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母の想い

 陽が沈み、月が顔を出し始めた頃。

 僕達は、母様の屋敷がある町へと辿り着いていた。

 予定よりも5時間ほど遅れての到着だ。


 コボルトの隠れ家での出来事から2日が経過している。

 僕達がリーチェにボロボロにされた後、コボルト達には少し怯えがあったものの、無事全員を異次元牧場へと送り出すことができた。

 コボルト達は今、隊長コボルトの指揮下のもと、住居を作ったり島の探索をしてくれているところだ。


 その後、途中の村と町でそれぞれ1泊ずつして、この町までやってきた。

 今日はもう遅いので、明日の昼に母様の屋敷に行く予定となっている。


「アレス様、坊ちゃん、馬を預けてきました。これから宿屋に向かいますがよろしいでしょうか?」


「ああ。特に必要なものもないしな」


「うん。ここまで長かったよ……」


 お爺様の屋敷から、母様がいるこの町まで6日と半日。

 僕達はようやくたどり着いたんだ……


「かしこまりました。では宿屋へと参りましょう」


 バロン先導のもと僕達が移動し始める。

 リーチェは姿を消しているが、空を飛んで僕達についてきている。


 しばらく、進むと衛兵がこちらに向かってくるのが見える。

 衛兵はそのまま真っすぐに僕達の方へとやってきた。


「少々よろしいでしょうか? アレス様でございますか?」


 アレスおじさんは、急な質問に戸惑いながらも口を開く。


「ええ。そうですが、なにか?」


 それを聞いて、衛兵がほっとする。


「よかったです。私はラスティナ様の指示を受けた者です。お迎えに参りました」


 どうやらこの衛兵さんは母様の使いのようだ。

 僕達を母様がいる屋敷へと案内してくれるらしい。


「関所からアレス様達が通ったという報告を受けたため、巡回中の衛兵はアレス様を見かけたら、屋敷へと案内するように指示が出されているのです」


「……なるほどな。では案内を頼む」


「はっ! では、私についてきてください」


 僕達は衛兵さんと共に母様の屋敷へと向かうのであった。


▽▽▽


「ルシエルちゃん! 会いたかったわ!」


「むぐっ!」


 屋敷に入って早々に僕は抱きしめられていた。

 僕達は急なことに驚くも、すぐに気を取り直す。


「ラスティナ嬢、久しぶりだな。ルシエルが窒息するからそれぐらいにしてやってくれ」


 アレスおじさんが苦笑いしながら母様を止める。


「あら! それは大変ですね。アレスお義兄さん、お久しぶりです」


「ぷはっ!」


「ルシエルちゃん、大丈夫?」


 僕は母様の胸から解放された。

 若干嬉しかったけど、久々に母様に会えたから嬉しかったんだ!

 決して大きな胸が良かったとか、いい匂いがしたとかじゃない……はず!


 今、僕を抱きしめている女性はラスティナ・クリステーレ。

 僕の母様で、旧姓はラスティナ・シルフェイユという。

 ほわほわとした感じのゆるふわ系美人で、正直30代の年齢には見えない。

 ウェーブのかかった腰まである薄紫色の髪で、前髪はセンター分けにしている。


「母様、お久しぶりです。ずっと会いたかったです……」


「ルシエルちゃん! お母さんもよ!」


「むぐっ!」


 そう言うとまた抱きしめられた。

 もう、このままでもいいかな……

 と思っていたら、背後から殺気が?!


