勇者の一撃
アルカ:主人公。修道女。僧兵モンクで踊り子。訪ねて来たアインと旅立つ事になった。
アイン:神託で勇者になったという少年。
「アルカちゃん、逃げろっ!大型の獣人が近づいてる」
知らせに来てくれたのは酒場のマスターだった。
「大型?」
どうやらアインはまだ、大型の獣人に出くわした事がないようだった。もし出くわしていたら、この町にたどり着けたかどうか。
「この間の猪頭じゃなくて熊頭。スピードは、そんなに変わらないけどパワーは段違いなんだ。でもマスターたちは?」
「奴等の狙いはその小僧みたいだからな。小僧にはアルカちゃんがついてりゃ大丈夫だろ?それに町ごと守るよりは小僧一人守る方がマシだろうしな。」
アルカは頷くとアインの腕を掴んだ。
「町の裏から逃げるよ。あんたの特訓は旅しながらやるからねっ!」
だが、アインはアルカの手を振り払った。
「ダメです。裏から逃げたりしたら町中暴れて探すかもしれないじゃないですかっ!僕は奴等の目につくように逃げますから、町の先にある峠で落ち合いましょう。」
それだけ言うとアインは飛び出して行った。
「あの小僧、何だって知り合いすら居ない町のために、囮なんかに…」
首をひねるマスターのの肩に手をかけるとアルカは苦笑した。
「そりゃ、あいつも勇者だからね。」
「アルカちゃん、なんか嬉しそうだな?」
少し考えてからアルカは微笑んだ。
「ちょっとだけね。マスターも気をつけてね。」
そう言うとアルカは峠には向かわずアインの後を追った。
アルカの言っていたとおり、熊頭のスピードは猪突猛進の猪頭に負けていなかった。むしろ動物同様、熊頭の方がやや速いか。人間の足では簡単に追いつかれてしまった。
「さすがに逃げきれないか…。」
「これだけ町から引き離せたら上出来だよっ!」
声の主がアルカである事はすぐに判った。ただ、アインに向き直っている余裕はなかった。
「あたしが惹き付けてる間に木刀に意識集中させなっ!出来なきゃ二人とも、お陀仏だからねっ!」
「そっ、そんなぁ。」
泣き言を聞いている暇はないとばかりにアルカは熊頭に鋭い蹴りを一撃加えると間をとった。猪頭と違って一気に仕留められる相手ではない。弱らせるためにヒット&ウェイという奴である。逆に大きなダメージは与えられてはいない。
「スピードもパワーもあって頑丈ってんだからたちが悪いよ。」
アルカも無駄に喋っているのではない。出来るだけ熊頭の注意を惹き付けているのだ。そして徐々にではあるが、アインの木刀が金色に輝き始めていた。
「焦んじゃないよっ!その程度じゃ傷は負わせられても倒せない。…にしても、金色とは神託ってのもバカに出来ないもんだね。」
アインに標的を定めようとするとアルカが一撃を加える。だが頭の形は熊でも熊頭は熊ではない。徐々にアルカの攻撃に慣れてきた。
「くっ!」
ついに熊頭の爪がアルカを捉えた。
「アルカっ!」
飛び出したアインは熊頭の攻撃をまともに食らってしまった。
「アインっ!」
熊頭がアインを追わないよう一撃を加えるが力が入らない。
「とと様ぁ」
「しょうがないなぁ…」
草陰から白い光が飛ぶとアインを包み込んだ。
「アルカーっ!」
立ち上がったアインの一降りが熊頭のアルカへの二擊目を防ぎ、そのまま熊頭を倒していた。
「ふぅ…アルカ…ねぇ?」
咄嗟の事ではあったがアルカは呼び捨てにされたのを聞き逃してはいなかった。
「え?あ、すいません。」
思わず頭を下げたアインを見てアルカは苦笑いした。
「いいよ。そんなに歳が違う訳じゃなし、命の恩人だしね。」
「いっ、いえ。この間は助けて頂いてますし。」
「だからよ。これから、あんたとあたしは助け合っていくんだから、対等って事。」
「ア…アルカ、傷の手当てしないと。」
「慌ててあんた追って来たから薬草も傷薬も忘れてきちまった。町に戻るのも危険だし…。そこのお二人さん、頼めるかな?」
「えっ?」
どうやらアインは自分を助けてくれた光に気がついていないようだった。
「はいはい。天と地の狭間に流れる癒しの風よ、かの者の傷を治したまえ。」
アインの傷を治した時と同じ光がアルカの傷を綺麗に治してしまった。
「あれ?もしかして…」
草陰から出て来た青年と幼女の姿を見てアインは驚いていた。
「なんだい、アイン、知り合いかい?」
「村で僕にアルカさんに会いに行くよう言ったの、この人です。」
それを聞いてアルカは疑わしそうに二人を見た。親子にも兄妹にも見えるような見えないような微妙な二人。魔物がうろつく中を幼女を連れて旅をするなんて余程の事情があるのだろうか。
「何で勿体つけて詠唱した?その娘との関係は?旅の理由は?何でアインにあたしに会えと?」
矢継ぎ早の質問に青年は苦笑した。
「いっぺんに聞いたら、とと様が困ゆれしょっ!」
青年は口を尖らせる幼女の頭を優しく撫でた。
「いいよ、ステラ。私はシオン。一応、賢者なんてものをやっている。」
「賢者っ?!」
声を挙げたのはアルカだ。修道女のアルカからすれば上級職の一つである。
「なら尚更、何で詠唱を?」
確かにアインの時には詠唱せずに治癒魔法をかけていた。
「最近、軽度の治癒魔法って軽視されていると思わないか?修道士なら使うのに修練が必要なのは判るだろ?」
それにはアルカも激しく同意した。何しろ、未だに治癒魔法を使えないのだから。
「だから急ぐ状況でなければ詠唱を破棄せず、治療に訪れた人々にも聞こえるようにしています。大自然への感謝を忘れないように。」
「その方が、みんないっぱい払ってくえゆしね。」
シオンが咳払いをするとステラは頭を掻きながら舌を出した。一部の人々が自分たちが依頼しておいても詠唱されない軽度の魔法の代金を踏み倒すというのは聞いていた。賢者や修道士とて霞を食べている訳ではない。かといって仕事柄、依頼者を懲らしめるという訳にもいかなかった。
さて次回は賢者シオンの話の続きから。