第一話 最高の一時
2018/03/16 誤字を修正しました。 2018/04/21 表現を修正しました。
2018/12/04 本編への大幅な加筆修正。
───スーツ姿の男が部屋で叫ぶよりも、時間は少し遡り。
渓谷。其処に流るる小川は、水面できらりきらりと陽の光を遊ばせては。
優しく自然を育んでいた。
「「「───」」」
そんな優しい小川の流れに逆らい、男が三人駆け抜ける。
一人は。抜き身のロングソードを片手に持つ、空色の髪をしたスーツの男。
一人は。ラセットブラウンのトレンチコート姿に、長銃を肩に抱えて走る男。
一人は。厳つい西洋風の甲冑に全身を包み、大きな戦鎚を担ぐ男。
スーツ、甲冑、コートと。三人は横並びでひた走る。ふと、小川を
駆け抜ける男達に影が掛かり。その遥か高みから地面へ向けて。
『!』
巨大な何かが叩き付けられた。それは轟音を辺りに響かせ、同時に大きく
舞い上がる水飛沫の壁を作り上げては。其処にあった
美しき自然の形を壊し、歪めた。
舞い上がった水飛沫が再び地へ帰る頃。出来事の正体が姿を見せる。
男達が駆けていた場所には。湿り、光沢を放つナニカが鎮座していた。
どうやら“アレ”が、遥か上から叩きつけられたらしい。
だが幸いな事に。二人の男は既の所で躱したらしく、ナニカの
少し後方で受け身を取っており、無事だ。
無事だった二人の男が見詰める先。ナニカが“ズルリ”と持ち上がり。
奥へ奥へと引いて行く。
ナニカが小川の奥へと去った後。其処にはあの甲冑を着た男が倒れ伏していた。
甲冑の男とは違い、無事だった二人の男達。一人は剣を杖のように
して立ち上がり。その男の側へ長銃を肩に掛けたもう一人が近付き。
「……。何で彼奴は避けなかったんだ?」
不思議そうに相棒が尋ねて来た。俺は考える振りをしながら、
哀れにも潰された仲間に近付いては見下ろし。
「んー……。急で避けられなかったんじゃね?」
彼は機動性を犠牲に、高い防御の装備を身に付けている。
だから攻撃範囲から逃げられなかった───訳では無い。
此奴はゴツイ装備の見た目通りかなりの重量だが、それを着こなせる程度には
中身も育っている。だから今の攻撃に限って言えば、全力で回避してたら
ギリギリ避けられたはずなんだ。
本気じゃないとは言え、俺と相棒に並走出来る程度には、此奴も
動けていたんだからね。だけど此奴は攻撃が来る瞬間。
避ける動作もせずにその場で“ジッ”としていたのを、
俺はバーッチリ見た。見てしまった。あれは攻撃の予兆に反応出来なかった
のでは無い。あんなデカイ攻撃を見逃すはずがないからね。
多分此奴は、俺と相棒にとっての即死級を見事耐えきって魅せ。
最高にドヤりたかったのだと思う。彼の装備とスキル構成ならそれも
可能だっただろうに……。しかし残念。
結果はスキルを使うタイミングを外してご覧の有様。
とまあ? 潰された理由はそう言う訳なんだろうけど。
「(相棒は此奴が避けれる程度には動ける事を知っている。
だから気にも留めずに自分の回避に集中してて、此奴の行動に
気が付かなかったかな? それが信頼か当然かかは分からないけどね。)」
俺は此奴のチャレンジ精神が嫌いじゃない。敵の特大攻撃を耐える、
避けるはロマンで脳汁ものよな。分かる分かる。
だからこの大事な場面で、何故か此奴が先行組の俺と相棒に追いすがったのも。
あの一瞬。最高に輝きたかったからだろうなぁ……。
しかしそれも。出来なかった時は悲惨なもんだよ、全く。
成功すれば、出来る奴と称賛されて英雄。失敗すれば戦犯で、更に
ブラックリスト登録。おー怖。
……ま、気が付いてるのは俺だけみたいだし? 黙っといたろっと。
「(このネタで暫くは遊べるしな。)」
そうして俺が一人、悪い笑みを浮かべていると。俺達の下へ
後衛組の二人が追い付く。一人は純白のフード付きローブで顔を隠し。
両手には何かの紋様が金糸で縫われた白い手袋。
ローブの女性は俺達に近付くとその両手合わせ、祈るようなポーズを
一度取った後。倒れ伏す甲冑男の直ぐ側へ座り込んでは片手を翳し。
「もう大丈夫。直ぐに治しますからね。」
優しい声色でもって、倒れ伏す男に語りかけるのは
うちのヒーラー。ヒーラーにより、暖かな回復の光が
甲冑男を包み込む。
「おおぉ、我が麗しの女神よ。かたじけない。」
甲冑男はうつ伏せのまま感謝の言葉を述べる。その男の側にもう一人。
小柄な体躯に軽装。鎧の隙間から見える肌は、柔らかそうな体毛に包まれ。
尖った耳に先細った口を持つ獣人。まるで狐の獣人を思わせる様な人物は、
甲冑男を蔑むように見下ろし。
「おい、お前今スキルをクソ外ししたな?
