第一話「ぷりん党」 05
下着泥棒が頻繁に出没しているため、女子部活棟の各階には監視カメラが取り付けてある。本来ならば部外者が立ち入ることなど出来るはずもない女子部活棟に、彼らぷりん党は簡単に潜入を果たせてしまった。
なぜなら、段ボールに被さってコソコソと移動すれば、誰も彼らの事を気に留めるモノなどいなかった。廊下に段ボールが不自然に置かれてあっても女子部員は邪魔そうに横を通り抜けるだけで、一人として段ボールの中に人が入っているなんて考えなかったからである。監視カメラに動く段ボールが映っていてもそれは同じ事だった。
こんなにも段ボールがステルス性の高い物だと知らなかった。信用できる筋から段ボールを渡された時は、さすがの瞠もぶん殴ってやろうかと思った。しかし、実際に段ボールの性能は高く、彼らが段ボールを好んで使用しているのも頷けてしまうくらい優れたアイテムだったので、瞠が彼らをぶん殴らなく素直に料金を払って正解だった。
セキュリティーの甘さと段ボールの素晴らしさに感謝しつつ、瞠たちは女子部室棟二階に続く階段を兎跳びでピョンピョン飛び跳ねているとき、
「せっ、先輩」
折返し階段にいる隼人が慌てて瞠の名前を呼んでいるのが聞こえる。
「どうした、隼人三等兵」
「こんなところにも段ボールが置いてありますよ」
彼は振り返って、段ボールの内側から漏れる光に目を凝らすと、確かに踊り場に段ボールが数個横に並んでいた。
「似たような段ボールが一階にもありましたけど、なぜ、女子部室棟に『ミカン箱』がいくつもあるのでしょうか?」
「女子はミカンが好きなのだろう。別におかしなことではない」
自分が段ボールに隠れてコソコソと女子部活棟へ潜入しているのに、瞠は廊下に置かれた段ボールを気にする素振りも見せない。普通に考えれば充分怪しい段ボールなのだが、自分以外のことになると頭が回らないのが徒党が徒党であるゆえんなのである。
「それなら、先輩が隠れるのに丁度いいと言って持ってきたこのミカン箱。これはどこから持ってきたんですか?」
「女子部室棟の裏で仮面党がレンタルしていたぞ。二つ借りるのに三〇〇円もボッタクられたのだ。くれぐれも、傷には気を付けろ。弁償させられても困るからな」
強いて気にする素振りを見せない瞠が、残りの階段へ進路を戻す。彼には大量のミカン箱より、パンティドロボーを捕まえることで頭がいっぱいなのだ。
「まったく困った話だ。ワンコインでDVDが借りられるご時世に。何が悲しくてパンティドロボーを捕まえるために自腹を切らなければならないのだ。是が非でも犯人に請求してやる」
さらなる怒りを犯人に込めながら、瞠は蹴上げの兎跳びを始める。すると、再度、隼人が問うてきた。
「あの、さっき、サラリと知らない党員名が出てきたのですが『仮面党』とはなんですか?」
「仮面党とは、パンティを被ることが大好きな徒党だ。神出鬼没でどんな場所にも隠れることが出来るらしい。噂によれば、幹部クラスになると『物言わぬ傍観者』と呼ばれ、姿をも消すことが出来てしまう。ちなみに、一般の仮面党は姿が消せないので、隠れる際は段ボールを好んで使用している」
「なるほど。仮面党さんは段ボールを隠れ蓑にしているのですね」
そう言って隼人が隣にあるミカン箱を見た。季節が春になったというのに、隼人は目の前のミカン箱が気になってしかたがないらしい。
「思春期が醸し出すパワーは、万物をも超越してしまうのだ。故に使い方を間違えてはならぬ」
「えっ! そっ、そうですね。せっかく授かった力を犯罪に使っては目も当てられないです」
先輩がまだ話ていることに気がつき、慌てて彼の後を追っていく隼人。
