はじめて行った娼館は普通ではなかった
あんまりこういった話は見たことないかなぁと思ってつい書いてしまった話。
思いついて、そのまま書き進めてしまったのでところどころムラがあると思いますが、そこは生暖かい目で見てやってください。
「良いところに連れて行ってやる」
学園卒業後に所属することが決まっている騎士団のお偉いさんに、そう言われて連れてこられたのは、高級そうな館。
中にいたのは上品なスーツを着た男と、自分とそう年が離れていないであろう少年たち。ただ、少年たちの着ている服が少し…というかだいぶ変わっていた。
上質な布であることは間違いないのだが、素肌の上に上着を羽織っているだけの状態で、肌の露出がかなり多い。下も、東の方にある和道の国の『袴』というものに似たもので、ものすごくゆったりとしている。隙間から肌が見えているのだが…いいのだろうか?
「では、ご案内させていただきます」
そう言って案内されたのは、奥まった部屋。その部屋一つだけでも、結構大きい。学園の寮の部屋3つ分はあるんじゃないだろうか?
それでいて、部屋にある調度品は贅沢すぎず、かつ品の良さが現れている。気のせいでなければ、王室御用達の店の紋章が刻まれている気がするのだが…。
今座っているソファだって、柔らかすぎず固すぎず、絶妙な座り心地である。
「あの、ここはいったい……?」
「ああ、もうすぐわかるさ」
案内してくれた少年が部屋を出たあと、俺はここがどこなのか聞くが、はぐらかされるだけだった。
「お待たせいたしました。リシュト様。ご用意ができましたので、案内させていただきます」
「ああ、頼む。それと、こいつはこういった場所が初めてなんでな、説明とかもろもろ一緒に頼む」
部屋に入ってきたのは二人の少年。自分と同じくらいの少年と、この国では珍しい黒目黒髪の年下そうな少年の二人だ。年下の方の少年を見てると、故郷の弟を思い出してしまいそうになる。
そして、俺を連れてきた人の名前が違うのだが、どういう事だ?
「かしこまりました。精いっぱい務めさせていただきます」
年下の少年がそう言うと、年上の方の少年がお偉いさんを伴って部屋を出て行った。
「あの、ここっていったいどういうところなの?」
少年にそう問いかけると、彼はちょっと困ったような顔をした。
「失礼ですが、リシュト様にはなんと言われて?」
「良いところに連れて行ってやるって言われたんだけど……?あと、リシュト様って言うのは一体…?」
少年は少しだけ言葉に詰まると、続けた。
「ここはいわゆる『色』を売る館なんです」
色?色と言われて、まず思い浮かんだのは画材。でも、どう見てもそう言った雰囲気ではない。
「あの、『色』と言っても、画材とかのことではなくですね。えっと、端的に言ってしまいますと…男女の営み、と言って伝わるでしょうか?」
男女の営み……。顔が熱くなるのがわかった。えっと、つまり、ここはそういう店ってこと!?