今クソ外ししたよな?」
えらく辛辣な物言いをした。あー折角俺が黙ってた事を……。
ほんと、獣人種は視野が広い事広い事。狐獣人のバラしから一瞬の間を置き。
「何の事だか我輩にはさっぱり。」
甲冑男はあっけらかんと言い切る。清々しい、いっそ清々しいよ。
歓心する俺とは違い。倒れた男の返事が不服だったらしい
狐獣人は、顔を更に近付け。
「ウソ吐け。お前潰される瞬間『てっ!』って小さく叫んでたよな?
あれって『鉄壁の城塞!』って叫ぼうとしてたんだろ?
何時もみたいに煩く。それでー鉄壁の城塞ってどんな
スキル効果だったかなぁー?」
流石に声までは俺にも分からなかった。うーん、獣人種恐るべし。
狐獣人の言葉に倒れ伏す男がため息混じりに。
「やれやれ。大事な仲間のスキルも把握せずに戦場に立つとは……。
死にたいのか? 小娘。仲間の事はちゃんと把握しておくんだな。」
「知っとるわアホ! こちとら煽っとんのじゃ!
後死んでるのはお前だろうぁぁぁあああ!?」
倒れた甲冑男を狐獣人の彼女が執拗に蹴りつける。
二人も面白いけど。それを全く意に介していないヒーラーが、
俺は一番面白いよ。回復に集中してるのか、それともローブの
下では笑っているのか。はてさて。
彼らのやり取りを一緒に見ていた相棒が、不意に俺の隣でぽつりと。
「……まさか彼奴。この土壇場で魅せプを
やろうとしてやがったのか?」
呟いた。おっとこれはこれは。相棒は俺とは違い意識の高いプレイヤー。
定石こそ大事なこの場面で、単独的かつ独善的な彼のプレイに
かなりご立腹の様子。その様子から、後で相棒が彼に心を打ちのめさん
ばかりの説教をする事が容易に予想出来た。
しかし俺はギスギスした空気は望む所では無いんだなーこれが。
ので。彼奴のチャレンジ精神と、この土壇場でそれをやろうとした
アイアンハートに敬意を評し。何かしらのフォローを俺から入れてやろう。
さて、どう相棒を落ち着かせようかね。俺がそうしてパーティーの
今後の空気を案じていると。
『───────!』
大気を震わせ、肌が振動する程の咆哮が響き渡る。
獣の雄叫びとは何かが違う、不気味で不快な音。俺は相棒と共に
咆哮が聞こえた場所。先程攻撃があったその、遥か上空を見上げる。
『『『───!』』』
見上げた上空には蛇の様な頭が八つ、不規則に畝り。此方を見据えては
個々に唸って居た。それは八つの頭を持つ蛇龍。
相棒は空を畝る龍の頭から、視線を倒れ伏す甲冑男へ落とし。
「あっちの方が早かったな。どうする?
