第三話「六月一日」 14
中庭の騒ぎを聞きつけた学生たちが次々に窓から顔を出し、溢れた生徒は中庭に出てきて生徒会とブラジャー派の戦いをイベントでも観戦しているように騒ぎ始めている。
「こんな大事にして罰則は免れないぞ」
風紀部部長が集まってくるギャラリーに目もくれず名人に言った。
名人は風紀部部長とは逆に、集まってきた生徒を注意深く観察してから答えてみせる。
「この技はギャラリーが多ければ多いほど抗力を発揮する」
「なに?」
「八人だ」
名人の言葉が分からず風紀部部長が首を傾げる。
「私の秘技を十秒間で喰らった女子学生の数だ」
「秘技だと? 漫画の読み過ぎじゃないのか」
「男に使うことを禁じてきたが、我がライバルの弟子のピンチならしかたがない」
名人が右袖を肘まで捲ると、指でぐにゃぐにゃと卑猥な動きをして見せた。
「何をする気か知らないが、今なら情状酌量の余地はあるぞ」
「そうだ! 風紀部の言うとおり、刑を伸ばすことをするな」
風紀部と執行部が名人に出頭を促すが、ブラジャー派はやる気満々といった感じ、引くつもりなど毛頭ない。
「残りは我々に任せて、名人はあの二人に専念してください」
「わかった。雑魚は任せたぞ」
後ろに居るブラジャー派に一瞥すると、ダラリと垂れ下がった右手を地面すれすれに構えて二人へ飛び出した。
「しかたがない。風紀部は黙って見ていろ。執行部の強さを見せてやる」
執行部部長の大胸筋が膨れあがり、眼前に迫り来る名人を迎え撃つ。日頃、荒事専門の執行部ではこういう輩は何人もいた。逮捕に抵抗する者。逃げる者。一筋縄でいかない生徒を幾度もなく捕まえてきた執行部。その中でも一番の検挙率を誇る部長は、屈強な学生さえもご自慢の筋肉で捻じ伏せてきた。それゆえ、自分が筋肉で負けるはずがないと自負していたのだ。
「さあ来い、三下奴。誠龍館に送り返してやる」
執行部部長の豪腕が唸りを上げ名人の顔面を捉える。見事なタイミングと角度。威力も申し分なかった。だが――
「なにっ!」
それは相手にダメージを与えることが出来ればの話だった。当たらなければダメージはない。決して執行部部長の攻撃が遅いわけじゃない。名人の動きの方が早かっただけである。ブラジャー派随一の精密な動きと速度を誇る名人にとって、執行部部長の攻撃を躱すことなど、フロントホックを外すより簡単だった。
「くそっ」
名人の顔面を擦り抜けた拳を引き戻しながら、執行部部長が舌打ちをする。
「何処だ! ヤツの姿が消えた」
「ここだ」
その声は執行部部長の背後から、正確には耳元で聞こえていた。
「いつの間に」
水平に拳を振りながら攻撃と同時に振り向く執行部部長。しかし、その攻撃も名人はしゃがんで避けてしまう。
「今こそ封印を解こう。喰らえッ! 秘技、片手ホック外し」
名人の秘技が執行部部長が穿いているズボンへ向けられる。
「なにっ! 片手ホック外しだと」
そのネーミングに驚いた執行部部長が自分の股間へ視線を落とす。次の瞬間、気付けばズボンホックは外れ社会の窓が開いていた。まさに神業の所業であった。あまりの光景に唖然とする執行部部長。それを中腰のまま見上げる名人。彼はドヤ顔だった。
「見たか! 秘技、片手ホック外しの威力を」
「だからどうした」
勝ち誇った顔でいる名人の後頭部を風紀部部長が殴り倒す。端から見れば、名人の後頭部はガラ空きだったのだ。
「ただ単に、ズボンホックとジッパーを下ろしただけだろうが。執行部もいちいち驚くな」
「そうだった。あまりのくだらない秘技だったから、理解するのに時間が掛かってしまった」
正気を取り戻した執行部部長が急いでジッパーを上げる。その光景を見ていた名人が口惜しく、
「無念。ベルトが邪魔でズボンが落ちなかったか」
と、名人は崩れ落ちた。
「まったく、手間とらせやがって」
執行部が呆れながら気絶した名人を見て言った。
「どうやら、他のヤツらも似たような強さらしいな」
風紀部が回りのブラジャー派たちを見ると、彼らも名人同様に倒れていた。脆弱な筋肉を持ち合わせているブラジャー派では、三秒も生徒会メンバーを止めることが出来なかったのである。
「残りは護ノ宮神威だけだな」
執行部部長と風紀部部長は芝生の上で未だに動かない二人を見て言った。




