第六話 向き合った答えは───
───仮想世界にある一室。其処には仮想では決してありえない、重々しい
空気で満たされていた。
どう言う理由か。俺はこのゲームからログアウトする事が出来ず、その事で
様子のおかしかったらしい様を相棒に問われ、うっかり事情を説明。結果、善意
溢れる相棒は現実のオレが居る自宅を見に行ってくれた。そして、その相棒が
何故か此方に帰って来たと思ったら、俺の部屋前には規制線が貼られて
いたとか何とか言っては、あるネットニュースの記事を見せられる。事件性を
考慮してかなんなのか、記事には住所も指名も書かれてはいない。でも
間違いなく、間違いなくニュースの内容はオレの事で、内容の通りなら死亡した
男性とはつまり俺。もっと正確に言うなら現実の───オレだ。
「大丈夫か?」
「───あ?」
読んだ内容に衝撃を受け、呆然とソファーに座る俺へ声が掛かった。
声に反応して顔を上げれば、其処には渋い顔のオジ様が、甚く心配した
様子で此方を見ているではないか。俺は心配してくれている相棒へ何かを
応えようとして、何て応えれば良いのかを考える。でも結局言うべき言葉が
何一つも見付からない。だから。
「………。」
「おい、立ち上がってどうし───」
「!」
だから俺は、全力でこの場から逃げる事にした。
「! おい!」
相棒からの制止の言葉も払い除け、ソファーから立ち上がってはそれまで
座って居たソファーをジャンプで大きく飛び越え。一目散に部屋の出口
目掛けて駆け出す。そして素早く出入り口のドアノブを握っては。
「ランダムフィールド!」
キーワードを叫ぶ。言葉を発し終えて気持ち程度のラグの後、握った
ドアノブから“カチリッ”っと言った音が響く。それを聞いた俺は
直ぐ様ドアを押し開き外に出ては。
「ふん!」
「───!」
総合格闘技の選手ばりに回し蹴りを繰り出し、出て来た背後の扉を蹴り閉じる。
体を捻った時に僅か見えた後方。扉の向こうでは此方へと駆け寄る相棒の姿が
一瞬だけ見えて、ほんの少しだけ俺のココロがチクリと痛む、気がした。
回し蹴りよろしく勢い良く閉じられた扉は再び開く事も無く、閉じられた瞬間
光の粒子と成っては霧散、後に残る物は何も無い。
蹴りの体勢から体を直して、俺は周りを少しだけ見渡す。見える景色は遠く
まで広がる草原。どうやら此処は草原フィールドの何処からしい。見渡した
限り近くには人影もモンスターの影も無い様子。あるとすれば大きな湖程度。
俺は視線を元に、消え去った扉へと戻して。
「……悪いな相棒。今は一人で居たい気分なんだ。」
何か切ない感じで眺めながらぽつりと呟く。呟いた後にちょっとだけ
恥ずかしさが込み上げて来た俺は、一つ溜め息を零す事で気恥ずかしさ
を誤魔化し。その場を離れようと振り返る。
「待てと言っただろう。」
「ひょふ!?」
振り返った先には、今さっき自室に置いて来たはずの相棒が、よれた
トレンチコートの裾を靡かせ。其処に立って居た。俺は驚きの余り
奇声を上げては尻もちを付きながらも。
「何故此処が!?」
「何故って、それは勿論フレンドだからだ。」
「! くそう!ゲームシステムを最大に有効利用しやがって! あの場は
空気を読む所だろう!」
俺と相棒はこのVRMMO内でフレンド登録を交わした仲だ。だから当然フレンド
リストを開けば相棒が載ってるし、更には何処に居るかも、何だったらその
場所へ飛んで行く事だって出来ちまう。因みに設定で居場所の非表示とか転送
拒否何かも出来るんだけど、当然俺は相棒には全て許可してある設定だ。
だって相棒だしな。そしてそのフレンドシステムを正しく利用した相棒は。
「友人の一大事なんだぞ? そんな事は気にしないさ。例え嫌われる事に成る
としても、側に居てやりたい。」
「ほ、ほひほ。そっかい。」
こんな状況だからか相棒の優しさや思いやり何かが、こう、すごく、
すごくささる。胸を押さえながら気持ち悪くもにょる俺へ。相棒は
心配した様子で屈み込みながら。
「出来事を思えば混乱するのも分かる。するなと言う方が無理だろうな。
だがどうして突然逃げたりした?」
「どうしてってそりゃあ……。言った通り混乱してたし、その……。」
俺は言葉に詰まる。だがそんな俺を相棒は急かす事も無く、ただただ静かに
待っていてくれる。それは相棒の気遣い。此処までずっと心配しては力に
成ろうとしてくれる相棒。そんな相手だからこそ、俺は一番怖い事を口にした。
「……あのニュースを見た限り現実でのオレは死んでる。だからさ、今誰かに
『お前は誰なんだ?』って聞かれたら、とても答えられる自信が……。」
誰かに問われる事が怖かった事を、ソレを口にした。してしまった。
外へ吐いた言葉が自分へと染み込む。現実でのオレは心肺停止で見付かって、
更には死亡確認までされちまってる。なら、今此処に居る俺は誰だ?