「それぐらいにしておいたらどうかしら? 話が進まないわ……」


 隠れていたリーチェが姿を見せてそう言った。


「あら? こちらのお嬢さんはどなたかしら?」


「お初にお目にかかります。私はフェアリープリンセスのリーチェ。以後お見知り置きを」


 リーチェは、両手でドレスの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて礼をする。


 それを見て母様が目を見開く。


「まあまあ! ルシエルちゃんが彼女を連れてくるなんて……リーチェちゃん、私のことはお義母さんと呼んでいいですからね?」


「え?」


「へっ?」


 そんなことを言われたリーチェと僕は、顔を赤くして戸惑う。

 てっきりフェアリープリンセスだから驚いたんだと思ったんだけど……


「だろう? ルシエルもやるときはやるんだぞ?」


「そうですね。リーチェお嬢様はもう我が家の家族のようなものですしね」


 母様に便乗するかのようにアレスおじさんとバロンがそう言った。


「っ!」


 この空気に耐えられなくなったのか、リーチェは僕をキッと睨んで姿を隠す。

 これはあとでフォローしとかないと……


「みんなそれぐらいにしてよ。リーチェは恥ずかしがり屋なんだ」


「うふふ。ごめんなさいね。リーチェちゃんが可愛くてつい。……でも、本当にお嫁さんになってもいいのよ?」


「すまんな。こういうのを見たらつい後押ししたくなるんだ」


「私もです。戯れが過ぎましたね。あとでリーチェお嬢様に謝っておかねば……」


 リーチェは隠れているけど、近くにいる気がするな。

 テイムモンスターだからか、そういうのがなんとなくわかる。


「じゃあ、まずはお風呂に入りましょうか。ルシエルちゃん、服がボロボロよ? よっぽど移動中は大変だったのね……」


 ごめん母様。

 ボロボロなのは、僕がリーチェに余計なことを言ったからです……


 その後、僕は浴場へと移動した。

 他の人達は客間で寛いでいる。

 アレスおじさん達も後で入るから、僕が最初に入ってくれとのこと。


 僕は浴場に入る。

 浴場は、小さな銭湯のような感じだった。

 左側の壁にシャワーがあって、右側に大きな浴槽が1つあった。

 浴槽の手前には、かけ湯がある。


 僕はかけ湯で体の汚れを落とした後にシャワーへと向かう。

 シャワーは魔力で起動するもので、持ち手の部分に魔力を流すとお湯が出てくる。


 まずは髪を洗う。

 ある程度、髪を濡らしたあとに石鹸で髪を泡立てる。


 昔からだが、髪を洗う時はどうしても目を開けられない。

 僕が下手くそなのか、石鹸がよく目に入ってしまう。


 そうやって髪を洗っていると、ガラガラと浴場の扉が開く音がした。


 アレスおじさんかな?


