獅子の牙
漆黒の闇の中、慌ただしく魔王軍は動いていた。正確には、獣勇士が動いていた。中でも獣士長ヴォルグの上官にあたるファングはイラついていた。
「落ち着けファング。ヴォルグも油断していたんだろう。次はうちの… 」
「いやブルコーン、俺が行く。獅子の牙にかけて勇者一行を倒す。ティグレ、シャルク、行くぞっ! 」
獅子頭の獣勇士は牛頭の獣勇士にそう言うと、虎頭と鮫頭の獣士長を引き連れて出て行った。
アイン一行は順調に旅を続けていた。アインの腕も上がり、リヴィエラの補助もあって魔物狩りの報償金は順調に稼げていた。アルカの踊りはいつも通りの大盛況。シオンは多才で口も逹つ。ステラもマスコットとして、いい働きをしている。普通に生活するには充分な稼ぎだ。だが、誰もやるべき事は忘れていない。
「アイン、今日も獣人だけ? 」
「うん、獣士とか獣勇士とかは出なかったよ。」
アルカの質問にアインの回答は、いつも通りだった。その事に不安を覚えてもいた。
「シオン、どう思う? 」
「そろそろだよ。」
アルカの問いにシオンは即答した。
「恐らく最初に来るのは黄金の獅子王ファングか黒き猛牛王ブルコーン。性格からしてファングでしょうね。」
「シオンも獣勇士と? 」
「も? 」
「あ、いや、何でもない。」
慌ててアルカは自分の言葉を打ち消した。シオンも深くは聞こうとしなかった。
「ファングの戦略はいつも一網打尽、後に禍根を残さないようにらしい。アインとリヴィエラだけだったから出て来なかったのだろう。」
シオンの言葉にアルカも考えた。
「それじゃバラバラに行動すれば狙われない? 」
「白頭の翼王ビークなら各個撃破に来る。リスクが高い。」
「どこまで奴らの組織を? ていうか何処でそれを? 」
だがシオンは聞こえていないかのように立ち上がった。アルカもお互い様とばかりに深くは聞かなかった。
「それで次はどうするの? 」
「そろそろアインの剣を手に入れよう。アルカのグラブとリヴィエラの銃も。今の装備の威力では、魔王までたどり着けないだろう。」
そう言うシオンにアインが歩み寄る。
「獣勇士に今の剣で通用しますか? 」
アインの質問にシオンは少し考えた。
「剣技は通用する。だが、その剣では文字通り刃が立たないかもしれない。」
その言葉にアインは笑顔を見せた。
「ありがとうございます。剣技は通用すると聞いて安心しました。」
アインの後ろ姿を見てシオンは笑みを浮かべた。
「次の目的地までに奴らに襲われる覚悟は出来ているようですね。出立するとしましょう。」
アイン一行は街を後にした。住民から… 特に年配男性からアルカが惜しまれながら。
「ティグレ、あの人数にこの戦力が必要だと思うか? 」
シャルクは眼前の大部隊に疑問を呈した。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、って奴だ。実際に兎を狩るライオンってのは見た事無いがな。」
そう言ってティグレは自分の部隊の指揮に戻って行った。
「シャルク獣士長っ。奴らが動き出しました。」
部下の中でも言葉を解する兵から報告が入った。
「野郎どもっ! 出撃だっ! 」
「ティグレ獣士長には? 」
「手柄を分けてやる必要はねぇっ! 勇者の首を手土産に俺が獣勇士に出世するっ! 掛かれっ! 」
「へいっ! 」
だが、シャルク隊の抜け駆けをティグレが許すハズもなかった。
「思った通りだ。お前ら、遅れをとるなっ! 」
そんな様子をファングは満足そうに眺めていた。
「やれやれっ! どっちが首を取ろうが、手柄は俺様のものだっ! 」
逃げも隠れもせず、正面から仕掛けて来るというのは対応策が立てやすかった。
「あたしの銃じゃ無理だよ? 」
リヴィエラの銃はドラムマガジンを付けても数百発、しかも今の銃では一撃必殺とはいかない。
「足止めは私がやるから、正面の敵はアルカとアインにお願いします。後方はリヴィエラ、頼みます。」
シオンの言葉に三人は無言で頷くと持ち場へ散った。アルカの体術は、いつも通りのキレを見せ、アインの剣術は格段に進歩していた。
「小娘がっ! このティグレが噛み殺してくれるっ! 」
「ならば勇者の相手は、このシャルクがしてやろう。」
もはや、どちらが勇者の首を獲るといった状況ではなかった。圧倒的な戦力差を覆され、立場も後もない。アルカはヴォルグという獣士長と戦った事があるが、アインは初めてだ。しかも、ヴォルグを倒した時もリヴィエラの助けを借りている。そんなアルカの危惧を余所にアインはシャルクに挑んでいった。勝負は一瞬でついていた。
「バ… バカな… 」
「陸に上がったのが敗因ですよ。」
水中線であれば確かにシャルクにも勝機は在ったかもしれない。しかし、もはや再戦する事はない。
「よくもシャルクをっ! 」
ティグレには怒りと恐れが同時に浮かんでいた。
さて次回も引き続きファング戦!