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駆けろ! ぷりん部  作者: 三池猫
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第一話「ぷりん党」 02

 瞠の通う高等学校はとてつもなく大きく、全校生徒は数千人と言われているマンモス校だ。

 校舎は敷地各所に散りばめられ、彼の通う学生校舎は北西に建てられている。至る所に校舎が建てられてあるので、学校側は日本野鳥の会の協力のもと、登校してくる学生を双眼鏡片手にカウントをしてくれているらしい。

 増え続けた生徒と比例して、多種多様な部活動も増えていった。野球部・サッカー部・柔道部・バレー部・テニス部などメジャーな部活があるのはもちろん、生徒独自で創り上げた非公認の部活動も存在している。

 学校公認の部活動には専用の校舎が建てられているが、瞠のような非公認の部活動に校舎なんてものはない。そこで彼らは、自分たちで部室を作り活動拠点を手に入れることにした。そこで目を付けたのが使われなくなった旧校舎だった。瞠たち煩悩の亡者が秘密裏に動くのに持って来いの場所だ。なぜなら、パンティに思いを馳せる集団が表立って活動するわけにもいかなかったからである。


 瞠たちはラビリンスを出ると、学生校舎から徒歩五分にある女子柔道場を訪れていた。プレハブで建てられた柔道場の小窓から中を覗きこむと、畳の上で寝技の練習をしているのが見える。

 互いに背中合わせで座り、開始のベルと同時に攻防が始まる。

 なぜ、彼が隼人を女子柔道場へ連れてきたのか述べると、当然、パンティラインを拝むためだ。

 柔道着というモノは、上衣がとてつもなく厚く硬い。使っていれば多少柔らかくなり、握りやすくなるものの厚いことは変わらない。しかし、下衣は上衣と違って薄くできている。もともと柔道とは袖と襟を持って投げるもの。

 以上のことからぷりん部が導き出したのは、下衣の強度は低く破れやすいこと。そして、パンティラインが非常に分かりやすく、初心者でも容易に確認することが出来るからだ。

「先輩。今から何をするんですか?」

「なに! 説明が必要なのか? この状況とぷりん部の目的を理解していれば、何を見るかは一目瞭然だと思っていたぞ」

 瞠は隼人に説明をしていなかった。それは口で言わなくとも、ぷりん部のドアを叩いた者ならば自明の理だと思っていたからである。パンティラインを勉強するためぷりん部に入部したのに「何をするんですか?」と、隼人が言っているのだ。瞠の驚きは当然と言えよう。

 だが、そんなことでいちいち怒っていてはぷりん部部長は務まらない。

 純粋な眼差しで見つめている彼の肩をポンと叩き、瞠は情熱と煩悩でよどんだ眼差しで見つめ返した。

「わからないのか。パンティだ。パンティを見るんだ。お前はなんのためにぷりん部に入部したのだ」

 が、隼人は小首を傾げ「はぁ……」と、理解しがたい表情を浮かべている。

「いいか。柔道着の下衣は薄い。しかも、寝技だと受け身がお尻を突き出す形になるから、パンティラインがクッキリと響くんだ。まずはそれを頭に叩きつけろ。脳裏に焼き付けるんだ」

「わっ、わかりました」

 彼の熱意が伝わったのか、隼人は一生懸命に頷き、小窓から見える女子柔道部員を観察してみることにした。

 そうだ、それでいい。今は分からなくても、そのうち分かるようになる。ズボン相手なら、まだ攻略の糸口がある。しかし、スカートが相手だとそうも言ってられん。ヒップと布の間に隙間があるとパンティラインが響いてこない。そんなときは八割方妄想するしかないのだ。だからこそ、今は妄想力を鍛えねばならん。むしろ、妄想こそが我が部のモットーなのだ。

 と、瞠は心の中で熱く叫んだ。

「それにしても先輩。あそこに座っているおじいちゃん。もの凄く首を縦に振ってますね♪」

「なに?」

 隼人が指差す方へ視線を向けると、確かに年寄りが満面の笑みでプリンを食べているのが見える。左隅に積まれた畳に腰掛け、一口プリンを頬張るたびに首を上下に振っては喜びを表していた。あまりの速さで首がもげるのではないかと思うくらい動いているのが、不気味を通り越して奇っ怪であった。

「あれは臨時顧問の丹下(たんげ)先生だ。定年を迎えているが、顧問不在とかで練習を見に来ているらしい」

「へぇー。そうなんですか」

「そうなんだ。って違う。お前は何を見ているのだ。赤べこジジイを見るんじゃなくてパンティを見なさい」

 瞠は隼人の頭に手を置き、クルリと回転させると、四つんばいになって相手の攻撃を防いでいる女子部員へ向けた。

「あれはフルバックと言って、お尻全体を覆うタイプのパンティだ。思春期の女子が履く、一般的なやつだと思っておけ」

 そう言って、瞠は次の標的へ顔を向けさせた。

「あっ、あの先輩。手が頭の上に……」

 瞠の手が自分の頭に置かれている現状。隼人の思考回路はショート寸前にまで陥っていた。(ちゆう)(あい)なる先輩の声は聞こえているが、それを理解することが出来ない。パンティを見るより、今の現状こそが隼人にとって問題なのだ。

 そんな隼人の表情を見た瞠は、パンティラインを見ることに慣れていないのだろう。その初々しい気持ちもわからんでもない。と、若かりし自分と、今の隼人を重ね合わせて微笑んだ。

