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駆けろ! ぷりん部  作者: 三池猫
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第一話「ぷりん党」 03

 ギシギシと、何かを絞め付ける音が聞こえる。

 彼が目を覚ますと犯行の真っ最中であった。瞠の両襟首を絞め上げているキララと、それを止めようとしている隼人。端から見れば、恋愛絡みのトラブルにも見えるが、実の所、瞠がキララのパンティを大声で叫んだ結果なので、誰も彼に同情する場面ではない。

「ちょっと、キララ先輩。やめてください。本当に先輩が死んじゃいますよ」

 必死にキララの絞め技を解こうとする隼人。しかし、非力な隼人の力ではキララの完璧に極っている絞め技を解くことは出来なかった。

「邪魔しないで。私のパンツを知った男は永眠するべきなのよ」

 なんとも納得できる犯行動機である。柔道の絞め技である十字絞めで、瞠を亡き者にしようとしているらしい。 

「こっ、このままでは、本当にキララに殺されてしまう」

 そう思った瞠は、師匠から教わった秘術でキララの犯行を止めようと考えた。

 己が両指先に全身全霊の気を込める。意識が飛びそうになったが気力で繋ぎ止め、一気にキララの脇の下の秘孔(ひこう)を突いた。あとで知ることとなるが、その時の彼の顔は、青紫に変色していたらしい。

 喰らえ。『焦熱連撃(ガトリング・ハイウェイ)

「きゃっ」

 人間の急所であり、キララの弱点である脇の下への攻撃に、一瞬キララの力が緩まった。その隙を待っていた瞠はキララの手を振りほどき、ゴロゴロと転がりながら隼人の後ろに隠れる。いや、隼人を盾にしたと表現した方がいいか。

「はあ……はあ……はあ、キララ。早まるな。パンティのデザインを知られたからって人生を踏み外してはならぬ」

 鬼の形相で睨みつけてくるキララに、瞠は目を合わせることが出来ない。

「たしかにお前がソングを穿いていることにビックリした。しかし、だからと言って……」

 キララが眉をしかめ、次第に赤らむ。そして「その目玉、えぐり取ってやる」と、残虐極まりないことを口ずさむ。

「ちょ、ちょっと待て。確かにビックリした。が、私はむしろ好意的に思うぞ」

「しゃべるな! こんなことをいつまで続けるつもりなの? あんた、生徒会に睨まれている自覚がないの?」

「睨まれる? なんの話だ」

「呆れた。下着泥棒の件に決まっているじゃない」

「下着泥棒?」

 それを聞いて盾にされていた隼人が首を傾げた。

「先輩、下着泥棒ってなんですか?」

「なんだ、お前は知らないのか。私たちが通う普通科①には下着泥棒がたびたび出没するのだ」

「初めて知りました。それで、犯人はまだ捕まっていないんですか?」

「春休みくらいに、潜伏していた犯人グループを生徒会が一斉摘発したと校内新聞に載っていた」

「それなら事件は解決しているのでは?」

「まだ主犯格が捕まっていないのよ。先日だって下着が盗まれたわ」

 そう言って、瞠がパンティ好きだと知っているキララは疑うような目で言った。

「本当にアンタたちが犯人じゃないんでしょうね?」

 軽蔑した眼でキララが瞠を見る。まるで、瞠の全てを比定するかのような、憐れんだ眼だった。

 キララの指摘は当然と言えば当然なのかも知れない。だが、彼女は完全に誤解していた。確かに、ラビリンスの住人は、パンティを実際に見たり触ったり被ったりもしている。が、決して盗みを働くようなマネは一切してこなかった。なぜなら、パンティは女性が穿いて初めて光り輝くもの。パンティとは言わば原石。パンティを持たない女子は、ただの霊長類最強の動物でしかない! っと豪語している彼らである。そんな彼らが、女子生徒からパンティを採り上げるようなマネなどするはずもない。

