第二話「パンツ連合」 01
護ノ宮神威は急いでいた。他の学生に気取られないように。並木道に蠢く徒党の目をかいくぐっては小走りに駆けて行く。
彼が向かっているのは並木道の先にある正門。敷地の外に出られさえすれば、彼を追ってくる者を撒く事が出来る。そう、確信していた。
こんなにも生きている実感に満ち満ちて溢れたことなんてなかった。高校に入学してからの二年間、彼は怠惰で無二な日々を過ごしてきた。至って面白くもない受業。実らない恋愛。鳴らないバイトの合否。SNS内での孤立。期末テストの赤点さえも、自分に点数を付けられているようで腹が立った。
同級生が浮かれた話を自慢げに語りかけてくる傍らで「どうせ、お前と俺は住んでいる世界が違うんだよ。ほっといてくれよ」「パンの枚数なんて数えたことねぇよ」と、自暴自棄になっては、毎晩のように漫画喫茶に入り浸り「ガラスの仮面」を読みながらフライドポテトを食べ続けていた。
そんな無意味な日々を送っていた春休み。キララのパンティが盗まれる二ヵ月ほど前の事である。
秋葉原にある漫画喫茶で、いつものようにフライドポテトを食べながら「ガラスの仮面」を読んでいたとき、神威は謎の男と出会った。
彼は名前を名乗らないかわりに、自分が支援団体『紫の薔薇』のメンバーであると説明し、迷える学生を導くのが使命だと述べ立てた。
紫の薔薇とは、つまらない学校生活を送っているクサレ学生に救済の手を差し伸べてくれる学校非公認の慈善団体らしく、会員になりさえすれば薔薇色のスクールライフを約束してくれるらしい。
どうも、うさんくさい団体だなぁ。新手のサギか? と、神威は疑った。が、どうやら年会費は無料らしく、いまなら入会キャンペーンで粗品をプレゼントしてくれると言われ、彼はイッキに興味が湧いた。
「具体的にどんな活動をしているんだ?」
「私どもは、アナタ様みたいな底辺の学生を対象に、もう一度返り咲いて頂くための人生プランを提供しております」
「人生プラン? やけに漠然としているな。もう少しわかりやすく言ってくれないか」
「よろしい。私どものは三つのプランを御用意しております。一つは赤薔薇のスクールライフ。これは、長年部活に在籍しているにも拘わらず、万年オチコボレ部員を対象としたプランです。失礼ですが、なにか部活動はなさっておられますか?」
「いいや。生まれてこの方、部活どころか運動からかけ離れた生活を送ってきた」
そう言って神威がひょろ長い手足を男に見せた。
「なるほど、脆弱な筋肉ですね。それでは、青薔薇のスクールライフは如何でしょう? こちらは連続赤点記録更新中のアホ学生を対象にしたものです」
「興味深いな。他に何があるんだ?」
「その他に緑薔薇のスクールライフを御用意しております。こちらは対人関係が苦手なヒキコモリ学生を対象にしております。学校に自分の居場所を求めている方にうってつけのプランです」
「まさに、いまの俺にピッタリのプランだ。是非、緑薔薇のプランを紹介してくれ」
「そうですか。それでは、はじめに学年と何処の科に在籍しているのか、お訊きしてもよろしいでしょうか?」
「普通科①の二年だ」
「二年生ですか。そうなると春休み明けは三年生って事ですね……。申し訳ありません。こちらのプランには年齢制限がありまして、今年の二年生を対象にしたプランになっております」
神威は唖然としてから顔を歪ませ「もう、なんだよ。話が違うじゃないか」と、地団駄を踏みながら歩き回り、ところかまわず唾を吐いた。
「どうせ、俺なんかを救済する気なんて初めから無いんだろ! それならそうと、言ってくれよ。過度な期待をした自分がアホみたいじゃないか」
その光景を冷淡な眼で見ていた男が、ニヤリと口角を上げ「なら、こんなプランはどうでしょう?」と、不敵な笑みを浮かべながら神威に近づいた。
「こちらのプランなら、アナタ様みたいな底辺の学生にピッタリのプランだと思いますよ」
「俺みたいに、成績も友人関係も運動もダメダメな学生でも?」
「もちろん。そんな底辺の学生を対象としたプランですから」
「話を聞こう。それは何色の薔薇なんだ?」
「それは……桃色です」
「なんて、魅惑的な色なんだ。まさに、バラ色に相応しい。いったい、どんなプランなんだ」
「ここでは人の眼があります。春休み中に会合が開かれますので、詳しい話はその時にして差し上げます」
そう言って男は、一通の封筒を神威が読んでいた「ガラスの仮面」の間に差し込み「では、再会をお待ちしております。今後とも『紫の薔薇』をよろしくお願いします」と、言って立ち去ってしまった。
「紫の薔薇か……。いかがわしいヤツだったが、こうなったら後戻りする気はない。絶対にチャンスを掴み取り、桃色のスクールライフを俺は咲かせてみせる!」
根がなくても花は咲くことを夢みて、神威はフライドポテトを追加注文することを決めた。