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嘯く奴らのハンティングファイル  作者: 榛原ユリト
フクロネコは今夜も眠らない
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ファイルⅠ 多面体の亡霊たち③

「どっちが保険なんだかね」


 圭さんの、悪意のありそうでない独り言が懐かしすぎる。


 と、


 どくり


 俺の鼓動が奇妙に跳ね上がった。


 首筋をざわりと電気信号が駆け上がり、きいいぃっという音とも言えない音が頭の中で鳴り響く。

 この感覚。この気配。


「おい、柊那」


 俺の異常に最初に気づいたのは圭さんだった。

 無意識に俺は頭を抱えていたらしい。


「UMFだ、来ます!」


 バリ……バリ……ッ


 ピシッ……メキッ


 分譲地の大気が振動していた。

 俺の場合、祖父とは違って心拍の強い期外収縮や耳鳴りなどは数秒で過ぎ去る。

 それよりも問題なのはたぶん、アドレナリンの異常な分泌と自制を失ってしまいそうになるほど強い興奮状態の方。


「ジェネレーターが現れるかもしれない。遠藤君、武器を」


 俺は頷き、すでにバックパックから引きずり出してあった中近距離型PLパルスレーザーエミッター──通称P‐エミットを握り直した。

 全長三五〇ミリ、重さ一一〇〇グラムの黒々とした銃身。

 自動照準安全装置つきで、近距離での出力オーバーを防止するために、射出ビーム径が一から五ミリに自動補正される。

 射程は二から十メートルでスポット径二ミリを保持。


 人を殺すほどの威力はなく、ジェネレーターハンターたちが所有することを許可されている唯一の専用武器といってもいい。

 ただし誤って人体に当たればそれなりの火傷を負うし、目に直接当たってしまえば網膜損傷でえらいことになるから取り扱いにはかなり注意しなくてはならない。


 ──こんなもの。

 玩具みたいだ、迫力に欠ける。


 俺はハンター御用達のP‐エミット使用者専用遮光ゴーグルをつけ、空になったバックパックを路肩へと蹴り転がす。

 ゴーグルは内部スクリーンにリアルタイムで視野情報を映し出す方式で、夜間など光量不足の状況下では暗視装置としても使える優れものだ。


 顔を上げると圭さんが映像の中で、似合わない不敵な笑みを浮かべていた。


「柊那のその顔、久々に見た」


 そう言われて、空いた手で自分の頬に触れる。

 俺の口角はやや斜め上に持ち上がっていた。


「行くよ、遠藤君。今ここでなにが起こっているのか、出来るだけ詳しく把握するんだ」


 目元が完全にゴーグルに覆われていても、小野崎さんの表情が緊迫しているのがわかった。


 俺が「いつでもどうぞ」と頷きかけたとき、


「きゃああぁあ──……っ!」


 家と防風林の間辺りから、女の悲鳴がこだました。






 そこには、ひと目で不自然とわかる風景があった。


 悲鳴の上がった場所へ向かった俺たちの前に、水たまりと呼ぶには巨大すぎる水が地面に広がっている。

 黒い水面は、誰かが水切りでもして遊んでいるかのように時折揺れていた。

 こんなものが幽霊の仕業なわけあるか。


「沼があるなんて聞いてないよ」


 小野崎さんがP‐エミットを構えたままで前進する。


「気をつけた方がいいみたいですよ」


 俺にはわかっていた。

 これはジェネレーターだ。

 このどろどろとした沼のような、半径十メートルは下らない巨大な水そのものがジェネレーターというやつだ。


 目に見えないUMFが嵐のように吹きすさぶ中に立ち、俺の体は意思とは分離されたように狂喜していた。


 ゴーグルをつけている分視野が若干狭まっていることも、今の俺にはたいした問題ではない。

 冴えた頭に感覚器を介して続々と飛び込んでくる膨大な情報量、その感覚が爽快でたまらない。


 研ぎ澄まされた聴覚が、防風林の葉ずれの音を聞き分ける。

 そして肉体は興奮状態にあるのに、心は転がらないビー玉のように静かだ。


 UMFの発生でジェネレーターのやつらはどこからか──おそらく潜んでいた地中から集結し、結晶体となって巨大な水に変体したのだろう。

 これだけの大きさになるには、かなり大きな結晶体を形成しなければならない。

 そのために集まったジェネレーターだって数百万単位に上るはず。


 けど、どうやって水に変体した?


