【番外編PART1】班長はどこだ?①
こちらは番外編です。
時間軸的にはファイルⅠより少し前ですので、番外編を読んだ後で本編へ進んでいただいても構いません。
ノリ軽めですが、本編を楽しんでいただくための追加エピソードとしてもぜひ!
もちろん読まずに飛ばしていただいても、本編進行には支障ありません。
ポチャ……ン
ポチャ……ン──
夕闇が連れる影によって丸ごと飲み込まれたかのような薄ら不気味な廃校の廊下に、水音が響く。
「……──~~~」
「どうしたの? 怖いの? 唯川さん」
俺は暗視装置を備えたゴーグル越しの視野域の中で、傍らを歩く唯川瑞希を顧みた。
「……あのね、遠藤君、実は暗闇恐怖症なんだよねわたし」
彼女は、中距離型パルスレーザーコントロールエミッター──通称P‐エミットと皆が呼ぶハンター御用達のジェネレーター専用武器を握り締めながら、一歩一歩完全に腰の引けたすり足で進む。
「あの、唯川さん……? もしかして今目瞑って歩いてるなんてことない?」
「ある」
「ストーップ!」
俺は多少強引に腕を引いて彼女の歩みを止めさせる。
「あのさ、暗視装置ついてるからとりあえず視界は真っ暗闇じゃないよな?」
「あーでもダメ無理」
「えっと……ひとつ訊いてもよろしいでしょうか?」
「なに?」
「唯川さんって、JIBでは俺より先輩だよね──?」
「うん。ジェネレーターが出現したら教えて。ちゃんとわたしも狩るから、そんなに不安がらずに大船に乗った気でいたまえ、新人君」
「不安です」
ってかこの場合、どー考えたって目閉じてる方が真っ暗闇じゃないのか?
俺は、本音の半分をひとり言として飲み込んだ。
ハンティングウェアの上下に身を包んだ彼女は、(もちろん目を閉じたまま)P‐エミットをくるくると指先で回して見せる。
俺は今のところ、この唯川瑞希という同い年であり先輩でもある女ハンターの言いなりになることで、なんとか自分のポジションをキープすることに成功していた。
彼女の下について「新人君、新人君」と連呼されているうちは、ヒモに見られたり、ペットに見られたりするかもしれない。
けれど、そのくらいの犠牲はしかたがない。
俺は平和主義なんだ。
どっちかといえば、争いごとなどこの世からなくなればいいと思っている。
「……にしてもさ、間宮班長どこ行っちゃったんだろうね。さっきからこれだけ探してるのに全然見つかんない」
「目瞑りながら、よく言えたな──」
「それとこれとは別問題だって、一〇〇人にアンケートとったら九九・九人が言うよ?」
「あとの〇・一人がどうやって息してるのか、そっちの方が心配なような」
「ちょっと真面目に! わたしは本気でみんなのこと心配してるんだからね。副班長の一之瀬さんだって、桐生さんだって、ここに着いて一発目のハンティングではぐれちゃったしさ」
「なあ、この班っていつもこうなのか?」
俺はかねてからの疑問を提示してみる。
「ううん、そういうわけじゃないよ。わたしたち警備会社ジャックインボックスのハンターたちは、ジェネレーターハンティングのれっきとした専門家なんですからね! 間宮班の新人として、もっと誇りを高く持っていいよ遠藤君!」
「──はい。了解しました」
彼女の熱意に気圧され、棒読みで応じてしまう俺。
ジャックインボックス──略してJIBだ。
世界は混沌であることをよしともしないが、やめようともしない。
数年前から、世界中で超強力磁場──すなわち〝不測の磁場〟(Unexpected Magnetic Field)と呼ばれるものが様々な場所で発生し始め、世間を騒がせていた。
事の始まりは今から七年前。
北欧のUMFに突如結晶体が出現し、火柱や水柱、竜巻や稲妻などに変体、現象を発生させたのがきっかけだ。