此処は一旦引いて態勢を立て直すか?」
相棒からの提案は、囮役兼盾役がご覧の有り様だからだろう。
出来る事ならそうしたいが、此処に辿り着いた
時間を考えるとそれはギリもギリ。だったら。
「それはやめとこう。此処まで戻って来れるか時間的に怪しいし、
戻って結局挑戦出来んませんでした、よりも。このまま挑戦した方が
勝っても負けても気分が良い! だからこれを、俺達のラストチャンス
にしよう。」
金でも何でも使ってサブを用意して置くべきだったとか、少数精鋭で
挑んだのが間違いだったとか、そんな後悔は後。もうやるしか無い。
覚悟を確かめ合うように俺は相棒と顔を見合わせ。互いに頷き合う。
そして。倒すべき敵へと視線を向ける。
視線の先では、龍の頭達が一頻り唸ると急に静かになり。
八つの頭の奥からもう一本。頭が持ち上がり、八つだった頭を九つに増やし。
『─────!』
奥から現れた頭が一段と大きく叫び上げた瞬間。
象ほどの大きさの頭が八つ。此方目掛けて一斉に突っ込んで来る!
ビビり散らす隙もあるか分からない中で。
「援護は任せた! 任せたからなー!」
俺はそう叫びながら、最初に突っ込んで来た龍の頭をジャンプで
ギリギリ躱し、その龍の頭の上へ華麗に着地。
「ぬおおおおおお!」
そのまま長い龍の首を駆け上がる。取り敢えず、初撃は何とか成ったな!
後ろを振り返る余裕も、相棒達が今の攻撃を躱せたかどうかも。
今の俺には考える余裕は全く無い。俺の頭にあるのは
『何か掠ったら死ぬ!囮! 何か掠ったら死ぬぅ!囮ぃ!』そればかり。
本来の囮が使えないなら、次点で誰かが囮になるしか無い。
サブも居ないと成ると役目は消去法で俺へ。
ただし俺には本来の囮役ほどの耐久はこれっぽちも無い!
だから何か掠っただけで俺は即死だね。そんな気が抜けない状況で、
必死に囮役と成りながらひたすら龍の首を駆ける。
暫く首を駆け抜けていると、俺の行く手の左右から二本づつ。
合計四本の龍の頭が現れ。此方を見据えてはその大きな口を、
ゆっくりと開け始めた。開いた口の奥ではチリチリといやーな光が発光し。
きっとあの口から何かが出て来るんだろ。そして何が出てくるにしろ、
間違いなく俺が死ぬナニカだろうな!
焦る俺の視線の先で、今にもナニカが吹き出してきそうだ。
この狭い首の上には逃げ場が無い。あれ?早速死んだか。俺?
『『『『!』』』』
避けようの無い死を覚悟した瞬間。左右に浮かぶ龍の頭が、
俺の遥か後方から飛んで来た巨大な矢で撃ち抜かれて行く。
巨大な矢には鎖が付いており、それが勢いよく引っ張られ。
四本の頭はその姿を俺の前から消した。俺は無事。俺は無事!
「やったー助かったぁ! サンキュー!」
涙目で自分の生存を喜びながら、後方から援護してくれた
であろう仲間に向けて、俺は称賛の言葉を叫ぶ。既にかなりの
距離を駆け抜けたので届いているかは怪しいけどね。
しかしそんな予想も何のその。遥か後方から大声で返事が届く。
「役立たずとは違うでしょー!」
「ぶほ!」
こんな時でも彼奴を貶すとは、どれだけ彼奴の傷を抉りたいのかね。
俺はそう考えては思わず吹き出してしまう。だけど良いさ、
笑いながらでも走れているのだから。さぁこのまま本体まで───
「うお?!」
───いけたら良かったなぁ。残念にもそうは行かない様子。
一難去ってまた一難。前方から猛烈な勢いで、龍の頭が
大口を開けて迫り来る。
駆ける龍の首の上。それと同じ幅で迫り来る大口は、
まるで棺その物。俺にはデカ過ぎないか?
