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駆けろ! ぷりん部  作者: 三池猫
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第三話「六月一日」 03

 金剛寺天乃が暗部に連絡する少し前。朝のホームルームが始まる数十分前のことであった。

「すみません。先生に体育で使う器材を準備しろと言われてしまったので朝練に行けそうもありません」

『なら、もっと早くに連絡しなさい。隼人よ、今日が我々ぷりん部にとってどれほど重要な日か話したはずだ。お前がいつまで経っても部室に来ないから、すでに登校時間を過ぎてしまったではないか』

 電話の声は彼(早乙女隼人)が入部したぷりん部兼ぷりん党・佐木崖瞠の声だった。膨れっ面でブツブツと小言のようにいってくるのを聞いて隼人は「すみません」と、申し訳なさそうに声を落として謝っている。

『まあいい、罰として放課後までに購買部でプリンを買ってきなさい』

「えっ? 先輩、プリンなら昨日のうちに今日の分も冷蔵庫に入れておいたじゃないですか」

『そんなものはもう無い。お前を待っている間に全て空になった』

「それって食べちゃったんですか? 連絡が遅れたことは謝りますけど、でもあの中にボクの分も入っていたんですよ」

『そうか。ならばなおのことプリンを買ってきなさい』

「いやいや、まずはボクのプリンを食べたことを謝ってくださいよ」

『隼人よ。プリンとは食べるためにあるのだ。食べられないプリンはプリンの形をした何かでしかない』

「先輩、屁理屈になっていませんよ。せめて言い訳くらいしてください」

『プリンを買ってくればいくらでも言い訳してお前になすり付けてやる』

「はぁー、わかりましたよ。ですが、食べたプリン代は要求しますから……あっ、切れた。もう、都合が悪くなるといつもこうだ」

 溜息を吐きながら携帯を体操服のポケットにしまっていると、体育倉庫の前を通りかかった女性が隼人に話しかけてきた。

「あれ、早乙女くんじゃない。何しているの?」

 柔道着を着たキララがタオルで汗を拭きながら息を切らしている。

「キララ先輩、おはようございます。朝練が終わったんですか?」

「朝練っていうか、うちの臨時顧問を探しているんだけどね」

「探してる? 柔道部の先生をですか?」

「そうよ。ジョギングがてら丹下先生を探しているんだけど……。あのジジイ、いつも朝練に顔を出さないから今日こそはって思ったんだけど、今日も見つからなかったわ」

「大変そうですね」

「まあね。でも、赤帯の先生に練習を見てもらうからこれくらい我慢しなくちゃ」

「へぇー、赤帯って上位の段ですよね。そんな凄そうな先生には見えなかったな」

 立ち居振る舞いは仙人のように見えなくもない先生を思い出し、あのおじいちゃんなら赤帯と言われても納得かもっと思った。

「人は見かけによらないって言葉が一番似合うわね。それで、早乙女くんはなにしているの?」

「先輩もボクのこと隼人って呼んでください。早乙女って言いにくいでしょうから」

「それじゃ隼人くん♪ 見た感じ一時限目が体育みたいだけど、先生にこき使われているの?」

 キララが隼人が着ている体操服を見て言った。

「そうですね。何故か先生に認められたみたいで、やっぱり昨日の体力測定で皆をごぼう抜きにしたのがいけなかったのでしょうか」

「ごぼう抜きって……、そんな子が運動部じゃなくてぷりん部に入部しているなんて……人生の先輩として目に余るわね」

 こめかみに手を当てながらキララが溜息を吐いた。

「ぷりん部って言っても運動部と大差ありませんよ。目だって酷使するし、逃げる時は肺が破裂するほど走ったりしますから。腕力だって壁を昇る時に結構使います。それに他の党と領土戦をするときなんて、格闘技の応酬ですよ。こう見えて結構ハードな部活だったりします」

「りょっ領土戦?」

「ああ、ベストポジションを賭けた陣取り合戦です。ようは場所取りですね。なま党の皆さん、ボクがブルーシートを広げているのに侵入してくるんですよ。困った人たちなのでエイッて」

