第十話 強くも弱くも無いけどニューゲーム
───弱々しい夕焼けに照らされる野原では、仰向けに倒れる誰かと
それを見下ろす誰か。そんな二人の間を一つの風が吹き抜けてゆく。
我ながら、見事と言わざるを得ないアッパーでのノックアウト。
ノックアウトされた相棒は野原に倒れ、その姿は少しばかり俺に
良い気分を味あわせてくれる。うーん。PvPにはあんまり興味が無い
んだけど、やっぱりPvPこその魅力ってのがあるんだなぁ。ハマる
人がハマるのも分かるかな。とは言え今回のは純粋なPvPとは言え
ないけどね。
「……まさかノックアウトされるとは。」
等と、呟きながら相棒が起き上がってくる。今回の決闘ではノック
アウト判定が設定されていたので、武器も持たない俺でも相棒を
倒しきらずに勝利出来た。決闘でのノックアウトは、一定値まで
ライフポイントを減らした方が勝ち。ライフを減らされた側は
短い強制スタンが発生し、残った方が勝者って訳だ。これは
相手のライフをゼロにするまで戦いたくない、スパーリングや模擬戦
みたいな物によく使われるルールの一つだ。後は、俺みたいにPvP
にあんまり興味がない人でもたま~にこのルールを使ってPvP
コンテンツを遊ぶらしい。そこから引き込まれる人も多いとか。
良く出来てる仕様だと頭で感心しながら。
「天も相棒の騙し討ちにはご立腹って事だよ。つか、相棒があんなん
するの珍しい。何時もは正々堂々派なのに。」
「悪かった。どうやら自分も相当気が焦っていたらしい。次が来る前に
今のお前を冷静に把握したかったんだが……。どうやらお前が現実から
居なく成った事実がまだ……。」
「相棒……。」
俺を見詰めて黙る相棒。その憂いな表情もまたダンディ───いや違う番う。
今の口ぶりから察するに相棒は、俺を心配する余りあんな事をしたらしい。
思えば、相棒は最初からずっと冷静だった。俺は自分がログアウト出来ない
と知った時、自分で自分に引くほど盛大に取り乱したからこそ。現実のオレ
がアレに成ったと知っても、ショックは受けたけど余り取り乱さなかった。
いやまあ逃げ出したりはしたけどね。だけど、俺の状況を知っても相棒は
冷静で、何時もと同じ様に俺に接し、こんな実験にまで付き合ってくれて
いる。この、訳の分からん俺って存在に。だけどまあ、実際は冷静そうに
見えていたってだけだったのか。
「ありがとう。」
「───何?」
「いや、そう言えばちゃんと御礼を言ってなかった気がしてさ。
側に居てくれてありがとう。相棒が居なかったら、俺は“今”に耐えられ
なかったと思う。だからありがとう。……なんつかーか、俺って何時も
相棒に助けられてばっかりだな! 周りも見えてねーし!」
俺は相棒に言い損ねていた大切な事を伝えた。んだけど、途中から小っ恥
ずかしく成ってきた俺は最後勢いで言葉を口から押し出す。ふう、素直に
感謝を伝えるってのは中々難しいぜ。
「ルプス。」
「んあ?」
「そんな事は無い。自分だってルプスには何時も助けられてばかりだ、
多くを含めてな。だからこそルプスが困っているなら、自分は何時だっ
て助けるさ。それはルプスも同じだろ?」
俺よりも少し高い身長設定の相棒が、此方の顔を真っ直ぐと見下ろしては
そんな台詞をパイ投げよろしくぶつけて来やがった。ぶつけられた台詞の
所為で、仮想なのに相棒の顔を見上げられるずにいる俺。だけど此処で
恥ずかしさ何かで萎縮してはいけない! 相棒が俺の感謝に応えたのだから
此方ももっと勇気を出さねば! 頭で喝を入れては相棒を見上げ、心の扉を
開きいざ言わん。相棒への日頃の感謝感動感激を伝えんがため!
