように息を吐き出した。


「よかった……あ、でも怪我してる。よぉし! オレが手当てしてあげるからな!」


 そう言って、ユーコンはヨーテと共に住む、自宅へと少女を連れていき、手際よく手当てをした。

 少女の傷は、初めこそ足だけかと思っていたが、服の下には殴られた痕がいくつかあった。それに、森に入るには随分と軽装だ。


「……」

「親とはぐれたのかな?」


 何も言わないヨーテとは裏腹に、心配そうに見つめるユーコンは思いついたように立ち上がる。


「なら、オレ、この子の親探してくる!」


 ヨーテの返事も聞かずに、出口に早足に向かおうとするユーコンの襟を掴めば、眉をハの字に下ろしたユーコンが振り返る。


「気持ちは嬉しいけど、ヨーテも一緒に行ったら、この子が寂しくなっちゃうぞ」

「いや、そうじゃない。ユーコン。ひとつ確認するが、この子は何者だ?」

「人間の女の子」

「オーケーさすがだ。じゃあ、俺たちは?」

「スケルトン兄弟」

「ブラボー。種族で言えば?」

「魔族?」

「エクセレント。つまり?」

「……?」


 本気でわからないらしく、首をかしげるユーコンに、ヨーテも言葉に詰まる。

 この世界には、大きく分けて、”人間””獣人族””魔族”が存在する。種族が違えれば、それに伴う弊害も存在するわけで、人間と魔族にも存在する。

 むしろ、魔族はとある理由から、どこの種族ともあまり良い関係を得られていないというのが事実だ。

 何が言いたいかと言えば、人間の少女を手助けするのは、あまり賛成したくない。

 ましてや、「倒れた子供を介抱してるから、自分たち魔族の家に来てくれ」なんて、親に言ってみろ。何を構えてやってくるかは、想像に易い。

 だが、この弟、全く想像していない。


「この家を追い出されるのは、嫌だろ?」

「う゛ぅ゛……でも」


 ユーコンが優しいことはわかってる。正義感が強いことも。

 ヨーテも少し罪悪感を感じながらも、眠っている少女をどうするかと頭に手をやれば、少し瞼が震えた。


「……?」

「気がついたか!」


 ゆっくりと目を開けた少女は、ユーコンたちを見て驚いたように、体を引く。

 人間からすれば、魔族に取り囲まれた状態だ。怖くも感じる。


「怖がらなくていいぞ! オレはユーコン、それからヨーテ! えーっと……騎士、見習いだ!」


 ユーコンが胸を張れば、案の定、縮こまっている人間。


「ぇ、えーっと……やっぱり見習いじゃ、ダメ? ご、ごめんな! あ、でも、パパもママもちゃんと探すし、騎士団にも連絡するから!」


 ユーコンは自分に考えられる限り、安心できるようなことを言ったはずだが、少女はまだベッドの片隅で、不安そうにこちらを見つめている。

 縮まらないその距離に、ユーコンのにこやかに上がっていた口端も徐々に下がり、涙が溢れ始めた。


「!?」

「……おいおい。騎士見習いさんよぉ」

「そんなに、怖がらなくて、いい……よ」


 ボロボロと涙をこぼしながら、嗚咽混じりに励ますユーコンに、少女も戸惑いながらも、ユーコンに這い寄る。


「ご、ごめんなさい。だ、大丈夫?」


 初対面の相手が突然泣き始めたら、どの種族だって驚くし、戸惑う。

 ヨーテですら、この状況の収拾をどうつけるかと考え始めたほどだ。しかし、ヨーテの予想に反し、ユーコンは目を輝かせて頷いた。


「大丈夫なのだ! お前、いい奴だな!」

「ぇ、えと……」

「えとさん?」

「違う」


 ニッチェと名乗った少女は、ユーコンの予想通り、森で両親とはぐれたのだという。


「どこに行くとか、行ってなかったのか?」


 首を横に振った。


「じゃあ、先に家に戻ったのかもしれないな!」

「この森、来たの初めてだから、道、わからない……」

「町の名前は?」

「グレイシ」


 聞いたことのない名前だ。この辺ではないのかもしれない。


「むむむ……グレイシ。グレイシ……」


 ニッチェも困ったようにユーコンを見つめ、返ってきた音といえば、腹の虫だった。


「……腹が減っては戦は出来ぬというからな! ニッチェもお腹減っただろ? ね?」

「え、あ、えっと……」


 見ず知らずの人から食べ物をもらっちゃいけない。まして、魔族からなんて。と、一瞬脳によぎったものの、今までの短いやりとりで、今まで聞いていたような悪い魔族ではないことは、なんとなく察せた。

