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嘯く奴らのハンティングファイル  作者: 榛原ユリト
フクロネコは今夜も眠らない
1/54

ファイルⅠ 多面体の亡霊たち①

 1


「遠藤君ってさ、〝ジェネレーター戦〟って言い方するよね。なんで?」


 JIBという、俺にとっての新しい居場所での試用期間が始まってから七日後のことだ。

 午後十時の家路。

 二人並んで歩きながら駅へ向かっている途中で、唯川瑞希が俺に疑心暗鬼な顔を突きつけてきた。


「唯川さんは言わないの?」


 俺は即座にとぼけた。

 聡明な唯川さんらしく、するどいところを突いた質問に焦らされる。

 無意識とはいえ言葉遣いひとつで、俺の、遠藤柊那といういわゆる思春期真只中……な十七歳少年の、人には言いづらい過去がバレちまうかもしれない。


 世界は混沌であることをよしともしないが、やめようともしない。


 シャツの裾から初夏の夜風が、探るようにもぐりこんでくる。

 俺は、突如現れた超強力磁場(UMF)にうっかり足を踏み入れてしまった子どものように緊張していた。

 さっきまで仕事仲間たち五人と居酒屋で飲み食いしていたのが、はるか昔のことのようだ。


 未成年者である俺と唯川さんはもちろんジンジャーエールやオレンジジュースで過ごした。

 途中、最も近しい上司といえる間宮班長にビールを混ぜられそうになった件はともかく、そこは親切な桐生さんが体を張って阻止してくれたという、割とどうでもいい珍事なんかもありながら。


「う~ん、わたしたちは〝ジェネレーターハント〟って言うかな。JIBでは〝ジェネレーター戦〟って言葉は使わないよ」


 俺が小学生くらいの頃から、世界中で超強力磁場──その中でも〝不測の磁場〟(Unexpected Magnetic Field)と呼ばれるものが様々な場所で発生し始め、世間を騒がせていた。


 そして七年前、北欧のUMFに突如結晶体が出現し、火柱や水柱、竜巻や稲妻などに変体、現象を発生させたもんだから、騒ぎはさらに大きくなって世界規模のバカ騒ぎにまで発展した。


 人々はその結晶体を〝ジェネレーター(発生させるもの)〟と名づけ、脅威の対象とした。


 先進国を中心に軍や防衛機関が動き出し、戦争並みの人員をつかって対策に駆けずり回った。

 結晶体の正体は北極圏で溶け出した氷から蘇った太古の巨大ウイルスだということになっているが、「うそつくんじゃねーよ」とか「情報撹乱さして誰得?」とか言ってる奴らの方が多い。


 日本では、五年前に大手警備会社が名乗りを上げて政府の認定を受け〝対ジェネレーター特化企業ガーディアンクウォール(Gurdian Quolls)〟として活動を始めていた。


 自衛隊に次ぐ対ジェネレーター巨大組織とも言われたその組織は、二年前に行われたジェネレーターの大規模掃討作戦に参加するも、関東研究所にて一部の研究者たちがジェネレーターの生態研究と称して関係書類を偽装していたとして摘発され、今年の五月いっぱいで解体している。


 俺は五月まで、ガーディアンクウォールの朝比奈ユニットの戦闘員だった。

 外部の人間から見れば、研究員だろうが戦闘員だろうが、同じ標章をつけている限り同類ってことなんだってさ。

 世間から非難の限りを受けた俺たちは、そのことを他の誰かに言えるはずもなく。


 今は七月一日付けで、ジャック・イン・ボックス──略称JIB。対ジェネレーター専門の警備会社としては、ごくごく平均的な、戦力も人員も小規模以上大規模未満──の事務所のホワイトボードに、ジェネレーターハンター研修員として名前が貼りつけられてあった。


 今夜はありがたくも、新人である俺の歓迎会を間宮班で開いてくれたというわけだ。


 それがお開きになってからの出来事だった。


「テ、テレビの影響かな。よくジェネレーター絡みの報道とか特番とか見てたから。気をつけるようにするよ」


 俺は色々と複雑な思いをかみ締めながら、隣を歩く唯川さんの質問にやっと答えた。


「ふうーん、別にわたしはいいと思うんだけどね全然。間宮班長あたり? あの人はそういうの気にしそうっていうか。譲らないところは譲らない頑固なおじさんなんだよねぇ。唯川先輩から新人君へのアドバイスです」


