第三話「六月一日」 18
その日の放課後。昼休みに起こった珍騒動は、アホなヤツらがアホな騒ぎを起こして醜態をさらしたとして一時は話題となったが、昼の一斉放送を聞いていた男子生徒が中庭の戦いよりリア充の会話に激情してしまった。彼らは「リア充は死すべし」と騒ぎ立てて辺り構わずパンデミック状態が拡散。各クラスから男どもが飛び出し「佐木崖瞠はどこだ」や「校内を引きずり回してやる」と暴動が起きたが、すぐに先生たちの一喝で沈静化してしまった。
そんな慌しい昼休みを送った全校生徒も、放課後になればいつものように部活で汗を流したり、趣味に煩悩を垂れ流したりしている。
こうして何事もなく、佐木崖瞠と早乙女隼人の平穏な日常は戻ってきた。
正門に続く並木道の小陰でブルーシートを広げ、二人でプリンを食べる瞠と隼人。その近くにはなま党が、念仏のような呪文を唱えながら神風を起こそうと孤軍奮闘しては散っていった。さらにその先には数個のミカン箱が並んで何かを話し込んでいる。どうやら更衣室に潜入できなかった仮面党が被るパンティを求めて次の作戦を考えているらしい。
「先輩、あそこにキララ先輩が歩いていますよ」
隼人が指さす先にはキララが正門へ向かって並木道を歩いている途中だった。
「ああ、キララか。今日は部活がないと言っていたから帰っているのだろう。べつに報告するほどでもない」
「休みなんですか? それならキララ先輩も誘いましょうよ」
「誘うって何に誘うのだ。キララは隼人と違ってパンティラインに興味なんかない。我々の邪魔をするだけだ」
「それもそうですね」
そう言って隼人が正門前を見ると、護ノ宮神威が指先をモジモジさせながら立っていることに気がついた。彼は時折、歩いてくるキララを見てはタイミングを見計らっている様子にも見える。
「先輩。あの人って……」
「ああ、キララに謝りたいと言っていたので、私が正門で待っていろと言っておいたのだ」
そう言って瞠も神威の事を見た。
神威はソワソワとしながら、キララがやってくるのを今か遅しと待っている。当然、不審者が正門の前に居るのだからキララが気付かないわけが無い。それでもキララは神威のことを無視して歩いていく。
「あっ、あの……」
意を決した神威がキララの目の前に飛び出し声を掛ける。声を掛けられたキララは怪訝な顔をして「なに?」と答えた。
「その……安藤キララさん」
「だから、なによ」
「この前は下着を盗んでしまってゴメン」
深々と頭を下げて神威が謝ってきたのを見てキララは、
「……それだけ?」と、冷たく突き放した。
「あと、胸を揉もうとしてゴメンナサイ」
「あんたさぁ、他にすることはないの?」
「えっ、でも、キミに謝りたくて」
「はぁ、別にいいわよ。隼人くんから話は聞いているし。もしかして、中庭で叫んでいたのってこの事だったの?」
「中庭って……」
「生徒会の人に何度も何度も謝る謝るって叫んでいたじゃない。違うの?」
神威が紫の薔薇にだけ話していたつもりが、本人であるキララにも聞かれていたらしい。本人を前にして聞かれてしまったことに今更になって恥ずかしい。
「ちっ、違わないです」
顔が見えないように必死に頭を下げる。不意に下げた頭の上に何かが置かれる感触がした。それはキララが今まで持っていたスポーツバックだった。
「はいはい、許してあげるから頭を上げなさいよ」
「許してくれるの?」
顔を持ち上げキララを見ると、彼女は溜息を吐きながら、
「もうあんなことするんじゃないわよ」
そう言ってスポーツバックを左肩に担いで神威の隣を通り過ぎてしまった。
「わっ、わかった」
何度も頷きながら、神威は離れていくキララの背中から視線を外すことが出来ない。
胸に熱いモノが苦しく膨れだし、思わず神威は胸を押さえていた。
彼が遅い春の到来を感じたのは、それから数分後のことになる。
二人の事を見ていた隼人は、無意識に隣に座る瞠の横顔を見ていた。
「キララ先輩に春の予感ですね。どうしますか先輩?」
言われた瞠は冷静に「その時はお気に入りのプリンでも差し入れするさ」と鼻で笑って見せた。
その時、今まで念仏を唱えていたなま党の祈りが届き、一陣の風が並木道を歩く女子生徒のスカートをヒラリと舞い上げた。
「ちょっと、なによ。この風」
女子が急いでスカートを戻す。しかし、瞠はいつまでもキララの背中を見ていた。
「先輩だって下着、見ていない時があるじゃないですか」
と、言って隼人が瞠の横顔をもう一度見る。そして、
「まあ、ボクもですけど……」
そう言ってニッコリと微笑んだ。




