第一話「ぷりん党」 04
瞠が女子柔道場から敵前逃亡……いや、戦略的撤退してから幾ばくかが過ぎる。
あのまま、キララ(ソング)のパンティラインを堪能しようとも考えたが、次は絞め殺されるだけではすまない。と、思った瞠は断念せざるを得なかった。そこで、彼ら(ぷりん部)は次なる目的のため学生校舎の屋上へやって来ていた。
フェンス越しに外を眺めれば、広大な敷地面積を誇る彼らの高校名物多目的運動場を一望することが出来る。五月の太陽に照らされたグラウンド。それはまるで何事にも代えがたい青春の一コマでも見ているようで美しかった。
「そんなモノを見る前に、パンティを見なさい」
と、瞠は高らかに吠えていた。
「うわぁ、広いグランドですね先輩♪」
瞠の隣では、眼下に広がる景色を見てウットリとしている後輩が、煩悩とはかけ離れた澄んだ眼で立っていた。
瞠はぷりん部らしからぬ隼人の態度に、先輩としてひと言物申してやろうと息巻いてみた。
「こら、隼人。グラウンドなんて見ていないでパンティを見なさい」
「でも、先輩。ここからではラインが見えません」
「…………」
当然の道理に、彼はなにも言い返すことが出来なかった。
確かにそのとおりなのである。屋上から下校する女子生徒のパンティラインを見る芸当なんて、入部したばかりの隼人が出来るはずもない。瞠がその境地に辿り着いたのは、師匠から教えを受けて三ヵ月の修練を必要としたからだ。だが、そんなのは彼もわかっている。
「いいか、隼人。お前をココに連れてきたのはグラウンドを見せるためではない。知らせておかなければならない輩がいるからだ」
「知らせておかなければ?」
「そうだ。まず、あそこを見なさい」
そう言って彼は正門に続く長い並木道を指さした。
「小陰に隠れて円陣を組んでいるアホ共がいるだろう」
「はい。彼らは何をしているのでしょうか。もしかして、あれも何かの部活ですか?」
「正確には少し違うな。あれは部の活動ではなく、党の活動。我々は党活と呼んでいる」
「党活?」
「そうだ。そして、あそこでアホみたいに円陣を組んではクネクネと踊っている三人組を!」
「三人組を!」
「なま党と呼ぶ!」
ここで説明しなければならない。数多居るラビリンスの住人は名前で呼び合うことはせず、全て個人が在籍している党員名で呼び合っている。
例えば、パンティラインが好きな派閥に在籍していれば「ぷりん党」と呼ばれ、パンティの色に興味がある派閥に在籍していれば「邪眼党」と呼び合うことになる。ぷりん部に入部(在籍)した隼人は、これからラビリンスの住人を呼ぶ時は党員名で話さなければならないし、逆に他の派閥が隼人を呼ぶ時は「ぷりん党」と言われるのだ。
なぜ、ラビリンスの住人同士が党員名で呼び合うようになったのか。一説によれば本名を知られると、ネット掲示板で陰口を叩かれるからとも、トイレの個室に名指しで書かれるからとも言われているが真実の方は定かで無い。
そして、数ある徒党名を総称して「パンツ連合」と呼ばれていた。そのパンツ連合の一つが『なま党』なのである。
彼らは「パンティは、女性が穿いてこそ価値を見いだす」を信条としている徒党であり。なま党内で独自に開発した「神風伍号」で風を起こし、自然現象を装いスカートめくりを目論んでいる。ようは、パンチラ大好き集団なのだ。
ちなみに、なま党幹部クラスが集まると風を自在に操ることが出来るらしい。
「そんな人たちがこの学校にいたなんて……」
瞠の説明を聞いた隼人は、あまりの驚きに、開いた口がふさがらないらしい。
「それにしても、なぜ、そのなま党さんがあそこにいるんですか?」
「答えは明白。あそこにパンティ(女子生徒)がいるからだ」
そう言って瞠は再度、円陣を組んでいるなま党を見た。彼らはクネクネと気持ち悪いダンスをしながら回り続け、並木道を歩く女子生徒へ念波を垂れ流している。
彼らの煩悩と情熱が最高潮に達したとき。一陣の風が舞い上がり、女子生徒のスカートをふわりと持ち上げた。
「すっ、すごい。本当に踊っているだけなのにスカートが捲れました」
思春期が織りなす超常現象を目の当りにして、隼人が歓喜の声を上げる。
「でも、変ですね。せっかく、風を起こしてスカートを捲ったのに全然嬉しそうに見えません」
スカートの裾を抑える女子生徒の陰で、なま党が苦悩の色を浮かべながら頭を抱えているのが見えた。
「隼人。良いところに気がついた。ヤツらは、全神経を使って『風を起こすことだけ』に集中するので、肝心のスカートが捲れた瞬間をいつも見逃してしまうのだ」
「それって意味がないのでは?」
「そのとおり。だが、彼らは諦めず何度も同じ過ちを犯してしまう」
「なぜ、無駄だと分かっていてそんなことをするんですか?」
「答えは簡単。アホだからだ。しかし、だからこそ風を操ることが出来るのだ」