「次は隣の組だ。黒髪と茶髪がいるだろ?」

 甘酸っぱい青春は置いておき、瞠は気を取り直して女子部員フルバックの隣で組み合っている一組を指さすことにした。

「膝立ちで組み合っている茶髪の女子は、一見して今時のギャルに見える。しかし、受ける印象とは裏腹に柔道一筋・硬派なヤツなのだ」

 なぜ、彼がその事を知っているのか述べると、同じクラスで隣の席だからである。しかも、小学校からの腐れ縁でもあり怨敵だったりもする。

 黒髪の女子が茶髪の女子の上半身を崩し、そのまま袈裟固(けさがた)めに入った。身動きできず、足をばたつかせているので、茶髪のパンティラインがクッキリと浮き出ていた。

「いいか。あの茶髪が履いているやつ……は……」

 次の瞬間、瞠は言葉を出すことが出来なかった。喉まで出かかっているのに、それを口にすることが出来ない。それほど、彼にとって驚愕の場面だったからである。

 隣で瞠の言葉を待つ隼人が「やつは?」と上目遣いで聞き返しているのに気がついたが、やはり、瞠の口から出てくるのは「ひゅーひゅー」とした呼吸音だけだった。彼が、その言葉を吐き出すのには、幾何(いくばくか)かの時間を要する。

「あっ……あれは! バックがT字にカットされたデザイン。フロント(前身頃)のカッティングが深いビキニ系。ソレを装備したものは、小尻に見えるという特殊効果の恩恵を受けるやつではないか」

 ようやく絞り出された言葉に、事の重大性が全然見て取れなかったが、それでも隼人は瞠の次の言葉を待った。

「なんてことだ。あいつが、アレを履いているというのか……」

「いったいアレってなんなんですか?」

 隼人が再度、瞠に問うてきた。二人の間に緊迫した空気が流れる。

「いいだろう。そこまで知りたいのなら教えてやろう。そして刮目(かつもく)せよ!」

 瞠は驚きと興奮のあまり、自分が柔道場の小窓から中を覗き見ていることを忘れて大声で叫んだ。

「あれはソングだ!」


 冷めたく重い空気が二人の間に流れる。


 瞠が発した言葉の意味が分からず、隼人はキョトンと目を点にしている。一見して凍りついて固まっているようにも見えた。

「ソング?」

 隼人の目が疑問符に変わり、可愛らしい首がカタリと傾く。

「ソングとは、ボトム系Tバックの名称だ」

「Tバック?」

「そうだ。茶髪のお尻半分は露出されているのだ」

 なんてことだ。硬派だと思っていたのに、ヤツの下半身は軟派だったとは……

 心の中で毒吐く瞠。彼女がボトム系Tバックを穿いていることが余程ショックだったらしい。

 そのとき、寝技練習終了のベルがけたたましく辺りに響き渡った。待ってましたと言わんばかりに、一人の女子部員が立ち上がると柔道場を飛び出し、ぷりん部へ駆け寄って来る。

 先ほどのソングを履いた、茶髪の女子柔道部員である。もちろん、彼女の狙いは自分のパンティを大声で叫んだ変質者(アホ)にほかならない。

 女子柔道部員は眉間にしわを寄せ、血走った目で睨みつけ、般若のような形相で、瞠の襟首と袖を一瞬で掴むと、

「みーはーるー」

 茶髪の女が瞠を引き寄せた刹那、右足を大きく振り上げ豪快に振り下ろす。柔道の足技の一つ『大外刈り』という技だった。

 両足を刈られ、受け身も満足に取れず、彼の後頭部がコンクリートにめり込んだことは言う迄も無い。脳しんとうを起こした瞠が「ああ、なんか気持ちが悪いなぁ」と呻いていると、

「先輩! 先輩! 先輩!」

 耳元で誰かが「ぎゃあぎゃあ」とうるさく叫んでいるのが聞こえる。瞠は「うるさいなぁ」と思いながら見上げると、視線の先に見ず知らずの女性が泣いていたので驚いた。生き別れの妹が泣いているのかと思ったが、自分に妹がいないことを思い出し。それなら恋人かとも考えたが、女性と付き合うどころか手も繋いだことが無いことを思い出し。そして次の瞬間、彼は違った意味で貰い泣きしていた。

 そうこうしている間に、ぷりん部に入部希望者が来たことを思い出し「別に泣くこともないじゃん」と考えを改めたところで、目の前で泣いているのがカワイイ後輩であることをようやく思いだした。

「先輩! 死んだらダメです。目を開けてください」

 隼人は大粒の涙を瞠の額にこぼしながら叫び続けている。

 彼には日常茶飯事なのだが、初めて見た隼人にとって衝撃映像と大差ない。倒れる瞠の傍らで、先ほどの女子部員が仁王立ちで「そのまま寝てろ」と、安否を気遣わないひどい言葉を浴びせ続けている。

 やっと、置かれている立場を理解した瞠は「この女は私を永眠させる気なのか?」と、心の中で(おのの)いた。

「大丈夫ですか先輩?」

「は……や……と……」

 かすれ逝く意識の中、瞠は寄り添う後輩の手を握り、

「紹介が遅れたな。か……彼女は女子柔道部……主将の安藤(あんどう)キララであり……、私を殺した殺人犯……だ」

 それだけ伝えると、握られていた手は静かに滑り落ちた。

「せんぱあ――――い」

 大声を上げながら、瞠を包み込む隼人の身体は暖かかった。

 ああ、ぷりん部。創立まもない我が部はどうなってしまうのだろうか。部長死亡のため廃部になったでは、師匠に顔向けが出来ない。

 それにしても、私の死亡フラグはどこにあったのだ。家族の写真や、「戦争が終わったら結婚するんだ」という常套句的なフラグを回避してきたはずなのに……

 そう後悔しながら、佐木崖瞠は深い眠りについた。

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