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嘯く奴らのハンティングファイル  作者: 榛原ユリト
フクロネコは今夜も眠らない
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ファイルⅠ 多面体の亡霊たち⑤

 UMFのせいだけではなく、分譲地にジェネレーターを大量発生させていた原因は、本来の容姿をほとんど残していない無惨な亡骸にあったのだ。


「最初からハードな仕事でごめんね。

 おわびに明日メシでもどうだい? JIBは休みだろ?」


 小野崎さんの疲労した声が頭上から降りかかる。


「すいません。今、食い物の話遠慮してもらっていいですか」


「ああ、悪い。また別の機会にしようか」


 圭さんに呼ばれ、小野崎さんは向こうへ行ってしまった。

 ハンティングウェアに包まれた肩が、落ち込んでいた。


 今頃になって、ジェネレーターを殴り潰した拳に痛みがやってくる。

 ゆっくりと両手を開いたり閉じたりしてみたが、骨に異常はなさそうだ。


 俺も〝あの人〟のように強くなれたら──精神的にも、肉体的にも。


 観城ユニットにいたとある人物のことを思い出して、俺の口から大きなため息が出た。






 問題はまだあった。


 小野崎さんは圭さんと話し込んでいる。


 俺はというと、所有者不在の一軒家にあるウッドデッキに泥だらけのまま腰を下ろしていた。


「うっく……ひっく……咲……子ちゃん、黒岩、くん……ふえっ……白川くん──」


 助かった少女は、自分の無事を喜ぶ間もなく泣きじゃくっていた。

 結晶化する直前に、ジェネレーターの巨大な群れと対峙したにもかかわらず、彼女の体はほとんど奇跡的に食われなかったようだ。


 しかし、ジェネレーターへの恐怖と怒りが、彼女を震わせていた。

 時折咳き込み、ヒクヒクヒクと喉を鳴らしている。

 理解の限界を超えて、彼女は恐ろしい夏の一夜に凍えていた。


 警察を呼んだりでちょっと手が離せないから頼むよ、と小野崎さんに託され、俺は彼女の隣に座ったのだが。


 大丈夫? とは聞けない。

 もっと答えやすい質問を。


「呼吸、苦しいなら深呼吸するといいですよ。ゆっくり」


 彼女は瞼をしぱしぱさせて、こちらを向く。本来は素直な性格のようで、俺が言った通りに息を大きく吸ったり吐いたりし始める。

 いくら夏でもずぶ濡れでは寒そうだから、ハンティングウェアは着せたままでいた。

 しばらくの間、俺は彼女の背中をさすってやりながら、落ち着くのを待った。


「俺は遠藤柊那。名前、聞いてもいい?」


「……あ……ゆぅ……支倉、愛衣です」


「支倉さん、ごめんね」


「……どうしてあなたが、謝るんですか?」


 ガーディアンクウォールがまだ健在だったら、友達を助けられたかもしれない……などとは、口が裂けても言えない。


「俺、ここへ来る前、家にいたんです」


 彼女、支倉愛衣はぽーっとほうけた顔で俺を見上げていた。


「軽く筋トレもしたし、シャワーもして、飲み物を飲んで、パソコンでネットゲームに一時間はログインしてた。もっと──もっと早くに来てればよかった」


 そしたら、もしかしたらUMFが発生する前に、ここは危険だから近づかないようにと彼女たちに警告できたかもしれない。


「白川君、肝試しをやめてどっか行こうって言ってくれたんです。それでもわたし、肝試しに行こうって言ったの……そしたら、ジェネレーターが急に集まりだして、白川君が飲んでたペットボトルの水を投げつけたとたんに、次々と──あたしが全部悪いの……ずっと助けてって言ってたのに、助けられなかった。また助けられなかったんです……」