 おずおずとニッチェが頷けば、ユーコンもとても嬉しそうに頷き、キッチンへと走っていった。

 閉まったドアの向こうから響いてくる慌ただしい足音と鍋などの金属がぶつかる音に、自然とニッチェの視線がヨーテに向いてしまう。


「楽しい音だろ。平気さ。壊しはしないし、味も保証する」


 慣れたように笑うヨーテは、ふとニッチェに目を向けると、問いかけた。


「お前、俺たち魔族と話すのは初めてか?」

「?」


 不思議そうに瞬くものの、頷いたニッチェに、ヨーテもニッチェから視線を外すと、「そうか」と息を吐き出すように呟いた。


「明日、ギルドに行ってグレイシの場所を聞いてみようと思うんだ!」


 ユーコン特製シチューを食べながら、名案だとばかり目を輝かせている。

 ギルドというのは、どの国にも属していない、種族保存機関”ノアーズ”を母体とした集団である。

 ただし、国とは違い、ノアーズが統括しているだけで、基本的には各ギルドごとに特色が異なり、時にギルド同士が争うこともある。

 だが、無国籍機関であるため、ギルド次第では、どの国にも入国でき、商売をすることもできる。その利点を使い、運輸を行なっているギルドも存在する。


「ニッチェの捜索依頼も確認できるぞ!」


 ギルドとの交渉次第では、どんな依頼であっても受けるため、国内の警備兵が断る依頼や国外が係わる可能性がある依頼なども集まる。特に人探しはよくある任務だ。


「ありがとう」


 初対面のはずなのに、これほどまで良くしてくれる魔族に礼をいえば、ユーコンは嬉しそうに笑う。


「オレは騎士を目指すんだから、これくらいは当たり前だぞ!」

「騎士?」


 目が覚めてから、何度かユーコンが言っている騎士というのは、ニッチェには少し古めかしい言葉に聞こえた。

 町を守るのは衛兵で、騎士といえば、おとぎ話に出てくるイメージだ。


「シャルム王国 王立騎士団! カッコイイんだぞ!」

「シャルム、王国?」


 聞き覚えのない名前の国。ユーコンたちが言うのだから、きっと魔族の国であることは違いない。


「ここは、シャルム王国?」

「の、近くだな」


 シャルム王国に近いと言えば近いが、ユーコンやヨーテの家があるのは、どの国の領地でもない緩衝地帯だった。

 近くには、どの国にも属していない町が存在し、そういった町はギルドと大きく関わりを持っていることが多い。今のニッチェには好都合の場所ということになる。


「じゃあ、明日の朝ごはん食べたらいこう!」


 すっかり日も暮れてしまっている。一番近くの町に行くにしろ、戻ってくるのに半日はかかるため、朝に出かけるのがいいだろう。

 使っていいと言われたベッドに入り、ニッチェはすぐに眠ってしまった。


***


 まぶたを開ければ、知らない天井。体を起こしてみても、やはり見たこともない部屋。

 ようやく、自分が獣の骨の魔族の兄弟に助けられたことを思い出し、ベッドから足を下ろした。昨晩は隣のソファで眠っていたはずだが、今はいない。

 部屋を出てみても、誰もいない静かな空間。


「!」


 また置いて行かれたのかと、隣の部屋をのぞき込めば、眠っているヨーテ。

 その姿に安心して、静かにドアを閉めると、ユーコンを探す。部屋にいないなら、外だろうか。


 玄関を開けてみれば、いた。

 剣を何度も振っている。


「ん? ニッチェ! オハヨウ! ニッチェは早起きなんだなぁ。ヨーテとは大違いだ」

「おはよう。ヨーテは、朝、苦手なの?」

「苦手だぞ。今日も、用事があるなんて嘘ついてな」


 だらしがない。と、きっと皮膚があったら膨らんでいるであろう様子のユーコンに、ニッチェも小さく笑う。


「あと30回振ったら、ごはんにしよう!」


 朝ごはんが出来る頃、寝惚け眼で起きてきたヨーテに、町に行くことをもう一度伝え、食事を終えると、ふたりは町に出かけた。


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