 故に、彼らラビリンスの住人をパンツ泥棒呼ばわりすることなんてお門違いも甚だしかった。

「私たちの同胞に犯人が居るとでも言いたそうな物言いだな」

「初めからそのつもりで言っているんだけど」

「はっ、初めっからだとッ!」

 さすがの瞠でも、心胆を寒からしめる発言にアイデンティティがクライシスしそうになった。

 なんて恐ろしいことを言うのだキララは。パンティをこよなく愛する者に対してパンティドロボーだと。断じて許すわけには行かぬ。

 と、瞠は逆ギレすることにした。

「ハッ、ハルちゃん怒るじょ」

「うるさいッ!」

 瞠の逆ギレは、キララの一閃で失敗に終わってしまう。彼は持ち前の素速さで隼人の背中にひょいっと隠れた。キララの目を見たら石にされる。それほど恐ろしい目力だったので、瞠は手も足も口も出なかった。

「瞠じゃなくても、どうせアンタの仲間かなんかでしょ? いいから、パンツ返しなさいよ」

「だから、私たちではないと言っているだろう。濡れ衣だ。冤罪だ。誤認逮捕だ」

 彼がプルプルと隼人の背中越しで震えながら抗議を申し立てていると、

「あの……。キララ先輩自身は、実際に被害に遭ったんですか?」

「えっ?」

「キララ先輩も下着泥棒に下着を盗まれたのかと思いまして」

 彼女の剣幕をものともしない隼人が、ニコリと笑って言葉を続ける。

「もし、盗まれていたとしても安心してください。盗んだのは先輩ではありません」

「なっ、なんでアンタにそんなことがわかるのよ?」

「なぜなら、キララ先輩がソングを穿いていることを、今の今まで先輩は知りませんでした。もし、キララ先輩のパンツを盗んだのが先輩なら、キララ先輩がどんなパンツを穿いているか知っていたはずです」

「そんなの無差別に盗んでたら分からないじゃない。パンツなんてどれも同じでしょ?」

「いいえ、違います。パンツはデザイン・カラー・サイズの三つで分類されます。デザイン一つにしても千差万別に種類があり、どれを選ぶかは人それぞれ。それこそ個人の趣味や好みが反映されます。それに、パンツをこよなく愛する先輩が、誰のパンツを盗んだか知らないはずがありません。そうですよね、先輩?」

「そっ、そうだそうだぁ」

 完璧すぎる隼人の弁護に脱帽。圧倒された瞠は、小学生並の野次しか飛ばせなかった。しかし、ここでキララに怖じ気付いている場合ではない。汚名返上のチャンスを逃すまいと、瞠は名誉挽回を計る。

「キララがフルバックではなくソングを穿いているなんて知らなかった。柔道の練習をしている時のキララのパンティは、ジャカードのフルバックだったはずだ。その他にレオパード柄プリントにチュールを重ねたデザインのパンティも穿いている。基本的にキララが穿いていたパンティは、ウエスト上部がレース編み、フロントにリボン。セクシーになりがちなローライズを、ディテールとカラーリングで可愛く仕上げたパンティだったはず。付け加えるのならば、キララのパンティ価格は一五〇〇円(税込)である」

 そうなのである。キララはフロント部分がレギュラータイプか、ローライズのパンティしか持っていなかったはず。フルバックからソングに切り替わっていたことを、瞠が知るよしもない。

 自分の知らないところで、キララが大人の階段を上っていた事実を、この時の瞠は受け止めることが出来なかった。

 感傷にひたっている耳元へ、どこからともなく「やっぱり、その目玉えぐり取ってやる」と、小学生が聞いたら小便ちびりそうな声が瞠の鼓膜を震わした。

「ちょっと待て。だから、パンティを盗んだのは私ではないと……」

 キララの悪行を止めるため、瞠が隼人の背中から顔を出した。が、どうやら汚名返上するどころか、汚名挽回だったらしく、その事実に瞠が気付いたのは、キララが目玉をえぐるモーションに入ってからだった。

「パンティ、パンティ、うるさいのよ。ショーツって言いなさいよ」

 そう言って、キララが二本の指を瞠の眼球目掛けて突き出した。目潰しのスピードではない。眼球の奥、脳まで貫通しそうな勢いである。

「キララ。障害が残るからヤメテェェェ」

「あの~。そろそろ乱取り稽古を始めたいんじゃが」

 貫かれる寸前。キララの背後から声が聞こえた。彼女が放った指先はピタリと瞠の網膜の手前で止まり、

「あっ、先生。すみません」

 慌てて指を引っ込めるキララ。

「たっ、助かったのか?」

 生唾を飲み込み、瞠は声の聞こえた方へ視線を向けた。すると、小刻みに首を縦に振っている臨時顧問の丹下先生が、プリンを器用に食べながら立っていた。立ち居振る舞いにスキは無く。小便を我慢しているみたいにプルプルっと震える姿は、なぜか、蓬莱山(ほうらいさん)から降りてきた仙人のように神々しく輝いている。

