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嘯く奴らのハンティングファイル  作者: 榛原ユリト
フクロネコは今夜も眠らない
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ファイルⅠ 多面体の亡霊たち④

 仲間の二人が援護に入り、レーザーで触手を破壊しながら、ずぶずぶと引きずり込まれかけていた小野崎さんを引っ張り上げる。


 その場を離れた俺は、闘争本能のままに走り、跳び、撃った。

 神経伝達物質の異常分泌のせいで普段より幾分身軽である俺は、端からすればジェネレーターに突っ込んでいく命知らずの大馬鹿者にしか見えないだろう。


 俺は水中にざぷんと足を踏み入れた。

 意外と深い。

 暗視モードに切り替えていたゴーグルの内側に映し出された暗緑色の視野の中で、悲鳴の主が振り返る。

 なにせ暗視モードなので実際の顔立ちまではわからないが、まだ若い。

 というか幼い?


「安全なところまで下がります。レーザーは見ないでください」


「あ……で、でも──」


 俺は絶え間なく現れる水の触手をレーザーで撃ち払い、時には拳で殴り飛ばしながら彼女を後ろから支えて立ち上がらせた。

 しかし彼女は、長い髪を二つ縛りに結った頭をがくがくと横に振る。


「──あたし、行けないです。まだ、み……みんなが」


「まさか、一人じゃないとか?」


「咲子ちゃんも、白川くんも、黒岩くんも……友だちが水の中に──」


「はぁ。くっそ、マジか」


 このままじゃ埒が明かない。事態は想像していた以上に深刻だ。


 俺は彼女を無理やりに背負うと、急いで水辺から離れた。

 ハンティングブーツの口から、水に変体したジェネレーターがどぷりと勢いよく音を立てて浸入しようとする。

 背負った彼女も服が濡れ、体にぴったりと張りついていた。


 中学生という感じではないが、高校生にしてはずいぶんと軽く小柄に感じた。

 彼女の手が、きゅうっと痛いくらいに俺の肩を握ってくる。

 耳朶に当たる吐息が荒い。

 おそらく泣いているのだろう。


 空き家になっている新築一軒家にウッドデッキを見つけ、俺は彼女をなんとか座らせた。


「待って、おいてかないで!」


 涙声で彼女は訴えた。


 俺はゴーグルをはずした。

 ずぶ濡れの少女が微かな星明りに照らされ、縋るように目を潤ませていてる。


「おいてかないですよ。大丈夫。まさか幽霊が怖いとか? だったら、申しわけない……俺そういうの一切信じてない方の人なんで」


「あ……でもっ」


「えっと、怪我──はしてないみたいですね」


「……たぶん」


「よかった。じゃあちょっとの間だけここで待って──」


「ええええっ、やだやだやだ怖いです!」


 水辺からここまでは五十メートルくらいだろうか。

 小野崎さんたちは、俺が彼女を水から上がらせるのを見計らって、ジェネレーターへの総攻撃を開始していた。

 ここからじゃ射撃しようとしても距離がありすぎて、レーザー攻撃適正照射径を維持できない。


 彼女は俺の手にしがみついて離そうとはしなかった。

 グローブ越しにでも、体の震えがはっきりと伝わってきた。

 あんなジェネレーターに遭遇して、友だちまで引きずり込まれてしまったというのだから、取り乱すのはわからないでもないが。


「俺含めて五人もハンターが来てるんですよ」


「それでも、でもでもっ!」


 うーん困った。


「じゃあごめんなさい、ちょっとだけ手離してもらっていいです?」


 こうなったら多少強引にやるしかない。

 俺はハンティングウェアの袖から腕を抜いた。


「これ、超強化ポリエチレン繊維っていって、刃物も通さないくらい強い素材で出来てるから君を守ってくれます。貸すから許して、ごめん、十分だけ」


「えっ」


 ジェネレーター狩り真っ最中のハンターが、最低限の防具ともいえるハンティングウェアを脱いだのだ。

 俺も逆の立場なら、間違いなく彼女と同じように狼狽する。