 『また』という言い方が引っかかった。

 ジェネレーターによって誰かを失うのが初めてじゃないのだろう。


 俺の胸に悔しさが込み上げる。

 作戦を……仕事を満足にこなせなかった自分が。


「俺も今の自分は許せない。でも、君が無事だったのはよかったです。本当によかった」


 支倉愛衣の瞳から涙がこぼれた。

 唇をかみ締め、大声で叫びたいのを我慢しているようだった。


「──あたし、ジェネレーターが憎い……憎いです。それに、あなたみたいに戦えなかった自分もっ」


 俺は確かに疲労も感じていたし、油断もしていた。

 判断力も薄っぺらになっていた。

 そのせいで、彼女の咄嗟の行動に気づくのが遅れた。


 彼女は懐に飛び込んできたかと思うと、いきなり俺のP‐エミットをむしり取るように奪い、銃口を咥えたのだ。


「おいっ、やめ──っ!」


「いいんれひゅ……ごめんらふぁい」


 つい俺の体が動いてしまう。

 細い手首を取り押さえ、俺はP‐エミットを振り飛ばした。

 暴れる彼女を落ち着かせようと揉みくちゃになり、最終的には馬乗りになってようやく大人しくなった。


 が、そこであっと気づく。


「ああぁっ、と──ゴメン、全力で止めちゃった。空砲だってのに」


「空……砲?」


「そう……つまり、その、バッテリー切れってやつで」


 ──ハァ、と支倉愛衣の口から深い吐息が漏れた。


 俺は慌てて彼女を放した。

 P‐エミットの出力では人命は奪えないとされている。

 しかし、口内で赤外線レーザーの至近距離照射なんかしたら話は別だ。

 頭部火傷で、脳障害を引き起こすだけじゃ済まないかもしれない。


「あまり自分を責め過ぎない方がいいと思います。俺がそんなこと言える立場じゃないかもしれないけど」


 それでも、言わずにはいられなかった。

 俺は今日二度も投げ飛ばされた不憫なP‐エミットを拾いに行った。

 その間も、ずっと背中に支倉愛衣の視線を感じていた。


 責められているのか、恨めしがられているのかは、わからない。


「おいおい、なにやってるんだい?」


 小野崎さんの声が近づいてきて、俺たちは顔を上げる。


「遠藤君、彼女を家まで送ってあげようと思うんだが、頼めるかい?」


「いいですよ」


「無事送り終えたら連絡を欲しいんだ。後のことはまあ諸々あるけどやっておくから。僕の方からもなにかあれば連絡するよ」


「はい」


 支倉愛衣の落ち込み方が心配だ。

 俺はゴーグルや泥まみれのハンティングウェアのズボンを丸めて、電源を落としたP‐エミットと一緒にバックパックに押し込んだ。


「家、ここから遠いの? どっちの方です?」


 彼女は首を曖昧に傾ける。


「──下北沢の方です」


「じゃあ駅までタクシーを……」


「歩けます」


 支倉愛衣は駅の方角を指差す。


「──歩けますから」


 そのおぼつかない足取りに、俺も寄り添って歩いた。






「ん? 〝朝霧〟……? 〝支倉〟さんじゃなかったっけ」


 支倉愛衣が住む鉄筋十一階建てマンションの五階。

 表札に目を留め、俺は首を傾げた。


「……あたしここにいさせてもらってて。でも家族です」


 彼女は俺に背を向けたままで、静かに言った。

 なにやら込み入った事情がありそうだが、助け、助けられた関係とはいえ、家庭の事情にまで首を突っ込むわけにもいかない。


 ドアを開けたとたん、彼女の家族が出迎えた。

 父親と母親、それに中学生くらいの妹。


 俺が育った環境とは正反対の温かそうな家族に、一抹の不安も吹っ飛んだ。


「本当にご迷惑をおかけして、お世話になりました」


 途中にあった公園の水飲み場で汚れを洗い流してきたとはいえ、いっこうに泥だらけなハンターに対して至極丁寧に母親が頭を下げてきたので、俺は恐縮してしまった。


「いえ……あ、その──申し遅れました。僕、今日バイト初仕事で名刺とかなにもないんですけど、小野崎警備の遠藤柊那という者で……」


 俺はなけなしの礼儀をつとめるため、母親にお願いして連絡先をメモに書き留めさせてもらう。

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