「はい。ここは私たちのような子供と、一時の戯れをするための館なんです」
彼はなんでもないように言うが、言っている内容は結構あれだ。それも、自分よりも年下の少年に言われているせいでかなりきつく感じる。
そして何より、俺を連れてきたあの人がさっきの少年と『そういう事』をしているのかと考えると、かなり怖い。
「あの、そこまで顔を赤くされると、こっちも恥ずかしくなってくるのですが…」
そう言う彼の顔も、少しだけ赤い。余計に恥ずかしくなってくる。
「えっと、帰ってもいい……のかな?」
「いえ。今帰られるのは得策ではないかと。後々面倒なことになりますよ?貴方も、あと私も」
「え?」
このいたたまれない空気から逃げ出そうと、ついこぼしてしまった言葉に、彼は不穏な言葉を返してきた。
「貴方を連れてこられたリシュト様はそれなりに上流階級の方です。今ここであなたが部屋を出て行かれますと、あの方の趣味に正面からケンカを売るようなものですから」
言われて気が付いた。たしかに、あの人自身は騎士だが、家は伯爵家である。
そして我が家はしがない騎士の家である。権力の差がある。下手に機嫌を損ねると、かなりまずい。卒業後の扱いにもかかわってくるかもしれない。
仮に、家の権力が同等であったとしても、面倒事になるのは間違いない。
「あと、自己保身で言わせていただきますと、貴方に気に入っていただけなかったということで私に非がある。ひいては店に非があるとされてしまいます」
面倒極まりないでしょう?彼はそう締めくくった。
たしかにその通りだ。ものすごく面倒くさいことになる。
「ですから、お互い面倒事を回避するためにも、少しの間おつきあいくださいな」
彼はそう言うけれど、正直言って、彼と『そういったこと』をする気にはなれなかった。
彼の、自己保身を隠さない正直な部分は気に入ったけれど、弟と同じくらいの子を相手にすると思うと、ものすごく気が進まない。
「あの、私はそう言ったお客様はとっていませんので安心していただいて大丈夫ですよ?それに、取っていたとしても初めて来店される方をいきなり取って食うようなまねは致しませんので、安心してください」
俺のそんな考えが表情に出ていたのか、彼はそう言った。その言葉にちょっとだけ安心する。
「まあ、一息つきましょう。その後、ご説明します」
そう言って、彼は紅茶を入れてくれた。とてもおいしい紅茶だった。
「驚かれました?これでもそれなりに教育を受けているので、自身があるんです」
「こういう技術とかって、覚える必要あるの?」
「ええ。お客様をおもてなしするのに必要ですよ」
娼館で紅茶を入れる技術が必要なのだろうか?疑問が顔に出ていたのだろう。彼はまた困ったように笑うと説明してくれた。
「誤解されているようなのですが、娼館と一口で言ってもピンからキリまで御座います。ここはそれなりに高級な部類ですので、来館される方の身分も自然と高くなります。名前は言えませんが、ある商会の会頭、さるところにお勤めの補佐官様など、さまざまな方がいらっしゃいます」
それはなんとなくわかった。でも、それだけならばここでなくてもいいのではないだろうか?それこそ、普通の娼館とかでもいいのでは?
そう聞いてみると、彼は何でもない事のように答えた。
「それは簡単です。皆様の身分のせいです」
「どういう事?」
「ここに来られる方は皆様、身分や役職が高い方ばかりです」
「いや、それとこれとどういう関係が?」
「ハッキリと言ってしまいますと、ここでは子供ができないということです」
彼の答えに、思わず紅茶を吹き出すところだった。
「女性を相手にする普通の娼館ですと、どうしても子供が生まれる可能性が出てきてしまいます。いくら避妊策を取っても可能性が消えることはありませんから。むしろ、相手の方の身分によっては避妊策を偽る人も出てきます」
言われてみればその通りだ。少し前に愛人問題で大騒ぎになった貴族がいた。たしか、その貴族も娼婦に入れあげていたという話だ。
「貴族が娼婦をはらませたとなれば大スキャンダルです。貴族の方たちの大好きな噂の恰好な獲物になりますよ?そうなれば後始末どころか正妻の方やそのご実家との仲を修復するのが大変じゃありませんか」
たしかにその通りだ。その貴族も、いまだにもみ消しに走り回っているという。
「その他にも、一度でも関係を持ったのだから責任とって娶れなどと言われることもありませんし、傷物にして捨てたなどという悪評をばらまかれることもありません。
まあ、一部の女性からは敬遠されるかもしれませんが、そこまでは私共のあずかり知らぬことで御座います。というか、そこまでは責任が持てません」
言われてみればその通りなのだが、内容が内容なだけにあまり共感できない。というか、そういう趣味があるということだって今日初めて知ったのだ。
「あまり深く考えないほうがいいと思いますよ?衆道なる慣習も残っておりますし、騎士団ではそれほど珍しくない話だとか。確か、戦場の嗜み、でしたか?そう言ったものがあると聞いたことがございます」
それは初耳だ。そして知りたくなかったよ。
「高貴な方々にはそれなりのお悩みがあるようです。同性の愛人がいるということも、それほど珍しい話ではないと聞きます。まあ、滅多なことでは表沙汰にはならないと思いますが。似たような理由で、私共を買うご婦人もいらっしゃいますよ?」
いいのだろうか?貴族と接することはほとんどないだろうが、ものすごく不安になってくる情報だった。
というか、そこまであけすけに話して大丈夫なのか?いや、名前が出てないからいいのかもしれないけどさ。
「皆様思うことはあるようですが、どこの誰とも知れないものと関係を持たれるよりは、身元がはっきりしている者との遊びだと、割り切って見逃す方が多いようです。何が何でも受け入れない方もいらっしゃるそうですが、それは人それぞれですから」
彼はそう言って笑った。
「っと。話がそれてしまいましたね。そういったわけで、いらっしゃる方の身分が高くなる分だけ、接待する側も質を求められます」
なるほどとは思うが、やはり理解が追い付かない。別に教養がなくても、『そういう事』をしに来ている人には関係がないのではないだろうか?
