第三話「六月一日」 09
三時限目の休み時間。隼人たちは学生校舎を回っていた。二時限目の休み時間、隼人たちは生徒会役員の顔写真が載っている名簿を借りようと職員室に行ったのだが、手続きやら利用目的やらを質問され思うように動くことが出来なかった。そのため、犯人を探し始めたのが三時限目の休み時間になってしまい、隼人たちは普通科①の学生が集う学生校舎へやってきていたのだ。
嘘をつくろいなんとか生徒会名簿を手に入れた隼人たちだったが、結果は空振り。仮面党に見せるも、彼が言ったとおり生徒会のメンバーの中に下着泥棒の顔写真は見当たらなかった。
「とりあえず、手当たりしだいに教室に放り投げましょう」
「わかった。ぷりん党が言うのならしょうがないな」
隼人となま党、そして仮面党が居るのは三年生の廊下。学生校舎の二階に位置する場所である。
「ちょっと待たれよ。本当にやるのか?」
そう言ったのはミカン箱に入っている仮面党だった。彼はなま党三人に担ぎ上げられ、今にも放り投げられる寸前の体勢に入っている。
「あたりまえじゃないですか。犯人の顔を知っているのは仮面党さんなんですから」
「確かに我は覚えている。しかし、この作戦はちょっとばかり乱暴ではないのか?」
「仮面党。諦めた方がいいよ」
「そうだ。ボクたちだってやりたくてやっているわけじゃないんだからな」
「これも懲罰委員会の命令なんだよ」
「なんだとっ! この件に懲罰委員会が絡んでいるのか」
「ちょっと、なま党さん。それは秘密ですよ」
「おっと、そうだった」
「ならば、我も腹をくくろう。さあ、なま党の三人よ。盛大にやってくれ」
「おーけー」
仮面党が観念したところで、ミカン箱を持っていたなま党が段ボールを三年の教室に放り投げる。ミカン箱は放物線を描きながらポーンっと床に激突すると、聞けば後退りしてしまうほどのうめき声を上げながら転がった。
「仮面党さーん。どうですか?」
「否ッ!」
それはこの教室に犯人が居ない合図だった。急いで隼人が回収に走る。
「すみません。手が滑ってしまいました。お騒がせしました」
そう言って隼人がぺこぺこと頭を下げながらミカン箱を押して廊下へ戻っていく。その一部始終を見ていた三年生は唖然と口を開いて、誰一人喋ることを忘れてしまっていた。
「仮面党さん。次の教室に行きますよ」
「ちょっとぷりん党。今ので膝を痛めてしまった。少し休憩を……」
消え入りそうな声で仮面党がミカン箱の中で言っているが、聞く耳を持たない隼人。
「ダメです。時間が無いんですから、なま党さんドンドン投げちゃってください」
「仮面党、ホネ……いや、段ボールは拾ってやるからな」
「うう……なんでボクがこんな目に……」
すすり泣く声を無視して、なま党が二投目を放り投げた。
「仮面党さーん。どうです?」
「否ッ!」
この作戦は何度も繰り返され、三年のクラス全てを回りきった時、仮面党はピクリとも動かなくなってしまった。
「どうやら三年生のクラスに犯人は居なかったみたいですね。急いで二年生の教室に上がりましょう」
「ごっごめん。ほんと無理なんだけど」
この時には仮面党の武士設定は解除され、完全に仮面を剥がされていた。
「仮面党さん。これが終わったらキララ先輩の下着ってのはどうですか?」
ここで隼人の悪魔の囁きが聞こえる。
「なにっ! キララとは我を足蹴にした女か? 確かヤツは柔道部だったはず。女子部活棟にある女子柔道部室は、競争率が高くてなかなか順番が回ってこない人気の部活。その中に我が入ってよいのか!」
「もちろんです。他の仮面党さんより優先的に部室へ入れて差し上げます」
「そっ、そんなことを約束してよいのか?」
「キララ先輩には内緒ですよ♪」
ここまで言われて黙っていられる仮面党ではなかった。自分を足蹴にした憎っくき女の下着を被る。それを妄想しただけで心躍る。まさに、仮面党にとって悪魔の囁きでもあり天使のいたずらでもあった。
「あいや分かった。思う存分我を投げるがよろしい」
仮面党は知らなかった。隼人の言葉になんの効果も権限も持ち合わせていないことを。
「それでは次は上の階です」
隼人たちが二年生がいる階へ駆け上がろうとした時、後ろを走っていた仮面党(正確にはなま党が担いでいる)が声を荒らげるのが聞こえた。
「ヤツらだッ!」
振り向くと、ミカン箱は手洗い場で手を洗っている二人組を向いていた。その声に驚いた一人がビックリして水を溢してしまう。
「あっ、股間に水が!」
「なに、小便なんか漏らしているんだよ」
「漏らしてねぇよ。アイツらがいきなり大声を出すから引っ掛かったんだよ」
「アイツら?」
そう言って男子生徒が隼人たち四人を見る。
「おい、アレって……」
「ぷりん部の早乙女隼人だ」
「やばい、とにかく逃げるんだ」
次の瞬間、隼人の姿を見た二人は一目散に逃げ出した。
「仮面党さん、あの人たちですか?」