一説によれば、三〇年間童貞であり続けると魔法が使えるようになるらしい。このまま行けば、きっと彼らは大魔導師になるにちがいない。ガンバレなま党。魔法が使えるその日まで。
そんなアホ共を横目に、瞠は次なる徒党を指さした。
「なま党から少し離れた茂みに段ボールが二個置かれているのが見えるか?」
「はい。ここからでも確認できます」
「いいか、隼人。あの段ボールに隠れている二人の徒党名は……」
「先輩。あれはなんですか?」
隼人がなま党が隠れている場所から、遥か後方にあるグラウンドを指さして言った。
「隼人、先輩の話を聞きなさい」
話の腰を折られて、大人気なくムッとしてしまった瞠。
「でも、先輩。あそこにパンダが……」
「パンダだと? そんな馬鹿なことがあるわけないだろう。ここは上野動物園ではないのだぞ」
そう言いつつ、グラウンドへ目を凝らして見ると、ふわふわとした毛並みのツートンカラーが、女子野球部員に交じって楽しそうに部活をしている風景があった。ぽてぽてっとバッターボックスへ歩く姿は一見愛らしく思えたが、右手に持つボロボロの金属バットが逆に、愛らしくも猟奇的な雰囲気を醸し出している。
「なんだ、あのパンダは?」
彼の驚きは当然と言えた。いくら、広大な敷地面積を誇っているとはいえ、学校にパンダが生息しているなんて聞いたことがない。しかも、そのパンダが女子野球部と交じって野球をしているのだから、驚かないほうが無理がある。
パンダは持っていたバットを握り直し「花は桜木、女は伽噺昴。狙うはオープニングホームラン!」と、高らかに宣言してからバットを持ち上げた。
「なんか、予告ホームランみたいですね」
パンダがバッターボックスに入ると、ピッチャーは大きく振りかぶり、渾身の球をストライクゾーンへ放り込む。ボールが空を切りキャッチャーミットに吸い込まれる刹那。
不動のパンダがカキーンッとノーモーションで金属音を打ち鳴らした。
そのまま、三遊間を切り裂き、ボールは放物線を描くように並木道に隠れ踊っているなま党の一人にジャストミート。宣言通り、パンダはオープニングホームランを為し遂げてしまった。
一方、静かに崩れ落ちるなま党幹部。その後、仲間二人が彼を担ぎ上げ保健室へ運んだことは言う迄も無い。
「なんか、こっちまで聞こえるくらいの鈍い音がしましたけど、なま党さん、大丈夫なんでしょうか?」
二人手に運ばれて行くアホを隼人は心配そうに眺めながら言った。
「問題なかろう。大きなタンコブが出来るくらいで命には別状ない。我々の頭は煩悩で溢れかえっている。あれくらいで陥没するほど頭蓋骨はヤワではない」
「説得力がまるでありませんけど、先輩が言うのでしたら大丈夫ですね」
「それより、私が説明しようとしていた徒党の名だが」
そう言って瞠は茂みの陰に置かれてある二個の段ボールを再度指さした。
先ほど、グラウンドに生息していたパンダの事が少しだけ気になる瞠だが、敢えて無視することにする。
「いいか。あの二人組の徒党名は仮……」
「先輩。アレはなんですか?」
懲りずに隼人が、またも瞠の話の腰を折る。これはわざととしか思えないタイミングである。
「隼人よ。先輩が話しているときにだな……」
「あそこにいる人。さっきから変な動きをしているんです」
隼人が手招きをしながら一点を指さしていた。その先を見ると、運動部員が使用している女子部活棟があった。
部活棟とは、グラウンドの隣に建てられた運動部専用の建物のことである。ぷりん部を含めた地下部活の住人にとって、学校公認の部活棟など、ある一点を除いては行くことがない。部室棟へ行くのは簡単。学生校舎から移動することが可能で、講堂→部室棟(二棟)→プールと、上履きを履いたまま行くことが出来る。
「あの建物は女子部活棟と言って、野球部・サッカー部・柔道部・陸上部など、メジャーな部活が集まっている棟だ。我々のような有るのか無いのか分からないラビリンスの住人には関係がない所だな。それが、どうかしたのか?」
「女子部活棟ってことは、男子にも関係ない所ですよね?」
「無論だ。そんな所へ入る瞬間を女子生徒に見られようものなら、パンティドロボーと間違われても致し方あるまい」
「それなら、あの男性はあそこでなにをしているのでしょうか?」
首を傾げる隼人が気になったので、瞠も彼の言う『男性』を探してみることにした。本来ならば男など見たくもなかったが、カワイイ後輩が首を傾げているのだ。答えてやるのが先輩の務めと考え、嫌々ながらピントを合わせてみた。
「どれどれ? 女子部活棟に男など、本当にいるのか?」
そう言って、女子部活棟へ目を凝らして見ると、
「……オトコだな」
