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察知眼が捉えた敵意

 僕は虹色の卵を手に入れた。

 名もなき魔王の魔石を取り込んだ卵で、リーチェと僕の魔力が限界まで注ぎ込まれている。

 卵の等級としては、最高ランクの1等級らしい。


 僕達はやりきったんだ!

 満足できる結果になってよかった。

 腹痛の代償はあったけどね……


 あれから僕達は、エウロスさんの屋敷のエントランスへと移動していた。

 卵はリーチェが大事に抱えている。

 卵の光が漏れないよう、毛布でくるんで隠している。


「アレス、その卵は過去に前例がないほどの輝きを有している。狙われる可能性もあるから十分に気を付けろ」


「ああ。気を付けよう」


 アレスおじさんの返事と一緒に僕とリーチェも頷く。


「うむ。小僧、その卵が孵化(ふか)したら教えてくれ。すぐ見に行くぞ」


「はい! すぐ報告します!」


「うむ。期待している」


「エウロス、世話になった! また会おう!」


「ああ。我も懐かしい友に会えて楽しかったぞ。またいつでもくるがいい」


 そうして、僕達は風竜公エウロスの屋敷を後にした。


▽▽▽


 僕たちは、ダンジョン街の門の外までやってきた。

 なぜこんなところまで来たかというと、魔導船をここに置いていたからだ。

 ……というか、僕達はこの魔導船で暮らすことになった。


 理由としては、母様がドラグヘイムで一緒に暮らすということは、家だけでなく魔導船を置く場所が必要となってしまうからだ。

 当然、魔導船は結構スペースを必要となるのだが、そんなスペースはダンジョン街にはなかった。

 大きな屋敷を買い取って取り壊すという案も出たが、お金が掛かりすぎるとのことでダメだった。


 そのことをエウロスさんに相談したら、この場所を使わせてもらえることになったのだ。

 それで、魔導船があれば家もいらないんじゃないか?

 という、アレスおじさんの指摘もあり、家を借りずに魔導船で生活することになった。


「……よし。魔道具の結界も破られていないから、特に問題はなかったようね」


 魔導船を確認した母様が、僕達にそう言った。


「お茶でも入れて、少し休憩しましょうか? 2人とも今日は頑張ったものね」


「では、紅茶の用意を致しましょう。少々お待ちください」


 母様の要望に応えるため、バロンは紅茶を用意しに向かった。

 バロンに続いて、僕達も魔導船の食堂へと向かう。

 その途中、僕はリーチェが抱きしめている卵の状態が気になった。


「リーチェ、卵の様子はどんな感じなのかな?」


 僕はリーチェの横に並んで歩く。


「うーん。……たまに動いてる感じがするけれど、孵化(ふか)にはまだまだかかりそうな気がするわ」


 リーチェは難しそうな顔でそう言った。

 そう言っているうちに食堂へと到着した。

 リーチェはテーブルの上に毛布を敷いて、その上に卵を置く。

 僕たちは卵を囲むようにして、それぞれ空いている席に座り、しばらく卵を見つめていた。


 テーブルの上にある虹色の卵は、豆電球ぐらいの明るさでぼんやりと光っている。

 夜中に照明いらずだな……


「綺麗ね……」


「そうだな。なんか見ているとほっとするな……」


 母様とアレスおじさんはそう言って卵を撫でる。

 僕も撫でてみると、ほんのり暖かさを感じる。

 たまに動いているような振動も伝わってきた。


 リーチェが卵を抱いてた時にクッションのように見えたからか、なんだかクッションとか抱き枕を連想してしまう。

 抱き枕にするのも温かくてよさそうだな。

 明るくて寝られないかもしれないけど……


 そうやって卵を見ていると、ティーセットを持ってきたバロンがやってきた。

 リーチェの要望なのか、イエローベリーのジャムも用意されている。


「お茶の用意ができました」


 バロンがみんなにお茶を入れていく。

 僕の前にもお茶が置かれた。

 母様とリーチェはジャムを入れて、匂いを楽しみつつ飲んでいる。

 僕とアレスおじさんはストレート派だ。


「それにしてもすごく光ってるね……」


 僕のつぶやきにアレスおじさんが頷く。


「そうだな。俺もここまで光っているのは見たことないぞ」


「綺麗な卵よね。……でも、ルシエルちゃんとリーチェちゃんの愛の結晶だから当然よね?」


「ぶふっ!」


 ふいに変なことを言われて、僕は飲んでた紅茶を少し吹き出す。


「もう。ルシエルちゃん下品ですよ?」


 母様は優しく僕に注意する。


「ごめんなさい。でも母様が変なこと言うから……」


「あら? 私、間違ったこと言ったかしら……?」


「この卵の魔物からすると、坊ちゃんとリーチェお嬢様は、魔石と魔力を込めてくれた親みたいなものですからね。あながち間違いでもないと思います」


 バロンが微笑む。


「言われてみればそうだな。2人とも親みたいなもんだ。……名前とかどうするんだ? オスの場合とメスの場合で、2つは考えといた方がいいぞ?」


 アレスおじさんの実体験かな?

