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嘯く奴らのハンティングファイル  作者: 榛原ユリト
フクロネコは今夜も眠らない
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【番外編PART1】班長はどこだ?②

「決めた。それ俺の新人歓迎会で、一発ネタに使わせてもらうのら。明日やるのら」


「わかったごめん。頑張って目開けるからそれらけは許ひ……許してっ」


 彼女は気合を入れるためか、自分の胸を拳でとんとんと叩いた。

 そして(たぶん)やっと目を開く覚悟をしたっぽい。

 俺も含め、誰もが事務所待機の時とは精神状態も違ってくるのは当然だ。


 俺たちは教室をひとつひとつ覗いて回っていた。

 家庭科室に差し掛かり、俺は違和感に気づく。


 ぴちゃぴちゃ


 ぴちゅぴちゃ……


「なんだ、この音」


「水音……じゃないの?」


 しかし、言ったそばから自分の言葉に彼女も違和感を覚えたらしい。


 俺は彼女と家庭科室へ入る。


 シンクを備えた調理台が十ほど並んでいた。

 それにひび割れた黒板と、穴を穿たれた教壇。

 蛇口はあるが、水道管は方々で破壊され、水なんか出るわけがない……はずじゃないのか?


 調理台の間を縫うように奥へと進むと、窓際に音の発生源が──いた。


 ぴちゅぴちゅぴちゃ……


 猫背で座り込んだ人の形をしたものが、ハトよりもひと回り小さなゼリー状のジェネレーターを両手にひっ掴み、口に運んでは食いちぎっている。

 またこの人は──。


「き、桐生さん!?」


 彼女が悲鳴を上げた。

 虫唾の走る光景にわなわなと肩を震わせる。


「むしゃぴちゅ……こっちはバナナチョコパフェ味──こっちは……んぐぐ……辛子明太子茶漬けかな──ぴちゃ」


 んなわけねーだろ。

 俺もさすがにどん引きした。


 眼鏡の奥から覗くどろりと溶け出しそうな青年の目には、救いの手を差し伸べるのですら憚られるような怪しげな光が宿っていた。


 ──桐生真治。

 年齢二十一歳。

 B型。

 趣味はスロット、ゲーセン通い。


「あの──そんなところで病んでないで、一緒に班長たち探すの手伝ってくださいよ桐生さん」


「おえも、ほうやっへ、じぇねれーらー退治してるんあよ……ごぷぇごごっ」


「あーもう咽ちゃってるじゃないですか。食わなくていいから大人しくP‐エミット使ってください。ほら、ゴーグルもつけて」


 俺は、桐生さんの骨と皮ばかりの長い腕を引いて立ち上がらせた。

 どんよりと発する名残惜しげなオーラが、まったくもって理解不能でしかない。

 彼は半分ほど食いちぎったジェネレーターをぽいっと捨て、口内に留まっていたそれをつるりと飲み下した。

 うえ。


 言うまでもなくジェネレーターは生食しちゃいけないし、それ以前に食いもんじゃねえ。


「よく逆に取りつかれませんでしたよね」


 三階にも班長たちの姿を見つけられず、階段を下りながら俺は言った。


「大量に襲い掛かられたら逆に食われるかもしれないよ、でもさ……一匹二匹なら子どもでも踏み潰せるレベルなんだよ……腹いっぱい食ったって、どうせ上か下から全部出てくるんだから問題ないって……だろぉ? 唯川ちゃあん」