今このキャラを動かしていて、今考え事をしてるこの俺は、一体誰なんだよ!
……自分でジブンが分からない。ソレを考えようとすると、ココロが握り
潰されてしまいそうな程の何かを感じる。泣き出してしまいそうな、叫び出し
てしまいそうな、恐怖とも不安とも。或いはその両方が混じり合ったモノが、
内側から俺を壊そうとする。苦しい。息が出来ない。そもそも俺は此処で
息をする必要があるのか? いや、何時から息をしてた? 考える程に苦しさは
増すばかりで、アタマとココロではナニカが蠢いて、俺を軋ませる。
ぐるぐると周りだした考えにもう限界だと俺が思いかけた時。
「なあルプス。自分達が初めて此処へ来た時の事、まだ覚えてるか?」
聞き慣れた相棒の声が、アタマとココロに響く。俺はソレへ縋り付くように
して、少しだけ静かになった頭から記憶を掘り起こす。
「あ? ……ああ、勿論覚えてるよ。俺もお前もダッサい初期装備姿だったよな。」
当時からこのVRMMOエリュシオンは、仮想世界内で見える物触れられる物の
クオリティが他のVRMMO達から頭一つ飛び抜けて高かった。その評価は
良作VRMMOが数多く出回り始めた今でも殆ど変わってない程。んな訳で、
この世界に最初にログインした時にはそりゃあテンションも爆上がり。
ただ、初期に渡される装備が異様にダサかった。俺がキャラメイクを終えて
このゲームへ初ログインをして、ハイクオリティな町並みに鳥肌を立てて
いる時だ。不意に自分のキャラクターが町のガラスに映り込む、その瞬間。
それまで上がりに上がっていた気分を一撃で地の底へと叩き落としたのが、
ダサ過ぎる初期装備だ。キャラメイク画面ではインナー姿だったので気が
付かなかったなぁ……。お陰で衝撃は増し、声の無い悲鳴を上げたものだ。
そんなトラウマレベルの出来事を思い出していると、相棒が小さく苦笑を
浮かべ。
「自分はそこまで嫌いじゃなかった。あれは民族衣装の様で良かったじゃ
ないか。」
「ああ、ああ俺も見た目は良かったと思うよ? ただ配色が完全にアウト
だろあれ。何だよ黄色と桃色が喧嘩してるって、調和を何処に忘れた?