 ペタペタと足音が近付いてくる。

 その足音は僕の真後ろで止まった。


「アレスおじさん? どうしたの?」


 僕が目を閉じたままそう問いかけると、何やら柔らかいものに全身を包みこまれた。

 僕の背中にしっとりとした柔らかいものが2つ。

 むにゅうと形を変えるのが伝わってくる。

 そこから、さらさらとした細い腕が僕を抱きしめた。

 肌が触れ合っている部分からは、柔らかさと暖かさを感じる。

 ふと母様のいい匂いがしてきた。


「もしかして、母様ですかっ?!」


「うふふ。ばれちゃった? ……ルシエルちゃん、会いたかったわ。……本当に」


 母様はそう言って僕を強く抱きしめた。


「母様、僕もです……」


 母様にやっと会えたと思ったら、急に涙が出そうになる。

 僕はそれ誤魔化すように話を続ける。


「そ、そういえば、母様に話したいことがいっぱいあったんです」


「なあに? ルシエルちゃんのことお母さんに教えて?」


 そこから僕は、母様と離れてからのことを沢山話した。

 話したいことがどんどん出てくる。

 母様はそれを黙って聞いてくれた。


 父様が死んだときは悲しかったけど、今は元気に過ごせていること。

 バロンやアレスおじさんと一緒に遊んだこと。

 父様から貰った槍で、おじさん達やお爺様と特訓していたこと。

 祝福の儀で前世の記憶とテイマーの力を得て、ドラゴンテイマーになったこと。

 フェアリープリンセスのリーチェという大切な仲間がいること。

 それから、この国を離れて竜王国ドラグヘイムに行くこと。


 ドラグヘイムのことを言うと、母様が抱きしめる力が強くなった。


「ドラグヘイムなんて危ないわ! お義父様に言われたの?! 私が言ってあげるから、ここで一緒に暮らしましょう? ね?」


 僕も母様と一緒に暮らしたいとも思う。

 でも……


「ごめん母様……お爺様に言われたのもあるけど、僕自身のためにも行きたいんだ」


 僕は、ドラゴンテイマーとしてやりたいことを母様に告げた。

 ドラゴン系統のテイムモンスターが欲しいこと。

 ドラゴンテイマーとして強くなりたいこと。

 テイマーが嫌われていいると聞いて悲しかったこと。

 テイマーの信用を取り戻したいこと。

 そして、父様みたいな人々を守れるドラゴンテイマーになりたいんだということ。


「そっか……ルシエルちゃんお父さんみたいになりたいのね。……ルシエルちゃん、泣くの我慢してるでしょ? 目を閉じて誤魔化してるけどバレバレよ? 別に泣いてもいいのよ?」


 母様は震えた声でそう言った。

 そう言っている母様が泣いてるじゃないか…


「ねえルシエルちゃん……1つだけ約束して頂戴」


「うん」


「……お母さんよりも長生きしてね? じゃないと、お母さんはもう耐えられないの。お父さんもいなくなって、ルシエルちゃんまでいなくなったら、お母さんはもう……」


 母様……


「約束するよ。絶対に帰ってくるから……母様よりも長生きするから、母様も長生きしてね……」


 僕は母様の方を向いて抱き返す。


 しばらく僕と母様のすすり泣く声が浴槽に響くのだった。


▽▽▽


「じゃあ行きましょうか! お母さんもしばらくドラグヘイムで暮らしますからね!」


 翌朝、食堂に集まったみんなに母様がそう告げた。


「え? 昨日のお別れみたいなやり取りは?」


「あの後、悲しくて眠れなかったから、色々考えたてたの。……それで、やっぱりルシエルちゃんと離れたくないってことがわかったのよ」


 母様と一緒にいられるのは嬉しいけど、母親同伴でダンジョン攻略っていうのもちょっぴり恥ずかしい。

 僕もできるなら母様と一緒に暮らしたいところだけど……

 チラッとアレスおじさんを見る。


 慌てたアレスおじさんが、母様の説得を試みる。


「いや、そうは言ってもな? ある程度まではサポートするとして、1人で修行したほうがルシエルの今後のためになると思うんだ。ラスティナ嬢だって仕事があるだろ?」


「今の私は無職です。それに暖かい家庭を用意して、ルシエルちゃんを応援してあげた方が、修行の効率が上がるはずです」


 アレスおじさんが困ったといったような顔をしてバロンを見る。

 それに気付いたバロンが、母様の説得を試みる。


「ラスティナ様。暖かい家庭なら私がご用意いたします。ですので、ここはどうか私に任せていただけませんか?」


「でも、バロンはリーチェちゃんのお世話をすることができないでしょう? お風呂や着替えとか」


「ぐっ。確かにその通りでございます。ですが、あちらでメイドを雇う予定ですので問題ないかと……」


 バロンが苦い顔をしてそう返した。

 この切り返しには、アレスおじさんもいいねと言った感じで、アイコンタクトを送っていた。


「知らないメイドさんよりは、ルシエルちゃんのお母さんである私の方が、気が楽でいいと思うわ。ねっ? リーチェちゃん?」


 母様がリーチェを会話に引き込もうとする。


「そうね。お義母様の方が気が楽ね」


 リーチェは母様サイドのようだ。


 あと、リーチェは母様のことを()()()()と呼ぶようになった。

 なぜなら、昨日の夜に母様に捕まってしまって、お義母様と呼んでくれるまで寝かせてもらえなかったからだ。

 さすがのリーチェも母様には手が出せないようだった。


「くっ。リーチェお嬢様を味方につけていたとは……私の負けのようですね」


 このあとしばらくアレスおじさんが説得を続けていたが……


「ルシエルちゃんと一緒に暮らすことを許してくれないなら、私は魔導船を出しません!」


 そう言われると、アレスおじさんも折れるしかなかった。


 ……こうして、ドラグヘイムでは母様と一緒に暮らすことが決まったのであった。


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