 雨の日でもない、ほとんどが土ばかりのこんな場所で。


 ジェネレーターの結晶体が変体するには、その物体や現象に直接触れる必要がある。

 結晶体は触れた物体や現象の情報をコピーして取り込み、再現しているというのが定説なのだ。


 小野崎さんや圭さんが巨大な水に気取られている間に、俺は悲鳴の主を探す。


 すると、鼓膜が微かな水音を捉えた。

 視野の中央右寄りで水面から頭だけを出し、誰かが今にも水中へ沈み込みそうになっている。


「小野崎さん」


「ああ。初仕事だ、間違えても食われないでくれよ」


 俺は頷き、行動を開始する。

 体はジェネレーターとの乱闘を渇望していた。けれど──。


 三秒間だけ静かに目を閉じる。

 ──それよりも人命救助が先だ。


 ジェネレーターというのは爆発的に増殖する。

 奴らを〝現象〟扱いするどっかの学者の見解はまったく正しくない。

 一般的な〝生物〟に位置づけるのも愚かだ。

 では〝物質〟か──それも違う。


 結論から言えば、そのどれでもない。

 あえて言うなら、〝非細胞性生物〟とでも呼ぶべきものだ。


 細胞を持たないやつらは他の細胞を乗っ取ることで増殖する。

 つまり、内蔵された遺伝子を他の生きている細胞にコピーしまくり、取りつかれた細胞はジェネレーター遺伝子を組みこんだまま細胞分裂をするのだ。


 結果、取りつかれた細胞がジェネレーター生産工場となって、やつらは爆発的に増殖していく。


 女の細胞がジェネレーターに乗っ取られれば、やつらはたちまちそれを拠点に止め処なく増殖を開始する──それはまずい。


 俺たちの存在に気づいたかのように、漆黒の水面が激しく泡立ち始める。

 水面の一部から十数本の水の帯が触手のように伸びてきたかと思うと、瞬く間に扇状に広がり襲撃を開始する。


 俺は素早くP‐エミットで照準を定めた。


 ジ……ジジ……


 トリガーを引くも、なんとも貧弱な手ごたえ。

 炭のように黒い銃身から放たれた波長可変型セミコンダクティヴレーザーが、水の触手を射抜き、破壊する。


 こんなものでも、変体したジェネレーターの結晶体を削り取るのに十分ではある──が、俺は経験から爆薬や弾丸を使用する破壊兵器の味を知っている。


 ジェネレーターを弾丸で蹴散らし、爆発炎で焼き尽くすあの感覚を、忘れられるはずがなかった。

 ガーディアンクウォールには自衛隊装備ほどの重火器使用は認められなかったが、この程度のジェネレーターなら一気に殲滅出来る戦力はあったのだ。

 そのための厳しい海外訓練も、実地試験も受けていたっていうのに──。


「ああくそ、じれったい」


 俺は容赦しなかった。

 右下方から迫る水の触手をぶち抜き、振り返って左上方から攻め来る触手をほとんど反射的に射抜いた。

 撃ち落された衝撃で分解された触手は、そもそものジェネレーターの姿に戻ったかと思うと、強度を失い灰のように砕けた。

 その間、およそ一・二秒。

 ジェネレーターの死骸ともいえる灰状のものが、花吹雪のようにそこら中を舞っていた。

 そして続々に水面を埋め尽くす。


 俺はストールを鼻上まで引き上げる。

 レーザー射出するたびに、P‐エミットのバッテリー残量表示がMAXの一〇〇%から減少していく。


 この巨大な水の中心には核となる部分があるはずだ。

 触手を消滅させてもダメージになるが、核も全て破壊しなければジェネレーターはなくならない。


 水の触手に奮闘していた小野崎さんの足が掬い取られ、水中にどぷんと沈んだ。


「小野崎は僕に任せろ。柊那は彼女を安全なところへ!」


 圭さんが水に飛び込む。

 彼が指示を飛ばす姿に、俺はなんの違和感も感じなかった。

 むしろガーディアンクウォールにいた頃の彼の姿を重ねていた。


 圭さんは観城ユニットではサブリーダーという位置にいた。

 リーダーの竜胆博瑛は、二年前の掃討戦で──命を落とした。

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