関所を抜けた先に
お爺様の屋敷を出て3日が経過した。
町に着いたら一泊して、起きたらまた次の町へと向かうというのを3回だ。
その間は特に問題が起こることもなく、平和なお尻強化期間となった。
道中で何かあったとすれば、巡回中の兵士達とすれ違って少し話した程度だ。
この巡回している兵士達のおかげで、道中の治安が維持されている。
ただ、領地の端の方まで手が回っていないため、その辺りは魔物や盗賊が出やすいらしい。
それと、町の方も特に何もなかった。
この3日間、慣れない乗馬での疲労で、宿屋に着いたらご飯を食べて寝るだけだったからだ。
乗馬の疲労も徐々にマシになってきているので、そのうちどこかに出かけたいと思っている。
今、僕たちはクリステーレ領とシルフェイユ領の境目にある関所へと到着したところだ。
普通に馬車した場合ここまで6日ほどかかるらしいが、飛ばしてきたおかげで4日目の朝に到着することができた。
その分、僕のお尻が大ダメージを負うことになったけど……
僕は関所を眺める。
関所といっても、砦と関所が一体となっている建物みたいだ。
アレスおじさんによると、砦の中は少しずつ町のように発展してきているらしい。
僕達は今、その中を通るために並んでいるところだ。
僕たちの他にも、ぽつぽつと並んだ冒険者達や護衛を連れ添った商人の馬車、騎士に守られている豪華そうな馬車なども見かける。
検問のためにそれらの人達がずらっと並んでいた。
僕たちは馬2匹にちょっとした荷物だけなのでそんなに時間がかかることはないが、馬車を何台も引いている商人達の場合だと、かなりの時間がかかってしまうようだ。
「……アレスおじさん。まだまだ時間がかかりそうだね」
待ち時間が暇だった僕は、馬を引くアレスおじさんに話しかける。
「そうだな。この列を見るにまだ結構時間がかかりそうだ」
そう話していると、先頭の方まで様子を見に行っていたバロンが戻ってきた。
「アレス様、坊ちゃん。ただいま戻りました。どうも早朝に魔物が出てきた影響で、検問が遅延していたようです。現状の検問のペースだと昼頃には中に入れると思います」
「なるほど。助かったバロン。じゃあ検問を抜けた後に飯食ってから次の町に行こう」
僕は頷いておく。
でも、魔物が出たのか……
一体何の魔物が出たんだろう?
「ねえバロン。どんな魔物が出たかわかる?」
「申し訳ありません。魔物としか聞いていませんね。確かこの辺りだと、コボルトやウルフが出たはずですが……」
バロンがそう言うと、アレスおじさんが補足を加える。
「そういや、この辺のウルフの動きに統率性が出てきたから、ウルフのリーダーとなる魔物が出たんじゃないかって報告書を見たな……これについては父上が何かしらの対応をしていたはずだし、そう大事にはならないはずだが……」
「そうなんだ……」
そうやって僕達が話していると、後ろからなにやら騒がしい声が聞こえてきた。
「何だお前! やるってのか?」
「あぁ? かかってこいよ! 口だけでその剣は飾りか?」
そちらを振り向くと、2人の冒険者がにらみ合い、武器に手を掛けていた。
このままだとお互いに切りかかりそうなヤバそうな雰囲気だ。
周りにいた人達は、慌てて離れていく。
「こりゃまずいな! 行ってくる!」
そういってアレスおじさんが駆け出した。
「野郎! ぶっ殺してやる!」
そして、2人の冒険者が武器を抜いた瞬間、アレスおじさんがその間に入る。
「おい! お前ら武器を仕舞え! こんなところで騒ぎを起こして迷惑だと思わんのか!」
そう言ったアレスおじさんに2人の冒険者は苛立ちを募らせた。
「なんだお前は? どこの騎士だかは知らんが邪魔だ! 引っ込んでろ!」
「そうだ! さっさと貴族様の護衛にでも戻ってな!」
2人の冒険者がそう言うと、周囲の人達からは驚きの声があがる。
「あの冒険者達、Cランクって言ってたけど、あの騎士大丈夫か?」
「いや、待て。あれってアレス様じゃないか……?」
「ほんとだ……」
「あいつらなんて人に喧嘩を売ってんだよ。馬鹿か?」
「おいおい、死んだわあいつら」
だが、頭に血が上っている冒険者2人は、周囲の声に気付くことはない。
そして、ついに片方の冒険者が手を出してしまう。
「もういい。おっさん! しばらく気絶しててもらうぜ?!」
その冒険者は、手に持つ剣の腹をアレスおじさんへと叩きつける。
冒険者はアレスおじさんの頭を狙った。
剣は確実に頭に当たる。今から背中の槍を抜いても間に合うはずがない。
冒険者は防ぎようがないと判断した。
(わざわざ部外者が出しゃばってくるからこうなるんだよ……!)
だが、次の瞬間、冒険者の考えは裏切られた。
「武器も持たないものに切りかかるのはどうかと思うぞ?」
そのアレスおじさんは、剣の腹に手のひらを添えるようにして、勢いを完全に殺していた。
冒険者は目を見開いて驚愕する。
「なっ?! 騎士が素手でだと?」
(全然見えなかったぞ? こいつ何者だ?)