「安藤くん。いつまで遊んでいるの。罰としてキミは乱取り二十本じゃ。もちろん休憩なし」

「はっはいッ!」

 キララが丹下先生に一礼をしてから道場へ戻っていく。だが、彼女はピタリと止まり、何かを思い出したかのように振り返ると、

「言っておくけど、私は盗まれていないから。盗まれたのは私じゃなくて友達なんだからね」

 そう言ってキララは道場内に入っていった。

「……だっ、だからなんだと言うのだ。人を犯罪者呼ばわりしておいて、ツンデレっぽく言えば許されると思うなよ」

 キララが居なくなったことで強気を取り戻す瞠。彼は小学校からキララが苦手なのだ。

 憤りを発し、込み上げてくる怒りを目の前の後頭部(隼人)にぶつけようとしていると、いままで盾にされていた隼人が振り返り、

「よかったですね。疑いが晴れたみたいです」

 と、満面の笑みで見られては瞠も八つ当たりが出来なかった。

 とにかく、隼人には礼を言っておこうと思った。もし、あの場面で隼人が瞠を弁護していなければ、今頃、辺り一帯に彼の脳味噌がバラまかれていたことだろう。

「さっきは助かった。礼を言う隼人」

「いいえ、どういたしまして♪」

 再度、顔をほころばせる隼人。なんとも破顔一笑とはこの事である。

「ほっほっほっ。キミはもしかして、安藤くんと同じ学年の佐木崖くんじゃな」

 紙を丸めたようなシワシワの老人がニコやかに話し掛けてきた。隼人と比べたら、この笑顔はまるで妖怪である。

 ここで、瞠は疑問に思った。なぜ、このジジイは私の事を知っているんだ。ジジイとは面識がないはず。仙人ともなると、読心術じみた奇っ怪な妖術が使えるようになるのか?

「そのとおり。私はキララと同じ学年、同じ組の佐木崖瞠だ。ジジイ、助けてもらってなんだが、なぜ、そのことを知っている?」

「ほっほっほっ。安藤くんから色々聞いておるよ。キミは洋袴(ぱんつ)が好きらしいの」

 年のせいか、震える手で器用にプリンを(すく)ってから「それにしても、この洋菓子(プリン)は美味しいのぉ」と、いまだにプリンを食べていたことに、瞠は今更になって驚いた。

「いかにも、私はパンティが好きだ。パンティラインはもっと好きだ。それにしても、洋袴と書いてパンツと呼ばすとは。ジジイ、どの時代の人間だ。本当に蓬莱山に住んでいるわけではあるまいな」

 老人は絶えずニコニコと紙を丸めたような笑顔を瞠に向け、化け狐のような目で彼を見上げた。

「ほっほっほっ。若くてけっこう。しかしキミか……いやはや納得だの」

 まじまじと顔を覗きながら「なるほど」と頷き「キミは若い頃の儂に似ているな」と、言われても嬉しくない言葉を小言のように言ってくる。

「なんなんだこのジジイは? キララになにを聞かせられたか知らんが、変に親近感を持たれても困る」

 そう言って瞠は隼人の手を握って足早に通り過ぎた。

「安藤くんの洋袴(パンツ)じゃが……」

 彼は立ち去ろうとした。が、洋袴と表記してパンツと呼ばれてしまったら、彼は立ち止まるしかない。瞠は振り向きもせず仙人(ジジイ)の言葉を待った。

「安藤くんの洋袴。あの形になったのは彼女が二年生になってからじゃ」

「なんだと! フルバックからソングに切り替わった事を知っているのか。隣の席の私でも気がつかなかったぞ」

 急いで振り返ったが老人の姿は無く、今まで老人が食べていたプリンの容器だけが春風にさらされていた。

 狐につままれたみたいだったので、瞠は隼人の頬をつねってみると、

「いてて。先輩、痛いですよ」

 どうやら夢ではなかったらしい。呆然と立ち尽くしている瞠の元に「はいはい、安藤くん。休まない」と、道場から老人の声が聞こえてきた。

「あの、ジジイ。本当に仙術でも使えるのか?」

 そう思ったのは無理からぬことだった。

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