じゃない。どうしよう! 今更後退する訳にもいかないし、
かと行ってこのままだとあの大口に餌を放り込む事になる。
もちろんベスト・オブ餌役は俺。またジャンプで躱そうにも足場が不安定だ。
どうにも逃げ場が無い。行く道も無い。
何と対処するかも浮かばず、徐々に迫る大口を躱すために俺は。
僅かな信頼を胸に───横へと大きく飛んだ。
其処に地面などは当然無い。完全な空中。
その空中で、“俺は片膝を付く。”足元を見れば青白い光の輪が
ある事に気が付く。それを確認した俺は直ぐに立ち上がり、辺りを確認する。
すると直ぐ先にも同じ光の輪を見付け、瞬間それへと俺は飛び移る。
空に浮かぶ光の輪に問題なく着地。これは誰かが作ってくれた足場で、
それは勿論パーティーメンバーの一人。ヒーラーの彼女が
作ってくれた物で間違いない。
「信じてたー! 信じてたよ俺はー!」
飛ぶ直前。俺は頭の片隅で彼女が“コレ”を使ってくれる事を
期待していた。そして見事仲間のお陰で生き長らえる事に成功。
獣人種では無い彼女に聞こえるかどうかは分からないけど、
取り敢えず感謝を叫ぶ。感謝の言葉と共に俺は、空中に出来た
足場を次々飛んで行く。
このスキルは本来先導するヒトが使うべきで、遠隔作成は
かなり精密なコントロールを要求される。しかもこれだけ
の距離を離れているとなるとなれば、当然遠目系スキルも
同時使用しているな。どれも誰か回復しながらじゃあ無理なもんだ。
ん? それはつまり……。いや、今は余計な事は考えないで置こう。
俺は雑念を切り捨て、空中に浮かぶ青白い足場を飛び移って行く。
「……あれだな!」
そしてついにソレが見えた。神の悪巫山戯としか思えないこのイベント。
十二の難関クエストの最後を締め括る、超大型ボスモンスター。
どんな攻撃を受けても超速再生してしまう九つの頭を持つ龍。
その龍の、唯一攻撃の通る本体。真紅の瞳を持つ一本!
本体を確認した俺は片手に持っていた剣を両手で握り直し。
最後の足場を大きく蹴り上げ、本体の頭まで一直線に最後の飛翔をした。
が、二本の頭が本体を守るようにして俺の進行方向を塞ぐ。
飛翔している俺は既に軌道修正何か出来ない。このまま行くしか無い。
けどまあ大丈夫。だってまだ一人活躍していないのが居るし。
『『!』』
目前に迫っていた二本の頭は、稲妻が如き鋭い閃光に米上を撃ち抜かれ。
グラリと崩れては、地面へと落ちて行く。
閃光が放たれた方向を横目でチラリと確認すれば。
「………。」
小高い丘の上。その林の影には長銃を構えた誰かの姿。
誰かは顔に深いシワを刻み、無精髭を蓄えた男で。彼は俺の相棒だ。
相棒は俺が横目で見ている事を知ってか知らずか、小首を傾げる仕草と共に
『良い仕事だったろう?』何て言葉が聞こえて来そうな。
大変男らしいウィンクを一つ。此方に飛ばして来た。
「何だそのイケおじっぷりはよぉぉおおおお!」
大爆笑の笑顔で俺は叫ぶ。盾となっていた頭は崩れ落ち、
本体を守る頭はもう何も無い。ワンミスの恐怖から開放されたからか、
辿り着くまでが長く、ひたすら長く感じる。
その所為か俺の頭の中では様々な考えが浮かぶ。
今日はイベント最終日で、これが最後の討伐チャンスだとか。
此処までの道のりやら苦労やらと。実に様々な事が頭を過り。
そのどれもが、興奮の炎へと注がれる起爆剤。
頭と顔が火照り。心臓は張り裂けそうな程脈を打っていた。
まるで自分の心臓の鼓動が耳まで聞こえて来そうな勢いだ。
頬が熱い、耳が熱い、目が熱い。仲間たちと挑んだ最後のチャンス。
本体へ最大の一撃を与える。それが───今の俺の役割。
「耐久を捨てたー! 火力特化型の力ぁ!
見せてやるよおおおおおおお!」
『──────』
叫び、近づく俺に。本体の頭はその真紅の瞳で“ジッ”と
此方を見詰めていた。その目はゲームのモンスターとは
思えない程不気味で。本当に俺を、オレを見ている気がした。
血の様に赤く大きな瞳。その瞳に剣を振り抜く俺の姿が映り込む。
渾身の一撃を繰り出すと共に───
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
───最初に感じたのは冷たさだった。
そして、まるで二度寝を誘うかのような抗い難い心地よさ。
それがじわりじわりと体を包み込む感覚。
「(ああ、もう一回寝てしまおうか。あれ?