「現行犯だ。眠っててもらうぞ」
アレスおじさんは軽く握った拳で、冒険者の顎を打ち抜いて意識を飛ばした。
崩れ落ちた冒険者を横目に、そのままもう片方の冒険者に目を向ける。
「そっちはどうする?」
「くそっ! やってやらあっ!」
もう片方の冒険者は、無手の者に武器を振るうのをためらったのか、剣を鞘に戻してから殴り掛かった。
だが、さっきの冒険者と同様に一瞬で気絶させられてしまうのであった。
「な、何事ですか?! どいてください!」
騒動が収まった後、関所から衛兵がやってくる。
「そこの騎士の方! なにがあったのか説明して……ってアレス様!? 失礼しました!」
その衛兵は慌てて頭を下げる。
「ああ、気にするな。そこの2人の冒険者が喧嘩をしててな。切り合いに発展しそうだったので止めておいた。後は頼むぞ」
「はっ! ありがとうございます! 騒ぎが大きくならなくて助かりました……」
そのままアレスおじさんはこっちに戻ってくる。
「アレスおじさん凄いや! あの冒険者の人達って結構強そうだったのに……」
僕がそう言うと、アレスおじさんは照れたように頭を掻く。
「そうか? あの冒険者達は俺の騎士団の下っ端ぐらいだったぞ?」
アレスおじさんって自分の騎士団持ってるんだ……
その後、僕はアレスおじさんに冒険者や騎士団のことを聞いて、検問の待ち時間を潰すのであった。
▽▽▽
あれから、衛兵の人に感謝されながら関所を抜けた僕達は、昼食を食べた後にまた馬を走らせていた。
「ん?」
ふと、アレスおじさんが馬を止める。
「アレスおじさん。急にどうしたの?」
「いや、何か声が聞こえたと思ったんだが……」
バロンも馬を横に止め、右手にある林に顔を向ける。
「この林の先でしょうか? 私も聞こえてきました」
僕たちはその方向を見て、耳を澄ませる。
風で木々の葉がこすれる音と鳥のさえずりが聞こえるだけだ。
声なんて特に聞こえないように感じるけど……
『その林の先にある山の中にコボルトの集落があったわよ』
「わっ!」
急に聞こえた声に驚いた僕は、つい声をあげてしまう。
今の声は間違いなくリーチェだ。
「どうした!?」
「坊ちゃん?」
2人が僕の方に振り向く。
「え、えっと。その……」
なんて言えばいいんだ……
僕は頭をフル回転させて言い訳を考える。
「も、もし助けを求めている人だったら、声に反応してくれるかなあって……思ってみたりして」
ふと思いついたそれっぽいことを口にすると、アレスおじさんが納得したように頷いた。
「なるほどな。良い考えだ。でも、相手がモンスターや盗賊ならこっちの位置を知らせるようなものだからな! 大きな声を出すときは注意するんだぞ?」
ごもっともでございます……!
「はい。わかりました……」
「念のため、俺が見てこよう。誰かが助けを求めていたなら一大事だ。バロン、ルシエルを頼むぞ」
「かしこまりました」
アレスおじさんは、馬から降りて背中の槍一本で林の中へと入っていく。
(もしもし、リーチェ? これ聞こえてる?)
僕は脳内でリーチェに電話するような感じをイメージする。
……反応がない。
(リーチェ? 聞こえてない? ……前から思ってたんだけど、リーチェって意外とおっぱいあるんだね。少しだけど柔らかったよ)
『死にたいのかしら?』
(うわっ! ごめんなさい! ……って聞こえてるんじゃないか!)
『今魔法で聞こえるようにしたら、ちょうど聞こえてきたのよ』
(あれ? こんな念話するような魔法ってあったっけ?)
『これは、妖精魔法スキルの魔法で私の声をあなたへと送り、王女の風格スキルの力であなたの考えを読み取ることで、疑似的に念話を実現しているのよ。……考えを読み取るといっても、私に伝えたいと思っていることしか読み取れないけど』
リーチェのスキルでごり押してるんだな……
『妖精魔法』
妖精系統の魔物のみが使えるスキルで、主にいたずらや驚かすことに特化した魔法が揃っている。
『王女の風格』
味方を強化して統率したり、敵を弱体化させるスキルだ。
リーチェが持ってるスキルの中で、一番リーチェにぴったりなスキルだと思うよ……
また、時間が取れた時にステータスを詳しく見せてもらおう。
僕のメニューからだとリーチェのスキルは確認できないし。
(さすがだねリーチェ! 助かるよ! ……それでお願いしたいことがあるんだけどいいかな?)
『コボルトの集落に通じる洞穴まで、おじさんを誘導したらいいのかしら?』
(よくわかったね。お願いしていい?)
『ええ。じゃあ行ってくるわね。……あと、さっき件については後で覚えておきなさいよ』
最後にボソッと何か聞こえたような気がしたが、僕は何も聞こえなかったことにした。