自己主張が激し過ぎて目が痛くなるわあんなん!」
「だからお前は我慢も出来ず、町で初期装備を売り払ったんだな。そう、
店で初期装備を売り払った後確かお前は───」
「『良いか相棒。このゲームを初めてまず最初にする事は、だ。この
おっそろしい初期装備を売り払う他にはない!』だろ?」
俺は相棒が言おうとした、過去の俺が発した素晴らしき名言を先取りして話す。
ゲームに限った話じゃ無いけど、モチベーションと言う物は凄く大事な物だ。
頑張って、それこそ余裕で五六時間使ってキャラメイクした自キャラが、
ダッサい衣装を来て大冒険やら交流、まして町を練り歩くなど……。
モチベーションもだだ下がりと言う物。なので、俺は速攻初期装備を売り払い、
なけなしの初期資金を握り締めては初期装備に数段劣る装備を買い込んだのだ。
このVRMMOは三人称視点ゲームと違って常にキャラクターの姿が
見えている訳ではないので、我慢しようと思えば出来るだろう。だとしても、
インターフェース画面にはキャラクターの全身像が姿映るし、町の鏡やガラス
何かにも当然映る。ダサダサのダサ初期装備姿でね。生憎と、俺は次の装備更新
レベルまで我慢何てとても出来なかった。その所為で相棒と一緒に始めたのに
俺一人だけがハードモードだった事を。当時見た目には拘らず、効率優先で
初期装備姿だった相棒へ、改めて熱く語る。話を聞いた相棒は少しだけ笑って
から小さく頷き。
「なんだ、嫌な思い出にしてはしっかり覚えているもんだな。」
「いやぁ俺としては忘れたいんだけどさ。……それでも、あれは一緒に過ごした
思い出の一つ、だからね。」
忘れ去りたい出来事であっても、相棒との初ログイン時の思い出だ。
忘れ去る事なんて出来ない。何て、俺が肩をすくめながらそう言うと、
相棒は真っ直ぐに俺を見詰め。静かに話し始めた。
「……ルプス。お前はお前だよ。どうしてそんな事に成ってしまったかは
全く分からない。だが、短くない時間を一緒に過ごしてきた自分には
お前の癖や仕草、好みやちょっとした考え何かが分かる。……だからだろうな。
お前が昨日までのルプス、いやそれ以前からの相棒だって事がハッキリと
分かるのは。例え、このオンライン上だけの付き合いで在ったとしても、な。」
込み上げてくる思いに泣き出しそうになりつつも、聞かずにはいられない。
「い、良いのか? こんな、げ、現実ではしし、死んじゃってるらしい俺を。
相棒は俺だって言って、受け入れてくれるってのかよ?」
「ああ。ああ勿論だ。」
ダンディー過ぎるスマイルを浮かべながら話す相棒。俺は相棒の言葉が
嬉しくて嬉しくて、嬉し過ぎて。
「っんぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛いぼおおおおおおおおおぉぉぉぉ!」
「うお!?」
人語とは程遠い、差し当たり猫の様な、絶対に可愛くないであろう近寄り難い
鳴き声を。ココロの底から口の外へと吐き出した───
───仮想とは思えない程綺麗な草原で、綺麗とは程遠く泣いては叫んだ俺。
仮想世界でも涙を流すモーションはバッチリ実装されている。なので素晴らし
い再現度で男らしからぬ泣き様を、これでもかと見せ付けた俺に。相棒が
気持ち、気持ち優しげに聞こえる声で。
「もう落ち着いたか?」
「……多分。」
色んな感情が爆発してみっともなく泣き散らしたお陰か、俺の心は大分平穏を
取り戻していた。落ち着いた俺は立ち上がり、泣き跡など付くはずもないのに、
気恥ずかしさから目元を拭う。そんな仕草を見上げていた相棒も、俺に続いて
立ち上がり。
「それで? これからどうする?」
「へ? どうするって? え、いや……。ちょっと今日はもう狩りとかクエとか
には付き合えないかな、俺。」
「何でお前が引くんだ。こんな状況で遊ぶ訳ないだろ……。そうじゃなくて、
聞きたいのはお前自身のこれからの事だ。」
「これからー? まあ、そうだな。取り敢えず今日はもう自室に帰って、寝られ
るか分からないけど寝てみるわ。んで明日になったらデイリー消化から始める
かなー。」
俺の話を聞いた相棒は困ったような表情を浮かべ。
「あのなぁ……。だからそうじゃない、今のお前の意識? か何だかは分からない
が、それをこれからどうするかって話だ。現状をどうにかするなら、運営とか
警察、或いは政府組織に助けを求める───」
「絶対にダメだ!」
大声に驚く相棒。そんな相棒へ俺は真剣に話す。
「良いか相棒。この俺、は現状何か分からないけど俺な。が、此処に居るって
事は勿論、存在自体絶対ぜっっったいの秘密なんだよ! 誰にも知られちゃなん
ないの!」
「何故秘密? お前も自分自身に何が起きたか知りたいだろ? そうなら政府や
仮想世界技術者の力が必要なんじゃないのか?」
「政府! 技術者!? おいおいおい、今の俺は滅茶苦茶貴重な存在なんだぞ?」
「貴重……。」
俺をマジマジと見てくる相棒。何と無くだが疑い深い物を感じるのは気の
所為か? やれやれ、この相棒は俺の貴重さがまるで分かっていないご様子。
今の俺と言う存在がどんな物かは分からないさ、でも仮想世界で生の人間の
意識が実存すると言う事例は、フィクションを除けば間違いなく世界で
俺だけなはず。つまり研究対象として解析やら捕獲やら何やらと。陰謀めいた
オーケストラの第一章が始まる事なんて言うのは、大作映画などで嫌と言う程
語られた展開だ。
「そう、貴重なんだよ今の俺は。だからさきっと、俺の存在を企業とか政府
とかに教えたりした日にはだよ? 良く分からん機械にダウンロードされ
ちゃったり、んで実験と称してコピーを作られ! ああああ挙句の果てには!