「わかればよろしい。隼人よ。ようやく目的の階に到着したぞ」
瞠は大量のミカン箱に目もくれず、目的の二階から隼人の到着を待っていた。隼人も彼の後に続き、長く伸びた廊下に辿り着くと、そこには一階で見たミカン箱を遥かに凌駕するミカン箱で溢れかえっていた。
「先輩。あまりにも不自然に段ボールが散乱しているように見えるのですが。この状況で、発見されないってオカシクないですか?」
「発見? 隼人よ、お前はなにを言っているのだ? 何処にでもある風景ではないか」
なにか大切なモノが欠落している瞠にとって、目の前を蠢く段ボールなど重要視するほどでもなかったのだ。
「いや、ここにある部活全てが引っ越ししないと、こうはならないかと……」
「気にするな隼人。今は、パンティドロボーを捕まえることが優先だ」
「わっ、わかりました。たしか、犯人は女子柔道部へ向かったんですよね?」
「ああ、私の推理が正しければ、この先のはずだ。行くぞ!」
ゆっくりと転ばないように動き出す瞠。その後に続く隼人。網の目を縫うように二人が動いていると、途中、「同胞か?」や「あっ、順番守れよ。次、俺の番だぞ」などの声がどこからともなく聞こえたが、瞠は気にも留めなかった。気にしていたのは隼人だけである。
ぜったい、このミカン箱の中は「仮面党」の皆さんだ。なんで、こんなに不自然に置かれているのに、誰(女子部員)も気付かないんだろう? と、疑問に思ったが、その答えは直ぐに分かった。
突如、階段の方から女子部員とおぼしき声が聞こえて来たからである。その声を合図に、散乱していた段ボールはひとつの生命体と化し、次々と集まりだす。
「うわぁ。先輩、どうしたんでしょう」
「慌てるな隼人。これは段ボール嵐だ。巻き込まれないように壁に寄り掛かるのだ」
そう言って瞠は、隼人が被っている段ボールをグイグイっと押しながら壁際まで誘導する。隼人が廊下を見ると、今までバラバラだった段ボールが勢い良く積み上がり、数個のピラミットが並んで完成した。さながら、エジプトのギザ三大ピラミットのように。瞠と隼人は、ピラミットの隣でスフィンクスのように置かれた感じになっている。
ピラミットが完成して間も無く、階段から女子野球部が上がってきた。まさに、間一髪っと言ったところか。
「ふぅ~終わった。ねぇ、帰りにカラオケ行かない?」
「いいねぇ。男子も誘う?」
「男子ってエロいことしか考えないからなぁ」
「伽噺さんはどう? 一緒に行く?」
「残念ですが、お金を持っておりません」
「大丈夫、大丈夫。パンダはお金取られないわよ。きっと」
「そうなのですか? では、ご一緒致します。でも、私がご一緒でご迷惑じゃ……」
「なに言っているのよ。伽噺さん、強くてカワイイから、逆にみんな喜ぶわよ」
「なら、安心しました」
そう言ってパンダ……いや、女子野球部員たちは部室へ入っていった。
「すっ、すごい。隠れるどころか、逆に主張を強めることでミカン箱を背景の一部にしてしまいました。まさに、逆転の発想ですね」
先ほど目の前を通り過ぎたパンダには目もくれず、隼人は直前まで行われていた光景に唖然と口を開いた。
廊下にギザのピラミットが作られたことはさておき、その動きに一片の迷いは無かった。彼らならば、ホワイトハウスにも侵入できるかもしれない。
「ボケっとするな。私たちも女子柔道部室へ入るぞ」
そう言って瞠が、女子柔道部部室へ段ボールを滑り込ます。
「はっ、はい。いま行きます」
隼人も瞠の後に続いて中に入る。その時、積み上がった三大ピラミットから「あっ、ちょっと待て」「お前も抜け駆けする気か」「徒党番号を述べろ!」と声が聞こえたが、隼人は無視することにした。