 彼女は、駅前通りに瞬くネオンを長い髪に纏わせて、人差し指を立てた。

 自己紹介の時に同い年だと知ったが、彼女は確かにJIBでは先輩だ。

 たてつくと後が怖そうなので、ここは俺も大人しく従っておく。


「ありがとう唯川さん。もしこれからもなにか気づいたりしたら、いろいろ教えてくれないかな。俺、そういうのあんまり上手くなくて」


「うん、いいよ。ところで、同い年なのに〝唯川さん〟って硬くない?」


「え、じゃあ瑞希さん?」


 彼女は頷いたような咀嚼しきれないような表情。


「そ、それじゃあ、み……みっきー?」


「う、ぐ……みっきー!? それはなくない?」


 歩きながら彼女はうくくと体をくの字にしてお腹を抱えた。

 やっちまった。

 俺は自分のネームセンスのなさに落ち込んだ。


「もう唯川さんでもいいんだけどね。まあ、呼び捨てでもいいしさ」


「──なあ、瑞希」


「バカっ、苗字だよ」


 当たり障りのない会話を選びながら、俺たちは同じ方向の電車に乗った。


 間宮班でただ一人の女子ジェネレーターハンターでもある唯川瑞希は、「また明日ね、おやすみ遠藤君」と軽やかに手を振り、レースの裾を翻して三つ目の駅で降りていった。



 2



「まあ、そりゃあ気にするよね。世間体とか、最大の難点は信用問題かな。でもここは小さな個人会社。僕は君がガーディアンクウォールにいたとかどうとか、そういうことは一切気にしないよ。むしろ巨大プロ集団出身の君に力を貸してもらえるなんて、こんな光栄なことはないしね。実は元ガーディアンクウォールの社員がハンターとして現場に復帰してるって話は、耳にしないでもないんだよ。ああ、もちろん言いふらしたりはしないよ。信じてくれていいからさ」


 試用期間中の経済難をしのぐため、ぶっちゃけてしまえば金欠の穴を埋めるために夜間バイトを探していた俺は、小野崎光といういかんせんハンターっぽくない、どっちかというとインテリっぽい印象の男が経営する対ジェネレーター警備を専門とした個人会社の事務所のドアを叩き、そう言われた。

 ドアの曇りガラスには『小野崎警備』と書かれていた。


 マジなのかよ、この人は。


 それとも天然ってやつか?


 疑いながらも、JIBにおいては時給換算で、残業もさせてもらえない研修員の身ではバイトの収入は魅力的だ。

 俺は小野崎さんの言動を前向きに捉えた。


 一人暮らしのアパートで電気が止まるなんて事態は避けたいし、カップラーメン生活も飽き性の俺には長続きしないってわかってる。

 泣く泣く手放してしまったバイクだって、いずれは中古でいいから買いなおしたいと思っていた。


 JIBでは完全に新人扱いの俺も、小野崎さんの前では元ガーディアンクウォールの戦闘員として話が出来る。

 巨大都市の片隅に理解者が増えたというだけで、俺の心の弱い部分は、微かながらその場所に逃げ場のような幻想を抱いてしまったのかもしれない。


「それで、君には体内磁気器官があるって本当?」


 歓迎会があった日の翌日、俺はさっそく小野崎さんと共に田園都市線の車両に揺られていた。


「みたいですね。遺伝らしいです」


 渡り鳥とか回遊魚は、磁気感覚器官と呼ばれる磁力を感知する器官や、いわゆるコンパスのような働きをする磁性物質というものを持っている。

 人間にも同様のものがあるとかないとか言われているらしいが、日常生活でそれをいちいち自覚することはほとんどない。


 俺もそうだった。

 疑いだしたのは、UMFが家の近くに現れるようになってからだ。


「すごいな。じゃあ、UMFの発生場所を予言出来ちゃったりするわけ?」


「まさか、そんなことが出来たら苦労ないですよ。確かに発生前に感じ取ることは出来るけど、せいぜい五秒前とか十秒前とか。そんなんじゃたいして役に立たないでしょ」


「もったいないなぁ」


「すいません」


「いや、謝ることなんかないさ。でもなぁ……」


 小野崎さんは眼鏡顔を歪めて、やっぱり残念そうにしていた。

 つり革に掴まった腕ごと肩を落としそうなほどの勢いだった。

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