第三話「六月一日」 16
一方、スプリンクラーが水をまき散らす少し前。
「ほら、さっさと立て。誠龍館に戻るぞ」
執行部の一人が、倒れているブラジャー派を起こそうと手を伸ばした時、スプリンクラーが回り始め、辺りに大量の水をまき散らした。その雨とも呼べる散水は辺り構わず飛び散り、ギャラリーで見ていた数名の女子高生へ降り注いだ。
「きゃー」
「ちょっと、なによこれ」
スプリンクラーの水をまともに浴びてしまった女子学生のブラウスがジワジワと透けて見える。今日は六月一日。衣替えである。薄着になった女子生徒の下着を隠す術はない。その結果、あらわになるブラジャー。
その瞬間を正確に仰視していたブラジャー派が次々に蘇っていった。その光景を目撃していたギャラリーは「まるで墓地から這い出てきた亡者、そのものだった」と証言したという。
「水玉だった」
「ドット柄だった」
「水色だった」
ブラジャー派一同、活力を取り戻し、立ち上がり、声を大にして叫んだ。
「我が学校生活に一片の悔い無し」
「なっ、なんだ!」
突然、元気はつらつになったブラジャー派が見境なく執行部員・風紀部員・更生部員を羽交い締めにする。瞬く間に捕まってしまった生徒会メンバーが、懸命に振りほどこうともがくがガッチリと掴まれていて身動きが取れない。
「こいつらいきなり元気になったぞ」
「どこにこんな力を隠し持っていたんだ」
もちろん執行部部長と風紀部部長の二人も貧弱なブラジャー派に抱きつかれて動くことが出来ないでいる。
「くそ、離せ」
「俺の筋肉がこんなヤツらに負けるなんて」
生徒会随一の筋肉を持ち合わせている執行部部長でさえ、煩悩が開化した亡者たちを振りほどくことが出来なかった。それほどまでにブラジャー派の力は凄まじく強力であったのだ。
「名人、今です。俺たちの事は気にしないでアレを撃ってください」
一人のブラジャー派が生徒会メンバーを羽交い締めにしながら叫んだ。その声を聞いた名人は両腕の袖を捲り、決意に満ちた目でブラジャー派を見渡した。
「お前たち、悔いは無いんだな」
「ありません」
「ならば、今こそ使おう。山田コウタローさえも使うことを恐れた究極奥義を」
「バカめ。何度、片手ホック外しを出そうとベルトが邪魔して不発に終わるぞ」
身動きの出来ない風紀部部長が名人を見て言った。
「究極奥義に死角はない。刮目せよ。これが究極奥義『鎌鼬』だ」
「なに! カマイタチだと」
説明しよう。鎌鼬とは、右手でホックを外すのと同時に左手でベルトをも外してしまう荒技である。しかも、両手を使うことでその速度は数倍に跳ね上がる。
瞬く間に名人はブラジャー派が羽交い締めしている生徒会メンバーの横を通り過ぎていく。まさに、カマイタチのように。
彼が通り過ぎた道には、ひとつの留め具も許さず外れていた。しかし、それでもズボンは落ちない。
「バカめ。ベルトを外したからといってそう簡単にズボンが落ちるものか」
高笑いする執行部部長と風紀部部長。だが、それさえも名人はお見通しだった。
「まだわからないのか。なぜ、あの山田コウタローさえもこの技を恐れたかを」
「恐れた理由だと?」
「この技は確実にお前たちのズボンを下ろす技だからだ」
そう言って名人はパチッと指を鳴らした。それを皮切りに、羽交い締めしていたブラジャー派が一同に生徒会メンバーのズボンを掴む。
「まさか!」
執行部部長は青ざめた。彼が小学五年生の頃に味わった苦い思い出が走馬灯のように思い出される。
「そうだ。この技は、ただのズボン下ろしだ」
一斉に生徒会メンバーのズボンは、ブラジャー派の手によってズボンはおろかパンツさえも下ろされてしまった。山田コウタローが恐れた理由。それはズボンを下ろすつもりが、勢い余って穿いている下着さえも下ろしてしまうからであった。
「ぐふっ……やはり、この技を男に使うと反動が凄いな」
そう言って名人は泡を吹き出しながら崩れ落ちた。生徒会メンバーは公衆の面前でパンツを下ろされたショックで気絶してしまう。そして、下ろしたブラジャー派も眼前に男の尻があることを受け止めきれずゲロをまき散らしながら昇天した。
こうして、中庭で繰り広げられたアホらしい戦いは、誰一人立ち上がることなく全校生徒に見放されながら終了したのだった。