俺のコピー体とオリジナルな俺が戦うとか言う恐ろしくてちょっぴり格好いい
未来が待ってるんだよ! んで最終的には機械文明の崩壊から人類種絶滅が!
ああ何たる悲劇!」
「楽しそうな所悪いが落ち着け。まずそんな大げさな事は起きないだろう。
だろう、が。研究目的での実験云々は確かにありえそうな話だな。となると
お前の安全の為にも、事は秘密にするが得策か。」
「だろだろだるろぉ!?」
俺は喰い付かんばかりに相棒へ顔を寄せる。勢いに驚いたらしい相棒が、
少しだけ身を引いては。
「……っ。だとしても、だ。お前は、現実に帰れるなら帰りたいんだろ?」
「あー……実はそっちはそこまでじゃー……ないっ。」
「おい、さっきまで現実に帰れない事を怯えてたろ。」
「最初はね。でもさっきまでのあれはちょっと違うんだ。その、さっきまで
の大部分は今の俺を、相棒に化物だって思われたくなかったからな。んでも
相棒は今の俺を俺と思ってくれてる。なら何の問題も無いっ。それにさ。」
「それに?」
「仕事へ一日行かなかったからか、なーんか別にいっかなーって思っちゃてる
訳よ。これはあれだね、アプリゲーでログインボーナスが途切れた時の、あの
感覚に凄く似てるよ、うん。」
「……現実をログインボーナスと一緒にするな。そもそもログインしてるのは
此方の世界だろ。」
苦笑を浮かべて呆れる相棒。だって仕様がない、一番近い例えがそれだったん
だから。呆れる相棒へ俺は言う。
「それに何より戻ろうにも戻りようが無いんだよ。仮に今の俺を現実の体に
戻せるとしてさ、戻る先は心肺停止で一日近く放置された体よ? いや今も
現在進行系で死に続けてる現実のオレ。その体に戻れって言うのはさ、それこそ
死亡確定宣告。だろ?」
「……確かに。それはそうかも知れない。でもお前は良いのか? このままで。
この、仮想世界にずっとで。」
「……。」
そうか。戻れないって事は俺はこれから先ずーっとこのVRMMOの中。
エリュシオンに居続ける事になる訳か。俺の知ってる現実には戻りようが
ないもんな。此処は現実とは違って剣と魔法、人間種だけじゃない仮想世界。
広大な世界で、まだまだ広がり続けるゲームワールド。此処に一人寂しく
ずっと……ずっと……。あれ? いやまて。 それって悪く無いんじゃない?
一人寂しいって事は無いだろ、これはオフゲーじゃなくてオンゲーだ。
だから周りには沢山のプレイヤーが居る訳で……。剣と魔法? 人間種意外?
全部最高じゃん!
「……。」
俺は何と無く自分の腕を少しだけ動かしてみる。うん、まるで違和感を
感じない。前までずっと此処は現実じゃないって感じてたのに、今では
此処が俺の現実。うん、うんうんうん!
「なんつーか……。俺はこのまま此処で楽しく暮らすわ!」
「……何?」
草原で向き合う二人の男性。片方の老齢はキョトンとした顔で、もう片方。
空色の髪をした彼の瞳は。
純粋な喜びと期待の色で、キラキラと輝いていた───
最後までお読みいただきありがとうございます。この物語で少しでも貴方様が楽しみを
感じてくれたのなら、幸いです。物語を最後までお読みいただいた貴方様に、心からの
感謝と御礼を此処に。誠にありがとうございます。