瞠の居る学生校舎の屋上からだと正確な判別が出来なかったが、確かに、女子部活棟の二階に高校の制服を着た男子生徒が廊下を歩いていた。男は辺りをキョロキョロと見渡しては、見事なカニ歩きをしている。小脇に段ボールを抱え、女子運動部員が廊下を通るたびにゴソゴソと段ボールで身を隠したりもしている。ハッキリ言って怪しすぎる。そして、屋上からぷりん部が見ている事実を男は知らないご様子。
「さっき、キララ先輩が言ったこと。ずっと、気になっていたんですけど」
隼人が部室棟の窓に見える男性を注意深く観察しながら口を開いた。その姿は、シャーロック・ホームズばりの顔つきだ。
「最近、下着ドロボーが出没しているんですよね?」
「そうだ。女子部室棟に置いてあった着替えのパンティが無くなっていたらしい」
なんとも嘆かわしいことである。我々が崇めるパンティを盗むなんてことは、神への冒瀆に等しい行為だ。と、瞠は遺憾に思った。
「犯人の目撃情報とかないのですか?」
「部室が荒らされたとは聞くが、犯人に繋がる手がかりなど無かったはずだ。そもそも、そんなモノがあれば生徒会が黙っているはずがない」
「部室を荒らしたのなら、犯人はパンツの場所を知らなかったと考えて間違いないでしょう。他に盗まれた物とかないのですか?」
「財布とか貴重品もあったらしいが手つかずの状態だったらしい」
「やっぱり、金銭目当ての犯行ではないですね。でも、おかしいです」
「おかしい? なにがだ」
「犯人が貴重品や金銭を盗まないで下着だけ盗むことがです。下着なんか盗んで犯人はどうするつもりなんでしょう」
「隼人よ。お前はなにが言いたいのだ?」
「犯人はお金ではなく、パンツを盗むことが目的のように思えます。それこそ、パンツにただならぬ私情を挟んでいる」
瞠は隼人の言っているいる意味が、自分たち(ラビリンスの住人)へ向けられているようで嫌な気がした。
「こら、隼人。まさか、お前もキララと同じ事を言いたいのか? いいか、我々にとってパンティとは崇高なモノなのだ。例えるならば僧侶が仏像を盗むわけがあるまい」
「べつに、ボクはラビリンスの住人を疑っていませんよ。ただ……」
そう言って隼人が女子部室棟にいる男子生徒を見て言った。
「ボクが言いたいのは、あそこに居る人なら、その答えを知っているのではないのでしょうか? パンツを盗む理由を……」
「そんなの決まっている。そこにパンティがあるからだ! ……ん?」
その時、瞠の脳裏に青天の霹靂が走った。ちょっとだけ、隼人が言ったことを冷静に考えてみることにする。
部活中にパンティを盗む者がいる。主犯格は捕まっておらず、現在でも犯行は行われている。女子生徒(少なくともキララ)は我々の中に犯人がいると疑っている。そんなとき、女子部室棟に怪しい男が現れた。彼はキョロキョロと辺りを見渡し、一目で挙動不審だとわかる。小脇に段ボール。男が向かっている先は、女子柔道部の部室だったはず。それが導き出す答えとは――
「そうか! 隼人、わかったぞ」
考えられる全ての理が、点から線に変わり、瞠もいままさに「シャーロック・ホームズ」へと変化していた。
「そうです。あの人が下着ドロ……」
「女子部活棟にいる者は、男ではなく女子だったのだ。男の恰好をしていたからダマされたぞ。それなら合点がいく。女子部室棟にクサレ男が居るはずがない」
「この、ダメ探偵! 違いますよ。なんで、そうなるんですか。あの人が一連の首謀者なんですよ。そして、いままさに下着が狙われているんです」
「なんだとおおおおおおおおおおおおお。隼人、それは本当かッ!」
驚愕の結末に、瞠は叫んでいた。このときの瞠の驚きは、彼が幼少の頃に読んだ『アクロイド殺し』ばりの衝撃だったという。
「これだけ情況証拠が揃っているんです。あとは現場を押さえれば先輩への身の潔白が証明されますよ」
潔白っという言葉で、ようやく瞠は激怒した。
なんだと。我々を容疑者にしたてあげた真犯人がヤツだというのか。おのれ許すまじ。アイツのせいで危うく、私の目玉はえぐり取られそうになったのだ。このまま野放しにしたら、同胞が、私の目玉が危険にさらされる。一刻も早く、ヤツを捕まえなければ。
そうと決まれば、瞠は早かった。
「行くぞ、隼人。パンティ狩り狩りだぁ」
彼は雄叫びとともに屋上を飛び出していた。これでようやく、怒りの矛先を向けることができる。そう、瞠は思った。
「あっ、でも先輩。ひとつ問題が……」
「なんだ、隼人。敵は本能寺……いや、部室棟にいるのだぞ。一刻の猶予も許されぬ事態だ。手短に言いなさい」
「ボクたちはこれから女子部室棟へ行くんですよね?」
「だから、それがどうしたのだ」
「もし、誰かに見られたら……」
隼人が言わんとしていることが、なんとなく瞠にも理解が出来てしまった。
誰かに見つかれば、私たちがパンティドロボーになってしまうではないか!