 でも、生まれてくる魔物の名前か……

 名もなき魔王の頃には名前はなかったけど、今回はちゃんと名前を付けてあげたい。


「そうだね。……リーチェなんて名前を付けようか?」


 僕がリーチェの方を向くと、リーチェは顔を真っ赤にして下を向いていた。

 僕の声に反応したのか、こちらを向いたリーチェの目と僕の目が合う。


「っ! べ、別にあなたが好きにつけたらいいと思うわよ……あなたにつけて貰った私の名前も……そ、その……いいと思うし……」


「リーチェって名前も、ルシエルちゃんがつけたのね? ルシエルちゃん、本人に気に入ってもらえて良かったわね? うふふ」


 母様が微笑ましいものを見るように僕達を見て笑う。


「お、お義母様! それぐらいにしてください!」


「あらあら、ごめんなさいね? ほら、ジャムあげるから……ふふっ」


 僕からしたら、母様とリーチェのやり取りのほうが微笑ましいよ……


「でも、アレスおじさんも名前を考えたの? ……カイル兄様の名前を考えたのも、アレスおじさんだったりする?」


 アレスおじさんには、1人の息子がいる。

 名前をカイルといい、僕はカイル兄様と呼んでいる。

 僕の4歳上で、今は王都の学園に通っているはずだ。


「まあな。いい名前だろ?」


 アレスおじさんは、どうだと言わんばかりの笑顔でそう言う。


「坊ちゃん、本当はアレス様の奥様が決めたんですよ? アレス様が考えた名前は、全て奥様に却下されていましたし……」


 バロンがこっそりと僕に教えてくれる。


「バロン! そこは黙っておいてくれよ……」


 アレスおじさんは少ししょんぼりとする。

 そのとき、バロンがぼそっと小さな声を出す。


「……皆さま、慌てないでください。この魔導船が囲まれております」


 バロンが腰にある細剣に手をかけた。


「……本当かバロン?」


 アレスおじさんは聞き返しつつ、立てかけていた槍を手に取る。

 リーチェも卵を毛布でくるんで、大事に抱きしめる。


「はい。数は人型がおよそ10。魔導船に乗り込もうとしているのか、じわじわと寄ってきています。……こちらが気付いていることは、まだバレていないと思います」


 バロンは落ち着いた様子でそう言った。

 ん? なんでバロンはそこまで詳しくわかるんだろう?


「坊ちゃん、不思議そうな顔をしていますね? 実は、私には察知眼というレアスキルがあるのです」


 察知眼? 知らないスキルだ……


「察知眼の効果は、見た方向でなにか反応があったものを察知するといったものです。この反応というのは、攻撃の予備動作やスキルの発動、敵意などを好きに指定できます」


 それってかなり強くない?

 対人戦なら先読みし放題じゃないか。

 数が多すぎると見辛くなるかもしれないけど……


 バロンの目をよく見てみると、装飾の入った輪っかの紋章が刻まれていた。

 こ、これは魔眼じゃないか!

 起動時はそうやって浮かび上がるのか。

 かっこいい……


「現在は敵意を示す赤マークが10個、この船の周りに散らばっているのです」


「……すごいスキルを持ってるんだね。かっこいいよ」


「坊ちゃん、恐縮です」


「無駄口はそこまでだ。この人数差なら、逃げに徹しようと思う。一旦、このまま魔導船を上空に急発進させよう。……もし、魔導船に乗り込まれたら、俺か相手を引き付ける役となる。その際にバロンは遊撃を頼む」


「かしこまりました」


「ラスティナ嬢は魔導船の操縦に専念してくれ。それで、ルシエル達はラスティナ嬢の護衛をメインに動いてくれ。余裕があればこっちを援護してくれると助かる」


 僕達は頷く。


「よし! じゃあ、ラスティナ嬢! 魔導船を急上昇させてくれ!」


「わかりました。ですがその前に……アタックブースト! ガードブースト! スピードブースト!」


 母様は、ここにいる全員に支援魔法をかけた。


「アレスお義兄さん、私も戦いの力になれるということを忘れてますよ?」


「……そうだった。助かる」


「ふふっ。では、魔導船上昇させます!」


 母様は、魔導船を操作する水晶のような魔道具を取り出して、魔力を込める。

 それにより、魔導船が上昇する。


「4人に乗り込まれました! 甲板後方の側面に掴まっています! 動きの速さからすると、手強い相手となりそうです」


「了解! では各自、役割を果たすぞ!」


 ……これから、魔導船での僕達の戦いが始まる。



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