「行為だけに価値を見る場合はその通りですが、当館は過ごす時間に価値を置いています。世間の面倒事から一時的に避難するための場所とでも申しますか、とにかく休息を取りたいという方が多いです。もちろん、そう言った遊びを求める方がいらっしゃることは否定いたししません。そういう趣味だと、堂々と言えないために隠れてこられる方もいらっしゃいます。そのため、ある程度は身バレしないように、皆様偽名を使われますよ」
なるほど、だからあの人はリシュトと呼ばれていたのか。
「そう言った理由から、ある程度の礼儀作法は身に着けます。言葉遣いは丁寧であれば大丈夫ですが、教養は徹底的に仕込まれます。読み書きはもちろん、簡単な算術。それから娯楽に関する知識や流行についてなどですね。これらは最低限ですので、その他にも希望があれば大体のことは学ぶことができます。紅茶の入れ方もそうですし、護身術を学ぶ者もおります」
たしかに護身術は必要かもしれない。まあ、ここに来る客の身分が身分なだけあって、早々滅多なことは起きないだろうが、用心しておくに越したことはないだろう。しかし、彼はあまり客を取らないようなことを言っていた気がするのだが、それでも学ぶ必要はあるのだろうか?
「たしかにあまり客はとりませんが、それはそう言った遊びをされる方です。今回のように話し相手になったり、案内などのお相手は致します。それに、普段は裏方と申しますか、あまり表では仕事をいたしませんので」
「普段はどういう仕事をしているの?」
「普段は館の手入れや、事務職員の手伝いなどです。と、紅茶が覚めてしまいましたね。入れなおしましょう。お茶請けもご用意いたしますが、何かご希望は御座いますか?」
せっかくの申し出なので、クッキーを用意してもらうことにした。
「お待たせいたしました。先ほどのお話の続きですが、館の手入れは主に浴室を管理しております」
浴室、つまり風呂がある?あれって結構高級な魔道具だったと思うのだが…。いや、ここの規模から考えればあってもおかしくはない……か?
