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竜王国ドラグヘイム

 竜王国ドラグヘイム。

 かつて、竜の王国と呼ばれていた大陸。

 今では、竜と人が共に生きる国と呼ばれている。


 ただ、人が安全に生活できる場所は、草原と山岳の狭間にあるダンジョン街と竜王の城のみだ。

 その街の外は竜のテリトリーとなるため、竜達に襲われても文句は言えない。

 なぜなら、この大陸は()()()()なのだから……


▽▽▽


 現在、竜王国ドラグヘイムの上空。

 魔導船に乗っていた僕たちは、ワイバーンの群れに囲まれていた。

 その数およそ30。


「どうしようみんな! ワイバーンの群れを振りきれなかったわ! 今はまだ障壁の魔道具で耐えられているけど、このままじゃ破られちゃう!」


 魔導船を操縦していた母様の悲鳴が、船全体に響き渡る。


「クッ! この量だと魔導船の魔導具だけじゃ追い払えないぞ……! なんで今回に限ってこんなに!」


「アレス様! 私の光魔法で目くらましをして、その隙に離脱を試みましょう!」


「そうするしかないか……追ってくるワイバーンは魔道具で妨害しよう。ダンジョン街まで逃げきれれば、奴らは追ってこれないはずだ」


 アレスおじさんとバロンが、この危機を切り抜ける作戦を話し合っていた。

 僕とリーチェは魔導具の準備をしている。


 僕達が用意している魔道具は、弩砲(バリスタ)のようなものだ。

 引き金を引いて魔力を込めることで、魔力の大きな矢を生成する。

 その状態で引き金を放すと、魔力の矢が狙った方向に射出されるというもの。

 それを甲板後方に2つ設置した。


「リーチェ、もしも作戦が上手くいかなくて、ワイバーンと戦闘になった場合はお願い……」


「ええ。その時は任せておいて」


 僕の願いにリーチェは頷く。


「ルシエル! 魔道具の準備はできたか?」


「うん! できたよ」


 僕はアレスおじさんの方に叫ぶ。


「よし! よくやった!」


「アレス様! ラスティナ様に作戦を伝えて参りました!」


 そこで、ちょうどバロンが甲板へと戻ってきた。

 僕達が準備している間に、さっきの作戦を母様に伝えてきたようだ。


「わかった! じゃあ作戦を開始するぞ!」


 アレスおじさんがそう叫んだ瞬間、ワイバーンの群れの向こうから、甲高い咆哮が聞こえてきた。


「ギュアアアァァァッ!」


 僕達が咆哮に驚いていると、ワイバーン達が散り散りとなって去っていく。

 ワイバーンがいなくなったことで、なにかこちらに向かって飛んでくるのが見えた。


 エメラルドグリーンの巨大なドラゴン。

 そのドラゴンが猛スピードでこちらに飛んできていた。


「ッ?! あれは私がなんとかするわッ!」


 リーチェがドラゴンに向かって飛んでいく。


「待ってくれ! あいつは知り合いだ!」


 そこで、アレスおじさんの静止の叫びが響く。

 リーチェは急停止した後、僕の元へと戻ってくる。


「知り合い? どういうこと?」


「僕にもわからない」


 僕たちが顔を見合わせて困惑していると、エメラルドグリーンの大きなドラゴンが魔導船のすぐ目の前で停止した。

 この近くで見ると、かなり大きいことがわかる。

 胴体だけでも、魔導船より遥かに大きい。


「久しいなアレス! 20年と数年ぶりか?」


 ドラゴンから人の声が聞こえた。

 一瞬、僕の言語翻訳の効果で人の声に聞こえるのかと思ったが、他のみんなもちゃんと聞こえているようだった。


「ああ。久しいなエウロス……」


 目の前のドラゴンは、アレスおじさんとの再会に喜んでように見えた。

 その間、僕たちは置いてけぼりだ。

 どういう関係なんだろう……


 そこで、アレスおじさんがこちらを振り向く。


「みんな紹介しよう。このドラゴンは、風竜公エウロス・ドラグヘイム・ティアマット。竜王国ドラグヘイムを守護する四竜公の1人だ。……四竜公は王の次に偉い」


「紹介に預かった通り、我の名は風竜公エウロス。ようこそドラグヘイムへ。我は君達を歓迎しよう」


 四竜公の1人である風竜公って、なんか敵の四天王とかでいそうな響きだな。

 強そう。

 というか、王の次に偉いってボソッと聞こえたけど、なんでそんな人がこんなとこにいるの?!


