第三話「六月一日」 12
それから数分後。
隼人は女性用スクール水着姿の生徒会会長を、何枚も何枚も彼の心が折れるほど激写した。静止画、動画、記録に残るモノ全てに会長の姿を映した。そして淡淡と事務的に、何の感情も込めずに隼人は「もう服着ていいよ」と、泣いている生徒会会長に言った。
「ううぅ……もう、お婿に行けない」
デップリとした小男が一層小さく見える。それを見た隼人は携帯をしまいながら溜息を吐いた。
「大丈夫だよ天にぃ。その時はボクが責任とってあげるから」
「隼人……それって……」
会長の頬が赤く染まるのを見て「いや、お嫁さんを見つけるって意味だからね。勘違いしないでよ」と、ガクリとうなだれる会長に最後の一撃を与える。
「それに、ボクには好きな人がいるし」
「すっ、好きな人だと。それは誰だ! まさか、お前が男装しているのは佐木崖瞠に関係しているのか」
イソイソと制服を着ながら金剛寺が顔を上げる。
「べつに天にぃは関係ないでしょ」
「お前が男装して女子柔道部部室から出てきた時からおかしいと思っていたんだ。最初は男装に目覚めただけなのかと思ったが、そうか……、徒党には女子が在籍していない。だから、男のフリしてぷりん部に入部したんだな。ってきり、私に怨みがあるからだと思っていた。そうだったのか」
自分で言って勝手に納得している会長を見て、あえて否定する気は隼人に無かった。
「べつに天にぃに怨みなんてないよ。忘れていたことだし。まあ、ボクのスクール水着を盗んだことは嫌だけど、今じゃどうでもいいし」
「そうか、私を怨んでいなかったんだな。よかった……って、よくない。佐木崖瞠はダメだ。あんなウソつき。今すぐ退部……いや、離党しなさい」
「天にぃが何を言ってもボクの気持ちは変わらないよ。ああ、そうだ。忘れると行けないからアレ、出してくれる?」
そう言って隼人が催促するように右手を出す。
「アレってなんだよ」
「先輩が映っている監視カメラの映像。どうせ手元にあるんでしょ」
「いやだ。渡したくない。アレが無くなったらパンツ連合を追い詰められなくなる」
「天にぃのこれまでの悪事と一緒に、さっきの画像をチェーンメールで一斉送信するよ」
「……わかりました」
それを言われては金剛寺に返す言葉は無い。観念した会長はポケットにしまってあった記録媒体を隼人に献上した。
「あと、今すぐに先輩を誠龍館から釈放してね」
「はい」
制服を着終えた金剛寺が力無く頷いた。
「いま、更生部に佐木崖瞠を連れてくるように言ってある。もう少しでココにくる……」
そう言い掛けた時、合戦が始まるのかと思わせる雄叫びが中庭の方から聞こえた。
「なんだ。なんの騒ぎだ」
「これって先輩の声?」
二人が急いで生徒会室を飛び出して廊下の窓から首を出す。中校舎最上階から眼下を見下ろした二人が見たのは、誠龍館に監禁されているはずのブラジャー派だった。先頭に三人の男子学生が見える。一人はボサボサの髪を掻きむしっている男。もう一人は以前、キララの下着を盗んだ男。そして二人の間に立って生徒会メンバーを睨んでいるのは、隼人が救い出そうとしていた佐木崖瞠その人だった。
瞠たちブラジャー派がいるのは中庭の中心。目の前に立ち塞がるのは生徒会の主力メンバーの三人と部下たち。瞠たちと生徒会が激しく火花をちらつかせている瞬間だった。
「なぜ、アイツらも誠龍館から外に出ているんだ」
呆気にとられている金剛寺。隼人は居ても立ってもいられず窓を開けて瞠の名前を叫んだ。
「せんぱーい」
その声に気付いた瞠が中校舎を見上げて気付いた。隼人の隣にいる会長を……いや、スク水党・金剛寺天乃を。
「スク水党。漢と漢の約束だ。果たしてもらうぞ」
「なっ、なんでヤツは私が起ち上げた党の名前を知っているんだ。山田しか知らないはずなのに」
瞠の言葉に会長は驚いた。金剛寺が起ち上げた『スク水党』とは今から二年前、瞠が入学する前にひっそりと存在していた党である。当時、知名度が低く山田コウタローしか知らなかったはずのスク水党。そんな化石のような党名を瞠が口にしたのだから驚くのも当然だった。
「アイツは……佐木崖瞠は私の事を知っていたのか」
唖然としながら目に映る瞠の姿。それは当時の山田コウタローそのものだった。
「やまだ……山田先輩が私を見ている」
もう、そこに瞠ではなく、あの時の山田コウタローが立っていた。回りがパンツの話で盛り上がっている隅で、輪の中に入れず孤立していた金剛寺。独り寂しく学校生活を送っていた金剛寺の背中を叩いてくれた山田先輩。自分がスクール水着をどれだけ愛しているか語っても、山田先輩はひと言もパンツの話題に触れずにスクール水着の話だけをしてくれた。
『みんな下着の話ばかりして、全然スク水の良さを分かってくれないんです』
『金剛寺がスク水を愛するように、他の党員も愛するモノがあると言うことだ。気にすることじゃない』
『この学校にスクール水着があれば、みんなにスク水の良さが伝わると思うんですよ。山田先輩はどう思いますか?』
『それは面白いな。学校側がスク水を認可してくれたら、今度こそ金剛寺にも真の友が出来るだろう』
『俺、頑張ってスクール水着を起用するように呼びかけますよ』
『決まったその時は、プール開き初日に党員全てを集めて盛大に祝おう』
『えへへ、約束ですよ。先輩』
『ああ、漢と漢の約束だ』
その時の、山田コウタローの笑顔を金剛寺は忘れていた。自分が心から笑った日を忘れていた。なんで、そんな掛け替えのない大事な日を忘れていたのだろう。なんで、あんなに尊敬していた山田先輩を妬んだのだろう。自分が小さくて嫌になった。
瞠の姿を見て、会長はようやく思い出した。あの時、話した夢の続きを――
「そうでしたね。山田先輩、忘れていたのは私の方でした。漢と漢の約束。それだけで充分だったのに、なんでそれ以上のモノを欲しがってしまったんだろう」
「天にぃ? どうしたの」
「隼人、急ぐぞ。佐木崖瞠は私との約束を守る気だ」
「それって……」
「ああ、一斉放送で自分が下着泥棒だと証言する気だ」
「なんで……せっ、先輩を止めないと!」
「そうだ。絶対に約束を反故にしてやる」
そう言って会長は走り出した。デップリとしたお腹を揺らしながら。