「おどろかれましたか?ご希望でしたら後程ご案内いたします。浴室のみのご利用も受け付けておりますので、興味がおありでしたら後程係の者にお尋ねください。浴室のみのご利用でも、案内役として一人つくことになりますので、そのあたりはお忘れなく」
浴室だけの利用もあるのか。その場合でも今回みたいに誰かが付くことになる。と。
なんとなくおもしろそうだと思ってしまった。あとで聞いてみよう。
「たしかに高級な魔道具ではありますが、お相手を務める方によってはとても重要なんです。汗をかくこともございますし、中には特殊な趣味をなされている方もおりますから」
そう言って、彼は少し顔を赤らめた。いったいどういう趣味なのか。気にはなるが聞かないことにした。
「コホン。そう言った事情から、疲れを癒すためにも必要だと思いまして。設計はこちらでやっておりますから、費用を抑えることもできました」
「君が設計したの?」
「はい。そう言った知識も持ち合わせております」
「学園に通ってるのか?」
「いえ。学園に通ったことは御座いませんし、そもそも興味がございません」
「どこで学んだんだ?」
「内緒です」
そう言って彼はいたずらを隠すような顔をして笑った。その表情は年相応の彼の顔だったと思う。
「事務職員の手伝いは…うちの支配人が逃亡した時ですね。とても優秀な方なのですが、どうにも仕事をためる悪癖があるというか、さぼる癖があるというか。そのせいで定期的に逃げられます」
なぜだろう。聞いていると似たような人物に心当たりがある。というか、ここに来ることになったのも、そいつがあまりにも仕事を放置しすぎて、俺を含む何人かでそれらを処理し、その所為で疲労困憊状態に近かったからだ。
「似たような方に心当たりがおありですか?お疲れ様でございます。ここはそういったお疲れの方を癒すための場所でもございますので、よろしければごひいきください」
それからしばらくの間、彼と話しながら過ごす。彼の話は面白く、最初考えていたよりも楽しい時間であった。
「そろそろ、リシュト様のお戯れも終わるころで御座いましょう。最後に館内を案内させていただこうと思いますが、いかがなさいますか?」
「お願いするよ」
「かしこまりました」
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「以上で、館内の案内は終了で御座います。いかがでしたか?気分転換程度にはなりましたでしょうか?」
「ああ。結構楽しかったよ」
「それはようございました。わずかでもお客様のお力になれたのでしたら、うれしゅうございます」
「次も君を頼みたいんだけど、ダメかな?」
「私を、ですか?」
彼はすごく意外そうな顔をしていた。
「うん。君はあんまり客を取らないってことだったけど、できれば君ともう少し話してみたいな」
「お客様が望まれるのでしたら、それに応えるのが務めで御座いますが……。物好きな方ですね」
そう言って笑う彼は、小動物のように感じる。妹が世話をしていた犬のようだ。
「かしこまりました。次にいらした時、受付でリクリスの花を所望とお伝えください。それで私を指名できます。あ、申し遅れました。私の名はリクトと申します。リクトが名前で、リクリスは指名用の名前で御座います。では、またのご来館、お持ちしております」
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「どうだった?少しは楽しめたか?」
「ええ。それなりに」
帰りの馬車の中、そう聞かれたが、少し曖昧に返した。
とても楽しい時間だったが、それを素直に言ってしまうのも気恥ずかしく感じたからだ。
そして、それを見透かしているかのように笑う彼が、少し腹立たしくも思う。未来の上司なので何も言わないことにしたけれど。
今回の料金はすべて彼が持ってくれたが、次に来るときは自分で払わないといけない。
ただ、やはり高級娼館ということで、値段は半端なものではなかった。
もう少しアルバイトを増やそうかとも考えるが、学園での面倒事を考えるとそうもいかない。
世の中世知辛いものであると、なんで今頃から思わないといけないのだろうか。
そうは思いつつも、彼と会うための方法を考えていると、なんとなく楽しくなってきてしまう。
最初は少し戸惑ったけれど、今になってみるとあの場所に行く人たちの気持ちがわかってしまうのだから、何とも言えない。
ああいった時間が持てるのなら、確かに、悪くない。
後付け的な設定
語り手―騎士の家に生まれた二男。下に弟と妹がいる。学園では学生自治会に在籍しているが、会長と副会長が転入生の少女にかまけて仕事をしないために、ほかの役員と手分けして業務を進めている。その所為で若干寝不足。卒業後は王都の騎士団に所属することが決まっている。
リクト―娼館で語り手の相手を務めた少年。この国では珍しい黒目黒髪。この要素で気が付く人もいるかもしれないが、一応転生者。前世は工業系の学生。村が貧しかったために、幼いころに人買いに売られた。そこを今の雇い主に買ってもらい働いている。前世は工業系の学生。特に偏見を持っていなかったため、今の仕事も特に思うことはない。が、そう言った話題とは無縁だったため、免疫がない。
背が低く童顔なため、年相応に見られることはない。
ヒロイン―名前どころか設定すら出てこない。一応転生者。いわゆる勘違い系。攻略対象者と着実に親密になっている。当然、同性からの評判はよくない。数々の親切な忠告を『嫌がらせ』だと捉えており、問題を拡大させていく痛い人。