賢者の退屈
アルカ:主人公。修道女。僧兵モンクで踊り子。
アイン:神託で勇者になったという少年。
シオン:アインにアルカを訪ねるよう勧めた賢者
ステラ:シオンを「とと様」と呼び、共に旅をする訳ありの幼女
「一番星見ぃ~っけ!」
不意なステラの声に一同は空を見上げた。
「この辺りの時季は日が沈むのが早いようですね。外は危ないですから峠の小屋まで移動しましょう。」
もともと、アルカとアインは峠に行く予定だったので異論はなかった。明かりを灯せば魔物に気づかれる。出来れば明るいうちに小屋へ着きたい。シオンはステラを抱き抱えると早足に歩を進めた。
「そんな格好で子供抱えて、よくそのスピードで歩けるねぇ。」
アルカは感心していた。賢者の格好は引き摺りそうな丈の法衣だった。それでステラを抱えた状態でアルカやアインと同じか、それより速く歩いているのである。
「こんなの慣れですよ。」
小屋に着くとシオンは早速結界を張った。
「急がない時は詠唱破棄しないんじゃなかったのかい?」
「あなた方からは金貨一枚、頂けそうにありませんから。」
多少アルカの持ち合わせはあったが、シオンに払う余裕はない。
「さて、ステラとの関係でしたね。」
「とと様はステラのとと様れすっ!」
さっきまで笑顔だったステラが今にも泣きそうな顔をしていた。
「…そっか、いいとと様だね。」
「はいっ!」
何かを悟ったようにアルカが話しかけると、ステラは元の笑顔で元気に返事をした。ただ、アインには状況が飲み込めていないようだったが。だが、それに構わずシオンは話しを進めた。
「彼にアルカさんを訪ねるように言ったのは彼が勇者に選ばれたから。アルカさんにはそれで理由は充分だろ?」
アルカはうつ向き加減で頷いた。掘り下げて質問をすれば墓穴を掘ると判っていた。
「あと旅の理由は退屈しのぎかな。」
「退屈しのぎ?」
魔物がうろつく中、ステラのような幼女を連れて旅をする理由が退屈しのぎとは、にわかに信じ難かった。
「君の所へ行くように言った手前、彼が心配で追っては来たけど、無事にたどり着いたようだしね。」
確かにたどり着きはした。だが無事にとは言い難い。町にたどり着いた時は傷だらけだったし、猪頭の獣人との戦いで剣は折れ、熊頭との戦いではシオンがいなければ生き延びられたかも怪しい。それに今は魔王を追うどころか魔物に追われる身である。
「さてと、今度はこちらから質問だ。これからどうするんだい?」
「強くなって魔王を倒しますっ!」
アインは即答した。
「どうやって強くなる?」
予想していなかった質問に今度は答えに詰まった。
「そこで提案なんだが、私たちも同行させて貰えないだろうか?」
さらなる予想外の提案にアインは困ってしまった。
「その理由は?」
見かねたアルカが割って入った。
「だから、退屈しのぎだよ。勇者としての素養は見せて貰った。実力はまだまだだけど、可能性は感じたよ。それに治癒魔法が使える人間が居るっていうのは、君たちにも悪い話しじゃないだろう?」
確かにシオンがいれば薬代の心配は減るだろう。
「けど、ステラちゃんが…」
「大丈夫、とと様が守ってくれまふ」
危険だと言おうとしたアインをステラ自身が遮った。
「…アインの魔物退治だけじゃ四人は食べていけない。あたしの踊り子の稼ぎも踊らせてくれる場所がなけりゃ一文にもなりゃしない。」
「いや、お金の心配なら無用です。私たちの分はこちらで賄いますから。」
こうなると余り断る理由がない。あるとすれば退屈しのぎという理由にアルカが納得していない事くらいだ。
「あんたの結界範囲は?」
「その質問は同行に同意して貰ったと捉えていいのかな?」
アルカはアインと顔を見合せてから頷いた。
「あたし達は魔物に追われる身だ。訪れた街を嗅ぎ付けられて迷惑をかける訳にはいかないんでね。」
「その心配も無用ですよ。王都くらいなら覆えますから。」
しれっとしたシオンの答えにアルカは苦笑した。
「なんだがレベルが違うねぇ。治癒魔法と小屋一つ分の結界しか見てないけど、嘘がない事を祈るよ。」
「とと様は嘘なんか吐きませんっ!」
今にも食って掛かりそうなステラをシオンはなだめていた。
「それで、どうしたら強くなれるんですか?」
アインにどうやって強くなるか質問してのシオンの同行の提案だ。アインの質問も無理はない。
「まずは龍気を高めて全身を覆えるようにする事だ。」
「龍気?」
耳慣れない言葉にアインは首を傾げた。
「君の放つ黄金の気を私の学んだ宗派ではそう呼んでいる。君も王宮の騎士のような鎧を持って歩いたり着て歩くつもりじゃないだろう?だけど、獣人との戦いで判ったと思うが防御力がまるで紙だ。あれでは命がいくつあっても足りない。いくら賢者でも死人を生き返らせるような都合のいい魔法はないからね。」
つまり自分の龍気で鎧を作れるようにしておけというのだ。
「とりあえず、旅を続けながら修練を積むんだ。」
「それで?」
アルカが口を挟んだ。
「それはこっちの予定通りなの。防御固めても攻撃が通らなきゃ魔王は倒せないよ?」
いかに龍気を高めてもアインの剣技がこのままでは通用しないだろう。
「ワセッタへ向かう。」
「何かあてでもあるのかい?」
「まぁね。」
シオンは含みのある笑みを浮かべていた。
さて次回はシチュエーションを2パターンで迷ってますが、ワセッタへ向かう途中のお話