そもそもオレって寝てたっけ? いや、どっちでも、良いか……。)」
浮上した意識を再び沈めようとして、気が付く。
「(何か、眩しくね?)」
閉じた瞼から光を微かに感じる。いや、かなり強烈に感じるなこれ。
つーか目を閉じてても眩しいって何だよ。オレは
“カッ!”と目を見開き。
「眩しいは! オレはちょっとでも光を感じると寝れないの!
そんなオレがこんなんで寝れるとおも……て……。」
目を開けて飛び込んで来た光景は、オレに言葉を忘れさせた。
終わりなど見えない。何処までも広がる真っ暗な空間、暗闇。
だけど、暗闇があると分かるからには当然光が在る。
勿論あるともさ。大きな光が二つもね。
煮えたぎった血の様に紅い瞳が二つ。真っ暗な空間で燃えるように
煌めいていた。轟々と燃えるような光を放つ瞳。
「あ……あ……。」
真っ赤な瞳はオレをじっと見詰めている。
オレは知っている、これが何かを。……だって最近見たからね。
鋭い洞察力と深い記憶力を持って、オレにはそれが何か分かった。
「こ、これはかの有名な───」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「───シャウロンの瞳!」
「うわ! 変な事叫んだ!」
絶対の確信と共に映画のワンシーンを叫ぶと。
聞き慣れた声が帰って来る。何だ? 声が聞こえるのに
視界は真っ暗じゃないか。あ違うは、これ俺が目を閉じているだけね。
目を開け、寝ていたらしい自分の上体を起こす。
そして周りを見れば、白いローブの女性、狐獣人、
トレンチコートの相棒。等など。非常に見慣れた顔ぶれが
此方を見詰めている。
先程までの事といい、何が何やらさっぱり。
「あれ? そもそも俺は何で横に……?」
急にぼんやりしだす頭を軽く振る。ん? 何か違和感が?
何だ何だ。何かモヤモヤするぞ。頭を傾げ、唸るそんな俺へ。
長銃を肩に担いだ相棒が近寄り。
「それは此方の台詞だ。ボスへ攻撃したと思ったらお前。
そのまま受け身も取らず地面に落ちて。動かなく
なったんだからな。」
「え゛マジでか?」
「マジでだ。って、何でお前が驚いてるんだ?
キャラが消えなかったて事は来客でもあったんだろ?」
「いや……。なんつーか。多分興奮しすぎて
意識跳んだかも知れん。」
「……本当に大丈夫か?」
俺の言葉に相棒は心配した様子で、他の仲間達も
色々と気遣ってくれる。仲間に『大丈夫大丈夫!』と笑いながら。
「(やべぇー興奮の余り意識飛んだのかよ。怖っ!)」
内心ちょっぴりビビっていた。興奮の余り失神って。
その挙げ句に某有名映画のワンシーンを、自分が演じているなんて
言う夢を見た訳かよ。恥ずかしい! いや確かにあの映画は
好きだけども。それにしたってなぁ。
「ねえ、それで? シャウロンの瞳がどうしたの?」
「え? あー……。」
狐獣人は、俺が今一番聞かれたくない事を聞いてくる。
見た目通り野生の勘とかか? それはゲームの中の見た目じゃん!
冗談じゃないぞ。俺が夢の中で映画のワンシーンを体験したとか、そんな
恥ずかしい話は絶対したくない。うぐぐ、どう話を逸らそうか。
「お? ルプス殿もあの映画がお好きなので?