「も、勿論さ! 相───」
「よし。じゃあそろそろ凍結を試そうか。」
「───おま、えぇー……。」
「何だ? もう辺りも暗くなってきている、だから実験を手早く済ませたほうが
良いと思ったんだが?」
「いやまそうなんだけどね。今俺が……はあ。も良いよ。」
「?」
開いた心の扉にロケットランチャーを撃ち込まれ、見事色んな物が
粉々に引き飛ばされた気分。……感謝は伝えられたから良いか。
気持ちを一区切りした俺は、相棒と一緒に残りの状態異常を試して
みる事に。再開した実験ではたまに俺が攻撃を避ける等もあったが、
順調に進み。実験は日が沈み切る前に終了。最初の一発が痛みも何も
無い物だったので、終了間際では撃たれる事にも随分と慣れ。飛んで
くる弾を取りに向かったりパンチする等して楽しでやった。そんな
実験も終了。使っていたハンドガンを腰の後ろに持っていく動作で
仕舞った相棒へ、俺は近付きながら。
「おつかれい。」
「お疲れ。試せるものは試し終えたな。」
「おう。いやぁ前から知ってはいた積りだけど、相棒って状態異常弾
めっちゃ持ってるのな。ビックリだわ。」
「そうでもない。持ってるのは自分にあった状況作りが出来るヤツだけさ。
しかし試した結果は意味不明な物だったな。」
相棒が此方を見ながら頭を捻る。持ち合わせのあった状態異常で試せた物は、
火傷、凍結、スタン、暗闇、混乱、毒だ。火傷は普通に少ダメージプラス
継続ダメージと、普通。凍結は少ダメージに移動不可。後凍結中にダメージ
を受けると二倍。スタンはそのまま動けないだけ。暗闇は視界不明。混乱も
まあ普通にランダム行動で、問題は毒状態だ。毒だけはどんなに頑張っても
俺に効かなかった。耐性をマイナスへ持っていける装備は無かったけど、
それでも相棒が上げに上げた状態異常付与率で連続失敗など、する訳ない。
つまり今の俺には毒が効かないか、ものすごーく効き辛いかだな。
「今の所、睡眠と毒に対して挙動が怪しいと言う事が分かった。だが一体何故
この二つだけ?」
「んー……。わがんね。」
二人揃ってその場で頭を悩ませるも答えは出ない。実験で挙動を
確かめる事は出来ても、俺たちは一般のゲームプレイヤー。まさ
かデバックモードを覗くなんて芸当は出来ない。なので明確な
答え何て物は出ようはずもないのよね。でもま、全くの無駄って
訳じゃない。少なくとも意識を失う睡眠には気を付けるべきで、
それ以外は別段気にするような事は無さそうだ。相棒と一緒に
考え、一息の序に周りを見渡す。実験やら何やらしていたので、
辺りはもう真っ暗。俺は結果以上の物は得られないと考え。
「取り敢えずさ、実験も終わったし町にでも帰ろうぜ。」
「……そうだな。」
考え込んでいた相棒も一区切りを付ける事にしたらしい。
俺たちは遠く、光放つ町へと帰る事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
町の明かりを頼りに野原を歩き、何事も無いまま町へと帰還。
着いた頃にはすっかりゲーム内では日が落ち、町の大扉を抜けて辺りを
見渡せば、街中には陽の光に変わって別の光が満ち溢れていた。
石造りの歩道には等間隔で街灯が立ち並び、ヨーロッパ風な街並みに
優しくも活気溢れる光を齎している。やっぱり。
「このクオリティはすげーよなぁー……。」
「確かにそうだが、もう見慣れたもんじゃないか?」
「いんや。」
現代仮想技術に心から感嘆する俺に、相棒は見慣れた街並みだと言う。
確かにこの町は俺と相棒が拠点にしてる場所で、ログインもアウトも
基本は此処だ。だと言うのに新鮮な気持ちに包まれるのは、此処が
本当に俺の居場所になったからかも知れない。そんな事を心で感じたからか。
「俺、今の俺ってさ。多分今までとは違うんだよ。」
「また中身がーって発作か?」
「違うよ! 中身がとか存在がって話じゃなくてさ、あー何て言い表わせば
良いのか俺自身わかんねーけど……。でも此処での感じ方や思い方ってのが
今までプレイしていた時と何かが違うんだ。さっき攻撃を受けるのだって
新鮮、と言うか始めての頃みたいなドキドキ感覚だったし。」
「それは……。現実と繋がっていないから、か?」
「かもな。もし今のこれを伝えるなら、そう、新しくゲームを始めた!