先進国を中心に軍や防衛機関を始め、これまでにも多くの人員を割いて対策に駆けずり回ってきた。
結晶体の正体は北極圏で溶け出した氷から蘇った太古の巨大ウイルスだとされているが、まだまだわかっていないことが多い。
俺たち人類はその結晶体を〝ジェネレーター(発生させるもの)〟と名づけ、脅威の対象とした。
「この校舎、ずいぶんとこっぴどく破壊されたもんだな」
「四年前にここでジェネレーターが大量発生して、当時の花形企業──〝政府認定対ジェネレーター特化企業ガーディアンクウォール〟から派遣された戦闘員たちが殲滅作戦を行ったことで、中学校校舎はこのありさまだよ」
「ジェネレーターが現れなければこんなことにならずに済んだんだ」
「ガーディアンクウォールの戦闘は、自衛隊の次に大掛かりで派手だったっていうからね」
「まあ、確かに──でも、そもそもの原因はジェネレーターだろ」
俺のブーツの先に、小さな弾丸が残骸となって転がっていた。
スターファイヤー弾のようにリブに沿って花開いた残酷な弾丸。
「『ブラック・フェロン』──」
「え、なに?」
「いや、なんでもないですよ唯川先輩」
見上げると、廊下の壁や天井には、数々の特殊な弾痕が残されていた。
いわゆる過去に「重犯罪」とも揶揄された弾丸と同系列のものをジェネレーター用に改良した弾丸で、狙いを外さなければ結晶体をもわざと貫通させずに内部から破裂させたはずだ。
二階の理科室などは、トリニトロトルエン爆薬で吹き飛ばされている。
いくらなんでもやりすぎだ、と俺は思った。
たかだがL字型でしかない単純な造りの校舎が、いくつもの破壊痕のせいでまさにダンジョン化している。
二階の水飲み場の前を通り過ぎ、三階へと上がる。
踊り場のところには、灰色のジェネレーターが巨大な泡か爬虫類のぎょろぎょろした卵のように重なって群がっていた。
「唯川さん、ジェネレ──」
「承知!」
俺が伝え終えるより早く彼女はP‐エミットを構えると、素早くトリガーを引いた。射出口から眩い光の筋──出力制御されたセミコンダクティヴレーザーが放出され、ジェネレーターが次々に目の前で弾け飛ぶ。
彼女が移動するたびに、纏め上げた髪が徒に揺れた。
それを見て、俺はいつもノルウェーなんちゃらフォレストとかいう猫の尻尾を思い出す。
ふるふる揺れる猫尾を眺めながら、俺も即座に射撃体勢に入る。
ジ……ジジジ……
P‐エミットは見た目は完全に重火器型で、あえて言うならコンパクトモデルのサブマシンガンに近い。
けれど操作性においてもさほどの支障がないとはいえ、実のところ俺はまだその武器をあまり好きになれずにいた。
もし──。
──もしも、ガーディアンクウォールなら。
しかし俺は、頭を振ってその先を考えるのをやめた。
「フゥ。遠藤君、P‐エミットのバッテリー残量は大丈夫?」
「残り73%。唯川さんは?」
「65%。まあまあか、でも大事に使わないとね」
三階に上がると、そこも階下と似たような惨状だった。
「携帯端末もまだ繋がらないし……UMFのせいだったら嫌な感じ。ねえ、どう思う?」
彼女は、P‐エミットを前方に構えながら小型の通信機器を耳に当てている。
相変わらず、移動中は基本目を閉じたままというよくわからない勇敢ぶりには恐れ入った。
「こっちが知りたいよ。っていうか、なぜゆえ新人の俺が先行してるんだろう謎」
「そ、そりゃあね、新人教育の一環だよ遠藤柊那君。実戦で鍛えなければ意味がないのら」
「『ら』?」
ここへ来て、唯川瑞希の恐怖心が限界にきているのを俺は知った。
ハンターズ・ハイとでも呼べる状態で、各々がこの状況に耐えようとしているんだろう。
ろれつが回らなくなるくらいどうってこと──。