「はぁ……あはは──一ミリも想像したくなーい」


 過去になにがあったか知らないが、桐生青年の心の闇はマリアナ海溝よりも深い。

 悪い人じゃないと皆は言うが、〝病みMAXモード〟だとマジで近づけやしない……今日はどっちかというとダメな方の日っぽい。


 ジェネレーターは、生きた細胞に取りついて増殖するものとして知られていた。


 奴らを〝現象〟扱いする一部の学者の見解はまったく正しくない。

 一般的な〝生物〟に位置づけるのも愚かだ。

 では〝物質〟か──それも違う。


 結論から言えば、そのどれでもない。

 いわば〝非細胞性生物〟とでも呼ぶべきものだ。


 細胞を持たないやつらは他の細胞を乗っ取ることで増殖する。

 つまり、内蔵された遺伝子を他の生きている細胞にコピーしまくり、取りつかれた細胞はジェネレーター遺伝子を組みこんだまま細胞分裂をするのだ。


 結果、取りつかれた細胞がジェネレーター生産工場となって、やつらは爆発的に増殖していく。


「あの──ところでつかぬことをお聞きしますが桐生さん、さっきから何度もわたしが携帯端末鳴らしたのに出なかった理由って……」


 ゴーグル越しでも彼女が幻滅する様が手に取るように伝わってきた。

 俺は同情した。


「ああ、あれね……食ってたから」


 食ってたから──、じゃねえよ! と桐生さんのガイコツ頭にぽかっと突っ込みをいれたい衝動がよぎったが、俺はたまたま脇を単独で浮遊していたジェネレーターに拳を叩きつけて破壊するに留めた。


 ゴグシャッ


「どうかしたの遠藤君?」


「いやちょっとジェネレーターが」


 彼女に顔を覗き込まれ、俺は我に返った。

 あまりの近さに、俺の心拍数が上がっていく──どくり、どくり、どくどくどくどくどくどくどくどくど──。


 ──う、ちょっとさすがにこれじゃ早すぎる。

 その理由を、数秒を待たずに俺の感覚器が全力で察知することになった。


 鋭い耳鳴りが聴覚を奪い、拷問級の眩暈に平衡感覚が奪われる。


「まさか怪我しちゃったの? 大丈夫?」


「ああ大丈夫、ごめんな──」


 ──さい。


 この気配。


 祖父から受け継いだDNAの存在を、否が応でも俺は全身で自覚した。


 俺の場合、祖父とは違って心臓の強い期外収縮や耳鳴りなどは数秒で過ぎ去る。

 それよりも問題なのはたぶん、アドレナリンの異常な分泌と自制を失ってしまいそうになるほど強い興奮状態の方。


 驚かれるかもしれないが、UMFの出現を俺は感じ取ることができるのだ。


 場所は──体育館。


 一桁秒以内にはUMFが嵐のごとく吹き荒れ──そこにぞくぞくと集まったジェネレーターたちが、結晶化を始めるかもしれない。


 沸き立つ欲望に抗う術があるなら、誰か教えて欲しい。

 俺は惹きつけられるがままに、体育館へと続く渡り廊下を睨みつけた。


「唯川さん、桐生さん。俺、先に行って体育館の様子見てきますから」


「遠藤君?」


 彼女の制止を振り払って、俺は渡り廊下を走り抜けた。


「始まるんだよ。結晶体相手のジェネレーター戦が……」


 俺の頬が堪え切れずに緩む。






 体育館へ駆けつけた俺の視界には、山のように巨大な塊が鎮座していた。


「……う、マジかこれ」


 ゴーグル越しではそれがなんなのかすぐに判別できなかった。

 UMFの嵐は、普通の人には感じることが出来ないが、祖父のDNAを受け継いだ俺には複雑な螺旋の波状に見えている。

 そして体育館の屋根は四年前の戦闘で焼け焦げ、三分の一ほどが瓦礫と化してそこら中に散らばっていた。


「間宮班長!」


 後を追ってきた唯川瑞希が、班長の姿を認めてほっとしたように声を上げた。


「唯川か! 桐生も遠藤も! 結晶体が『煤』に変体しやがった。とっとと終わらせっぞ!」


 『煤』って言ったな、今。


 桐生さんが黄色い牙をむいて奇声を上げながら、煤に変体したジェネレーターに突撃していく。

 マスクで鼻上までを覆い完全にハンティング態勢に入った唯川瑞希も、俺を追い越して体育館の中央へ駆け出して行った。


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚──超強力磁場の下に研ぎ澄まされた感覚を手に入れ、並み外れた高速神経伝達回路を覚醒させた俺の心は妙に静かだった。


「クッ……ぷっ、ふふ」


 思わずもれてしまう笑声を、涎とともに喉の奥へと必死で押し込める。


 煤っていったら、単なる炭素の微細な黒粉にすぎないんだろ? たいした動きも変化もない。


 ──雑魚じゃね?

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