そんな感覚に似てるかも?」
「俗に言うニューゲームってやつか。」
「ハ。だとしたら俺、強くも弱くも成ってないけどな。」
「確かに。」
笑いながら話す俺たちは、目的もなく町中を歩き出した。
そこそこ大きい町で拠点としてもそれなり。だから道を歩けば
プレイヤー達ともすれ違う。いかした鎧姿の騎士にマスク姿の
アサシンめいた何かや、幻想的民族衣装に身を包むエルフが居れば、
めちゃセクシーな装いのエロフ何かも居て。ついつい視線が泳いでしまう。
見渡す限りの全てが新鮮に感じられる、そんな事がこんなにも楽しいとはね。
やがて当てもなくぶらりぶらぶらと歩き続けた俺たちは、歩道が小さく
膨らんだような場所へ出て来た。何方からと言う事もなく、その場所に
設置されていたベンチへ二人で腰を落ち着ける。ベンチに座った俺は辺りを
キョロキョロ。そんな俺の隣に座った相棒が。
「行き交うプレイヤー達も新鮮に?」
「あ? ああ、まあね。何かすげー気になるわ。」
「もしかしたら……。ルプスは此処に生まれ変わったのかも知れない。」
冗談なのか、少しだけ笑いながら話す相棒。だから俺も冗談めかしながら。
「良いねそれ。案外間違いじゃないかもよー。リアルの無い俺は今じゃ
此処がリアルだしな。」
「成る程。そう言う考え方もあるか。」
「? どしたよ?」
同じ様に行き交うプレイヤーを見ていた相棒が此方に体を半分傾け。
「今のお前の話と睡眠の事を聞いて思ったんだが、多分ゲーム的な処理と、
そうでない処理がルプスに発生しているんじゃ無いかと思う。何か説明の
出来ない出来事がリアルのお前に起き、そしてそれはキャラクターである
今のお前にも、何かを起こしたのかも知れないって話だ。」
「え、なにそれ怖い。ちょっと心を守るために耳塞いでても良い?」
「ダメだ、もう少し頑張れ。さっき言った生まれ変わったってのがもし間違い
じゃないとすれば、ルプスは此処で新たに生を得て、そして生を得た事で何か
が変わったんじゃないか? だから今ままでしていた事でも感じ方や思い方が
違う。とまぁ、あくまで自分の仮説、推測過ぎないがな。」
「な、成る程ー……。」
いやに説得力のある話し。此処で新たに生をか。今が生きてるのか死んでる
のか怪しいけど、少なくとも死んでは無いと思うし生きてる方だと思いたい。
リアルにバイバイして此処にようこそ。おいおいこれじゃあ。
「ニューゲームってかハローニューワールドじゃねーか……。」
「此処で生きていくと言ったのだから、そっちの方が近いだろうな。
中々上手い事を言うじゃないか。」
「全然嬉しくねーよお!」
「本当は?」
「ちょっと嬉しいし、自分でも上手いと思った。」
「「……。」」
ほんの少し間を置いて。俺は頭を下げながら、相棒は口に手を添え
ては、お互いに“くっくっく”と笑い合う。軽い笑い合いの後。
「すまん。これから何をするにしても一旦落ちる。」
「あいよ。飯か風呂って所か。」
「ああ。」
「今の俺の良い所はそう言うのが必要無い事だな。」
ニヤリと笑いながら相棒へ言う。相棒は困ったうような笑顔で。
「それじゃあ直ぐに済ませてくる。」
「いやいやごゆっくり。別に焦るモン何かなーんも無いしよ。」
「……また後でな。」
「おーう!」
相棒はベンチから立ち上がりログアウトして行った。俺は
出来るだけ明るく、何時も通り相棒を見送った。じゃないと。
「気を使われるからなー……。」
相棒は俺と違ってリアルがある。だと言うのに相棒は風呂も飯も
後回しにして、俺の様子を見に来てくれたんだ。その上で寂しい
等と駄々をこねれるはずもない。まだ俺はそこまでみっともなくは
成れそうにもないからね。呟きながらベンチの背凭れに腰を預け、
そのままぼんやりと空を、仮想の夜空を見上げる。見上げた夜空には
街明かりにも霞まぬ、星々の煌めきがあった。あの煌めきは本当
なのだろうか? ……こんなつまらない事は今まで考えた事も無い。
ああでも何故だろう、今は偽物か本物かが酷く気になってしまうのは。
「……。」
何となく目を瞑る。目蓋の落ちた視界は真っ暗で、星明かりもこの暗闇
には届かない。この暗闇の中、俺は一体何処にいるのだろう。……ふ。
まさか目瞑るって事がこんなにも怖いとはねー。俺は再び目を開け。
「……綺麗だなぁ。」
浮かぶ星たちはその煌めきを陰らせる事もなく、目を閉じる前と同じく
キラキラと光っていた。俺が見上げた星の綺麗さに、綺麗と感じる自分の