 ウェアを肩にかけてやるときにあえて視界を遮り、その隙を見計らって俺は水辺へと向かった。


 友だちが三人──って。


 走りながらゴーグルをつけ直し、P‐エミットのバッテリー残量を確認する。

 残り四十二。

 半分以下だが、なんとかする。


「遠藤君! 彼女は?」


 小野崎さんが、目前に迫る水の帯を破壊しながら俺に訊いた。


「無事ですよ。空き家の庭にいます」


「その格好は?」


 温厚な小野崎さんが、Tシャツ姿でいる俺を見て、なぜ脱いだのかと疑問だらけの顔で問い詰めた。


「えーっ……と──説明は後でさせてください。それより小野崎さん、悪い知らせが。あと三人水中にいるらしいんです」


「えっ……なんてこった! 怪我しないでくれよ、遠藤君」


 水面にはジェネレーターの残骸が盛り上がり、汚らしい泡のように波打っていた。


 沼のように広がっていた水も、今や半分以下にまで狭まっている。

 それでもあとの三人の姿は見当たらなかった。

 水がなくなった地面は、分譲地の土とジェネレーターの死骸とで粘土質な泥濘と化している。


 バッテリー残量が残り十一を示したところで、やっと俺たちの前に結晶体の核が姿を見せた。

 直径三メートルほどもある水の塊で、歪な氷に見えなくもない。


「もうすぐ残量ゼロだよ」


 小野崎さんが悲痛な表情で訴えた。


「こっちもだ」


 圭さんたちの声も重なって聞こえた。

 P‐エミットに使う大容量バッテリーの交換には時間がかかる。

 政府が安全を考慮して規制をかけるあまり、こんなところまで面倒な仕様になっているのだ。


 俺たちは結晶体の半分以上をセミコンダクティヴレーザーで抉り、砕くことに成功していた。

 嵐のように吹き荒れていたUMFも弱まり始めている。

 そしてそれは、この戦いのラストが近いことも意味する。


 俺はバッテリー残量〇を示した銃身を投げ出した代わりに、セラミックプレート入りのグローブを両手に嵌めるとジェネレーターに向かって突進していった。


「うおおぉぉ──っ!」


 気合の一声を上げながら、拳を叩きつける。

 水を映した結晶体は、まるでゼリーのようにぶよぶよしているくせに高反発という矛盾だらけの感触。

 UMFが完全に消失してしまう前に、決着をつけたい。


 反対側からは圭さんたちも体術で加勢する。


 左回し蹴りをかました俺のハンティングブーツの踵が結晶体を砕き、なおも伸ばそうとする触手を拳で破壊する。

 両手のグローブの隙間から、生ぬるい液体が滴っていった。


 ──あともう少し、もう少しなんだ!


 跳躍した俺は勢いを乗せて右方向からの拳と、踵落としの連撃を食らわせた。

 俺のラストショットが決まり、結晶体が分解する。


「やった!」


 勢い余ってブーツの踵がずぶりと泥濘に埋まり、危うく俺は転倒しかけた。

 そして、視界に映ったもの──それは結晶体があった場所から現れた、顔を失った小柄な腐乱死体。


「見るんじゃない!」


 小野崎さんの叫び声が聞こえたが遅かった。

 遺体を蝕んでいた小動物らの細胞を乗っ取り、ジェネレーターは群がるように増殖していた。

 暗視モードの視野でも、俺はそれをはっきりと目視してしまった。


 小野崎さんが放った最後のセミコンダクティヴレーザーが群がるジェネレーターを焼き刻み、周囲の泥濘を散らした。

 俺も奇声さながらに声をぶちまけながら、無我夢中で拳を振るった。


 そして、全てが終わったとたん、たまらずその場へ嘔吐した。


 嵐のようなUMFはぴたりと止んでいた。


 俺は、泥だか、ジェネレーターの残骸だかわからない地面に膝をついたまま立ち上がれなかった。


 なんで、こんなところに……いったい誰なんだろうか──ぼんやりした頭でそう思いはしたものの、遺体の方へ顔を向けることはできなかった。

 反対側を振り返ると、圭さんたちが泥濘の中から三人の少年少女たちを引き上げていた。


 とても生きているとは思えなかった。

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