「間違いない。我が被るはずだった下着を盗んだヤツらだ」
「なま党さん追ってください」
「おっおう」
隼人のかけ声でなま党の三人は持っていた段ボールを放り投げて走り出す。しかし、日頃鍛えていないなま党の脚力では、二人との距離を詰めるどころかどんどん離されて行ってしまった。二人組が階段とは反対に位置する連絡通路を駆け抜け、そのまま中校舎の一階へ向かってしまう。
「逃げられちゃう」
隼人も跡を追って中校舎一階に下りると、急いで中庭に飛び出した。二人の姿を探すと、彼らは中庭を通り抜けグランドがある方へ走っている最中だった。
なま党と違って二人組の速度は早かった。隼人も脚力には自信があったのだが、彼らはそれより少しだけ早かった。その少しが積もり、少しずつ距離が離されていく。
「やっと犯人を見つけたのに」
瞠を一刻も早く誠龍館から出したい一心で、隼人は懸命に走った。それでも距離は離れていく。すると――
「キララ先輩ッ!」
二人組の前方を歩く独りの女子が目に入った。四時限目が体育だったので、体操服に着替えて準備運動をしていた安藤キララである。隼人の声が届いたキララが後ろを振り返る。
「先輩。そいつらが下着泥棒です」
「えっ! こいつらが」
キララが迫ってくる二人へ身構える。二人が同時に「どけっ」とキララを突き飛ばそうと腕を伸ばす。が、キララはその腕を掴み、身体を巻き込みながら男子学生を一本背負いで投げ飛ばしてしまう。
「うげぇ」
投げ飛ばされる男子学生。彼はのたうち回りながら悶絶してしまった。それを隣で目撃していたもう一人の男子学生の顔が、見る見るうちに青ざめていく。
「言っておくけど、この前の私とは違うのよ」
手をパンパンと叩きながら蒼白の男子学生を睨みつけた。
「ちくしょう」
そう言って男子学生が、キララとは逆方向へ逃げようと後ろを振り向いた時。彼の目の前に映ったのは、
「えいっ」
追いついた隼人の肘鉄が、男の喉仏に突き刺さる瞬間であった。
「キララ先輩、足止めご苦労様です」
「あんた、容赦ないわね」
そう言ってキララは隼人が倒した男を見る。肘鉄を食らった男子学生は泡を吹いて呼吸困難になっていた。
「先輩もアスファルトの上で投げるなんて、充分容赦がないですよ」
「お互い様よ。それにしても、つい投げちゃったけど、本当にコイツらが犯人なの?」
「間違いありません。仮面党さんが言っていましたから」
「ふーん。それでコイツらどうする。職員室にでも連れて行く?」
「とりあえず、自白させてから考えます」
そう言うとキララに投げ飛ばされた男の顔を二三度平手打ちして起こすと、
「アナタたちは何者ですか? なぜ、ぷりん部に下着を隠したんですか?」
「うぐ……、黙秘する」
「黙秘ですか」
「そっ、そうだ。俺たちは断固として答えない」
「そうですか。それは困りましたねぇ」
「ほら、あんたはどうなのよ?」
そう言ってキララが喉を押さえて倒れている男を見下ろす。
「ぐぉほごほ……俺も黙秘する」
「こっちも黙秘だって。どうするの隼人くん。無理矢理にでも吐かせる?」
「んー、拷問はしたくないんですよね。人権侵害ってやつになっちゃいますから」
拷問ってことばに男たちは凍り付いた。
「ちょっと待て、拷問って痛いことするのか?」
「そりゃー、拷問ですからつねって引っ張って剥いだり……いろいろやり方はあります。エグるってのもありますね」
「学生が口にする言葉じゃないぞ」
「でも、うちの先輩が捕まってしまっているので。そうしたのはアナタたちなんでしょ?」
「そっ、そんなことしたら生徒会が黙っていないぞ」
「そうですね、生徒会が知ればボクも誠龍館に投獄されてしまうでしょう。しかし、それはそれで先輩に会えますからボクは別にいいんですけど」
「お前、俺たちが生徒会の暗部だって知ってて言っているのか?」
男は、背中を押さえながらも隼人たちに脅す意味を込めて語りだした。
「暗部? なんですかそれは」
「生徒会の汚れ仕事をやる部活だ。言っておくけど、今までの下着泥棒は全て暗部がやったんだからな」
「へぇーそうだったんですか。二人で全部?」
「そうだ、生徒会長の命令でやったんだぞ。どうだ、恐れ入っただろう。だから拷問なんてするなよ」
「…………」
隼人とキララは互いに見ると、もう一度目の前の男を見た。
「ええと……話を戻しますが、なんで下着をぷりん部に隠したんですか?」
「黙秘する」
「それも生徒会長の命令ですか?」
「黙秘する」
「一連の首謀者は生徒会長で、実行犯はアナタたち二人なんですね」
「黙秘する」
「拷問しますよ」
「……黙秘する」
「キララ先輩、裏が取れましたので行きましょうか」
「そうね」
そう言って二人はその場で別れることにした。残された暗部の二人は互いを抱きしめ合い「やったぞ。俺たちは秘密を守りきった」と心の底から喜んでいた。