「ところでアレス。その小僧はお主の息子か?」


 小僧って、僕のことか。

 とりあえず、僕は会釈しておいた。


「いや、俺の甥だ。今日からドラグヘイムで暮らすことになっている」


 アレスおじさんがそう言うと、風竜公エウロスは目を細めてニヤリと笑った。


「ほう? またクリステーレの試練とかいうやつか? まだ小さいだろうに……」


 クリステーレの試練ってなんだ?


「……まあ、そんなような感じだ。それよりもワイバーンを追い払ってくれて助かった!」


「例には及ばん。懐かしい魔力を感じたから見に来ただけだ。……あと、そこの娘なら奴らを殲滅できただろう。……お主は何者だ?」


 風竜公エウロスは、ジロリとリーチェを睨む。

 それに対して、リーチェは不敵に微笑み返した。


「ふふ。風竜公様、私はただの小娘ですわ」


「ふん。水竜公のようにいけすかん態度を取る娘だ。お主らはアレスの身内なのだ。我のことはエウロスと呼ぶがいい。様もいらん」


 水竜公もいるのか……

 もしかして、四竜公って属性毎に分かれてるとか?

 火、水、風、地って感じかな?


「アレス、お主らはダンジョン街に向かっているのだろう?」


「ああ」


「ならば我が送って行ってやろう。近頃はワイバーンが活発になっているからな」


 エウロスさんは、そう言って魔導船を鷲掴みにして飛行する。

 その速度は魔導船よりも、ずっと早かった。


▽▽▽


 ダンジョン街の南に位置する風竜公エウロスの屋敷。

 そこに僕達は招待されていた。


 そして、目の前にいる男性は、人化した風竜公エウロス。

 ドラゴンの時と同じエメラルドグリーンの色をした長髪。

 切れ目で眼鏡をかけていて、インテリ系って感じがする。

 頭の側面から後ろに向かって、まっすぐ伸びた角が生えている。


 僕達はソファに腰かけて、情報共有を行っていた。

 バロンはソファに座らず、僕たちの背後に立ったままだ。

 ちなみに僕と母様は、初めて見る竜人に緊張して、ビクビクしっぱなしだった。


 アレスおじさんは、僕がなぜここに来たのかをエウロスさんに説明してくれた。

 エウロスさんは信用できて、協力もしてくれるとアレスおじさんが言っていたので、僕の秘密についても少し話してある。


「ふむ。それで、10歳でダンジョンに潜って修行か……」


「ああ。ドラゴンテイマーとして力をつけてもらおうと思ってな。……なにより、ドラゴン系統の魔物をテイムするためにもここに連れてきたんだ」


「ドラゴン系統の魔物か……面白いものがある。少し待っていろ」


 エウロスさんはそのまま部屋から出て行った。

 今のうちにアレスおじさんに気になることを聞いておこう。


「アレスおじさん! エウロスさんとクリステーレ家の関係は?」


 僕がそう言うと、アレスおじさんは苦笑いする。


「実はな? 今から20年ほど前に父上と俺の2人で、ここに修行に来たことがあるんだ」


「さっき言ってたクリステーレの試練ってやつ?」


 アレスおじさんが暗い顔をして頷く。


「ああ。あんまり思い出したくないけどな。クリステーレの試練っていうのは、パーティリーダーとして、仲間を集めてダンジョンの30階層までを攻略するっていうものだ。言うだけなら簡単だが、これがかなり難しいんだ。その分、学ぶことも多いんだけどな」


 リーダーとなることで人を率いることを学ぶ。

 メンバーや情報を集めるための交渉術を学ぶ。

 パーティを組んで戦うことで集団戦を学ぶ。

 ダンジョンに挑んで探索術を学ぶ。

 質の強い冒険者達から技術を学ぶ。

 難易度の高いダンジョンで生き残り方を学ぶ。


「……といったように、騎士として戦う力をつけるのはもちろん、当主として人の上に立てる力をつけるための試練だ。俺は17歳から6年かけて、何とか達成することができたんだ。……エウロスはその時に色々手助けしてくれた仲間だ」


 そんなのがあったのか……

 バロンと母様の反応を見る限り、2人とも知ってたみたいだ。

 なぜかリーチェも知ってましたって顔をしている。

 さては、母様から聞いてたな?


「アレス、懐かしい話をしているな」


 エウロスさんが戻ってきた。

 その手には、ラグビーボールくらいの卵があった。


「さて、これがさっき言っていた面白いものだ」


 エウロスさんは、僕達の前に卵を差し出す。

 僕達は卵に近付いてよく観察してみる。


 薄い灰色をした模様が一切ない卵だ。

 先端に小さな穴が開いている。

 それ以外には、特に目立つところはないと思う。


「これは、純粋なミミックリザードの卵。与えた魔石によって、生まれる魔物が変わるのだ。……どうだ? 面白いだろう?」


 エウロスさんは、こちらを見てあやしく笑った。


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