いや実は吾輩も───」
「オメーは黙ってろ! この戦犯予備軍がッ!」
助け舟は何処からともなくやって来た。が、驚異的な勢いで
振り向いては怒鳴る狐獣人に、助け舟は敢え無く沈没。
怒鳴られた船員は甲冑姿で、何故か離れた所で正座をしていた。
……別に大して気にならないし。何も言いたく無いので何も言わない。
そうだ! それよりも。
「ボス、ボスはどうなったよ!?」
俺の言葉に皆が俺の背後へ視線を飛ばす。
視線を追って振り向けば、其処には超大型モンスターの頭が九つ。
辺りの地形を変えては横たわっていた。
「おおおおマジかー!」
「マジだぜ。」
「マジもマジー!」
相棒と狐獣人の声は何処か弾んでいた。弾んじまうよなぁうんうん。
皆よりも少し遅れて、俺は討伐の達成感を噛み締める。
やっぱ此処での達成感は格別。何度味わっても良いもんだ……。
俺が素晴らしい感情を味わっていると、白いローブを着た女性。
パーティーのヒーラーが、空中に浮かぶ四角い窓を覗きながら。
「ふふ。それとですね皆さん。どうやら討伐
出来たのは私達だけみたいなんですよ?」
「えウソウソ! わ!本当だ! 」
「ほう。此奴ぁスゲー事だな。」
「ちょちょお前ら、俺にも見せろって。」
狐獣人に相棒と押し合いながら、ローブの女性が開いた窓を覗く。
窓の中にはイベント参加者やらイベント結果等が表示され。
その項目の一覧。討伐数の数字はたったの一。つまり討伐出来たのは
俺達だけって事だ。四人はこの偉業に喜び合ったり、互いのプレイを
称え合ったりと。皆で楽しく笑いあった。いや、皆じゃなかったな。
気が付いたのは俺だけではなく他の皆もで。俺達四人は揃って、
正座で座る一人へ視線を向けた。
「……。」
視線を向けられた甲冑の男は、“スッ”と手を上げ。
それを見た狐獣人の狐っ娘が。
「発言を許可する。」
なにそのやり取り。君達打ち合わせでもしてたの?
まるでコントの様なやり取りに俺は感心する。そして
発言を許可されたらしい正座の甲冑男が口を開き。
「ルプス殿も寝落ち? から復帰し。
是非祝賀会を開き盛り上がりたい所なのですが……。
生憎拙者そろそろ落ちねばならないのです。」
「あー……。ならアタシも今日はもう落ちようかな。
正直クタクター。」
「ごめんなさい。実は私もそろそろ……。」
甲冑男に続き、狐っ娘とローブの女性。
一人が落ちるって言うと皆が落ち始める、アレだな。
俺はあるあるだよなーと思いながら。
「俺も思った以上に疲れてたみたいだし。
んじゃ今日の報酬の分配とお祝いは後日盛大に、って事で。
本日は此処で解散だな。」
「「「異議なーし。」」」
本当は今直ぐお祝いしたい所だが、皆にも都合って物がある。
楽しい事は全力で楽しめる時にこそやるもんだ。
解散を伝えた皆が、それぞれログアウトの準備を始める中。
不意に甲冑男が狐っ娘に近付き。
「リュゼ殿。」
「ん? なん───」
「鉄壁の城塞とは使用してから極短い時間だけダメージ
を百パーセントカットするスキルですよ。これでまた
一つ賢くなりましたな!我輩に感謝しても良いんですよ?
お休みなさいお疲れ様でしたまた明日。」
えらい早口で捲し立てんばかりに言いたい事を言うと。
甲冑男の姿が“ふっ”と消えた。それだけでも結構
イラッとするが、彼は消える瞬間に親指を立てて居た。
あれは中々の高イラっとポイントだな。きっと
ああ言う所が嫌われ、いや。煙たがられる一因なのかも。
「────お疲れさま。」
狐っ娘は甲冑男が消えた空間を“ジッ”と見詰め。
誰にも振り返らず、それだけを言い残し。消えて行った。
何だか凄く面倒臭そうな事に成りそうだ。明日はインするの
やめようかな。これ。そんな事を思う俺にヒーラーが。
「今日は誘ってくれてありがとうね。
それじゃあ二人共。お疲れさま。」
「ああ、お疲れ。」
「お疲れー。」
相棒と俺の挨拶を聞くと。白いローブを着た女性は
此方に小さく片手を振りながら、その姿を消す。
彼女が消えると。相棒が隣の俺に顔を向け。
「自分も今日はこの辺で落ちる積りだが、ルプス。
お前はどうする?」
「んあー……。俺も落ちるわ。」
「そうか……。」
何故か相棒は“ジッ”と人の顔を見詰めて来る。
おいおい。そんなダンディーな顔で見詰めるなよ。
てか相変わらずすげー作り込みのキャラメイクだなおい。
渋さカンストか? カンストなの? と言うかそんなに見詰めるなって。
見詰められるのに俺は耐えられず。
「あ、あんだよ?」
「いやすまない。本当に大丈夫なのかと思ってな。
お前の寝落ちなんて始めて見たから、少し心配なんだ。」
優しい! マジかよ。俺を気に掛けてくれていたのか。
泣かせるなよ相棒ー。俺は“ドキッ”とした内心を隠しながら。
「だーいじょうぶ大丈夫。
俺だって寝落ちぐらいするさ。多分。」
昔から存在したネットゲームは、VR技術の進歩と共に、
仮想現実を舞台として目覚ましく進化して来た。勿論それに伴って
ハードやソフトも抜群に進化した訳だが、寝落ちの文化はいまだ健在。
と言っても仮想世界で遊んでてそうそうある事じゃないけどな。
なにせそこそこ長いVRネトゲ歴の俺も、さっきのが初めてだったし。
だから相棒が心配するのも分かる。が、特に身体に異常も
無いし。問題ないだろね。
俺の言葉を受け、相棒は一つ頷き。
「そうか。お前がそう言うなら大丈夫だろう。
けど無理だけはするなよ。 一緒に遊ぶ奴が
居ないのは退屈なんだからよ。」
「お、おお。」
言いながら相棒は小さく笑う。何? お前は俺を射止めたいの?