感じ方が、偽物か本物かと考えていると。
「おや。其処に居られるはルプス殿ではござらんか?」
自分の名前が含まれた言葉に反応し、頭を夜空から正面へと下ろす。
下ろした視界の先には厳つい甲冑姿の誰か。一見すれば重騎士のそれ、
だがこの西洋騎士らしからぬ話し方には覚えがある。と言うかなによりも
彼は知り合いだ。
「玉蜀黍?」
「おおやはりルプス殿でござったか。何やら黄昏れていたので他人の空似かと
思いましたぞ。」
「何だよ、俺だって黄昏れる時ぐらいあるわい。」
「そう言うのは何方かと言えばブルクハルト殿の方が似合いますぞ。」
「……別に格好つけでやってた訳じゃないぞ。本当に黄昏れてたんだよ。」
「ハッハッハッハ!」
何が可笑しいのか彼は笑いながら俺の隣へ“ドガンッ!”何て大きな音ともに
腰を下ろす。そんな彼へ。
「お前の拠点って此処じゃないよな? 何でこんな所うろついてるんだ?」
「いや何、ギルドから物資調達を任され此処に寄ったのでござるよ。」
「ああ……。何時ものどうでもいい雑用の押し付けね。」
「失敬な! 雑用も立派な用でございまするぞ!」
このゲームでのギルドは良くあるGvGや専用拠点の
設営等など、ギルド特有のコンテツが多数存在する他、大商会やら自治体
何かもあって。一部の大手ギルドはただのコミュニティに留まらない。
まあそれだけデカイギルドにも成ると、所属するギルドメンバーの末端には
当然末端に相応しい用が課せられるもの。彼が所属するギルドは数ある
ギルドの中でも大手に該当するので、当然彼もその口だ。そんな事を
考えながら見詰めれば。
「良いですかな。雑用を馬鹿にしている内は、雑用しか与えられないのです。
ですがその与えられた雑用をキッチリ熟し、雑用の必要性を此方が正しく
理解する。その頃には雑が取れ、後には成すべき用だけが残るものですぞ。」
「つまり与えられた用をひたむきに熟しなさいって事?」
「そう! そうですぞ!」
「んでもそれって何時まで経っても雑用しか貰えなくね?」
「それは上次第ですな。此方が用をキッチリ出来るかを見ている
はずなので。出来る奴と分かれば自ずと用の質も重要性も上がって
くるものですぞ。」
「ふーん……。」
自信満々な玉蜀黍。だけど俺は知っている。ギルドに所属してかなり
の時間が経っているのに、未だ任せられているのが買い出し程度だと。
だけどそれに腐らず頑張る彼に俺は何も言う気は無い。
「ルプス殿は此処で何を?」
「俺? 俺は落ちた相棒が帰って来るのを待ってる所。
んで一クエでも行こうかなってね。玉蜀黍も一緒に来る?」
「おお是非に! と言いたい所でござるが、生憎拙者は調達品を騎士団に
届けたら、今日は早めに落ちねば成らんのです。」
「あいよ。んじゃ別の機会にまた誘うわ。」
「楽しみにしておりますぞ。」
言葉を交わし終えた彼がベンチから立ち上がる。そんな彼へ。
「なあ、あの夜空って本物だと思う?」
考えもなしにそんな言葉を投げかけていた。言葉を受けて振り返った彼が
夜空を見上げては、俺へと視線を下ろす。フルフェイスの兜では表情は
一切伺えない。だけど多分困惑しているだろうね。ゲームの世界でソレを
聞くなんて、野暮も良い所だ。だけど野暮な質問にも彼は答えてくれる。
「勿論ですとも。此処に在るモノは全て本物でございましょう。」
「……何でそう思う?」
「それは拙者が本物だと思い感じるからでござる。拙者がそうと感じる
のであれば、ソレ以上が必要とは思えませんな。では、これにて失礼。」
そう言って一歩を踏み出した所で、不意に此方へ振り向き。
「吟遊詩人にもでも成られるおつもりで?」
「ちゃうわ!」
俺は全力で違うと叫び、笑いながら去りゆく彼を見送った。
自分がそうと感じるから、か。要は。
「自分の思い方次第って事ね。」
本物か偽物かを聞くのは無粋だと思った。だから、だからそれでいっか。
本物でも偽物でも構わない。大事なのは俺がどう思うかだけ。何だか少し
気が楽になった俺は再び夜空を見上げる。見上げた星たちが先程よりも
輝いて見えるのは、きっと気の所為じゃない。
ベンチで笑顔を浮かべた誰かが、静かに夜空を見詰めている───
最後までお読みいただき誠にありがとうございます。この物語が貴方様に喜んでいただける物
であったのなら、幸いです。最後までお読みいただき本当にありがとうございます。