俺が純情可憐な乙女だったらお前、今頃大変な事に成ってたぞ?
いや正直今もちょっとヤバイんですけど……。
開いてはいけない心の扉の施錠を、俺がガチャガチャと確認
しまくっていると相棒が。
「なら自分もこの辺で落ちる。また明日な、ルプス。」
「おう。また明日な、相棒。」
別れの挨拶を交わすと、相棒の姿はかき消えた。
俺は自分で作ったパーティーを解散する時は、何時も最後まで
メンバーを見送る事にしている。うーんちょっと寂しい。
皆を見送った俺は、未だに残っている超大型モンスター。
その亡骸を見詰め。仕留めた喜びで寂しさを紛らわし。
「……やっぱどんなネトゲも。一緒に遊ぶ
仲間が居てこそだな。」
一人呟く。仮想現実の中と言えど、この達成感や思いは間違いなく本物。
俺は最高の気分を一頻り噛み締めた後。空中に四角い窓型の
インターフェース開き。ログアウトを実行───出来ない。
「?」
再びログアウトを試してみても、一向に処理が始まらない。
「何だよ? 都市伝説ってか? 分かった分かった、
それは良いから早く俺を布団で寝かせてくれ。
何かもう精神が疲れちゃったよ。」
言いながら俺は、インターフェース上のログアウトボタンを連打する。
反応はするのだが何故か一向にログアウト処理が始まらない。
俺は動悸を感じると共に、連打も徐々に早まって行く。
「まさかまさかまさか。」
連打は早まり。某名人もかくやと言う連打を続けたが、
ログアウト処理が始まる事は等々無かった。
かくなる上はと。決して遊びやお巫山戯で使っては行けない
緊急信号をVR機器に送ってみたが───やっぱり反応無し。
最後の手段として。現実の体を強く意識し、無理矢理VR機器を
取り外そうと試みるも。
「お、現実の腕を動かそうとするとキャラの腕が動くぞー。」
それは当たり前。VR機器の使用中は体が動かない。
と言うよりは、動かし難いのだから。
当然だよな。広大な仮想現実で遊ぶのに、部屋の中を
駆け回る訳にも行かないっしょ。
だから体への命令をVR機器が抑制するんだけど。
強く現実の体を意識して、動かそうとすれば体は動く。
動くはずなんだけど……。何故か俺の現実の体は動かせない。
いや、それだけじゃない。現実の体への感覚をまるで感じない。
体の感覚があるにはあるが、それは此処。
「まるでゲームとは思えない感覚───うん。
取り敢えず一旦自室に帰って、持ち物の整理でも
しよっかな。るんるん。」
背筋が凍るような悪寒に耐えられず。意識が勝手に逃避を選択。
そして、俺はこのゲームの中にある自宅のような場所へと跳ぶ。
ネットゲームに閉じ込められたかも知れない。
現実へ帰れないかも知れない。この時の俺は、その事実を
直視出来なかった───
最後までお読み頂きありがとうございます。
この物語が貴方様にとって楽しめる物であったのなら、幸いです。
物語を最後まで読んでくれた貴方様に、心からの感謝と御礼を此処に。
誠にありがとうございました。