 そう言って隼人が素早く鋭い肘鉄で空を切り裂いてみせた。

「こんな風に、相手の喉仏に一撃♪ ハードでしょ?」

「……そうね。逃げるって言葉も気になるけど、あえて聞かないでおくわ」

「あっ、そうだ! キララ先輩に訊きたいことがあったんです」

 話の流れで思い出した隼人が、胸の前で手を合わせて言った。

「訊きたいこと?」

「はい。例の下着泥棒の件なんですけど」

「ああ、その話。何が訊きたいの?」

「下着泥棒っていつ頃から起こっているんですか?」

「いつって言われても、私が入学したのが去年だからその前のことは知らないけど、去年から下着泥棒の事件は耳にしていたわよ」

「それって四月ですか?」

「ううん、七月だったかしら? あっでも、アレは水着だったから、下着泥棒の話を聞くようになったのは二学期に入ってからだったかな」

「水着! それってスクール水着ですか?」

「うちの学校に学校指定の水着なんてないわよ。既定はあるけど基本自由だし」

 この時、隼人は水着というワードが何故か気になった。幼い頃、水着で嫌なことがあったような、黒歴史を封印した記憶があるような引っ掛かりを感じた。だが、それをおくびにも出さない隼人は「そうですか」と平静を装って答えて見せる。

 隼人の変化に気付かないキララは、そのまま話を続けた。

「あっ! でも、今年っから学校指定の水着になったんじゃなかった? 私たち二年や三年生は今までと同じだけど、一年生から指定の水着になるって聞いたよ」

 キララは教室で話していたクラスメートのことを思いだして言った。

「そうなんですか? 初めて聞きました」

「たぶん、もう少ししたら言われるんじゃない」

「なんで、今年から学校指定の水着になったのでしょうか」

「さぁーなんでだろうね。それにしてもなんで下着泥棒の話なんか訊きたいの。あれはこの前の男が犯人だったんでしょ?」

「たしかに、キララ先輩の下着を盗んだのはあの人で間違いありませんが、犯行がお粗末なんですよね」

「あんまり思い出したくもない話だけど、一応訊いておこうかしら」

「なんで犯人はキララ先輩の下着を穿いていたのでしょうか。窃盗犯は下着を売っていると先輩は言っていました。それなのにキララ先輩の下着の価値を下げる行為をしてまで、何故、キララ先輩の下着を穿きながら校外へ行こうとしたのでしょうか」

「何度も何度も下着の持ち主を言わないでよ。あの下着のことは忘れたいのよ」

 そう言ってキララが地団駄を踏みながら「あの下着、けっこう高かったのに」と怒りをグラウンドに叩きつけた。

「でも、キララ先輩の下着ですよ」

「なんだって言いわよ。変態が考えることなんて知らないわよ。どうせ穿くために盗んだんでしょ。そういう性癖の人がいるって聞いたことがあるわ」

「でも、キララ先輩の下着なんですよ」

「誰の下着でもよかったのよ。もう、誰の下着か言わないでよ」

「わかりました。でも、その誰の下着かが問題なんです」

「どういう意味よ」

「一連の下着泥棒があの人だったとして、売るためではなく穿くために犯行に及んだとします。そうすると、あるはずのモノが無いんです」

「あるはずのモノ? それって何よ」

「はい、下着です」

 キララが呆れた顔をして「はっ?」と聞き直す。

「意味が分からない。下着ならあの変態が穿いていたじゃない」

「穿いていた下着ではなく、彼が今まで盗んだ下着のほうです」

「盗んだ下着?」

「そうです。ボクの臆測ですが彼は一連の犯人ではなかったんだと思います。だって、彼の部屋に女性の下着は一枚もありませんでしたから」

「それって、あんた……あの男の部屋に行ったの?」

「はい。簡単でしたよ。塀からそんなに距離ありませんでしたから」

 そう言って隼人がピョーンっと塀に飛び移るジェスチャーをしてみせた。

「あんた、それって不法侵入ってやつじゃない」

「そうですね。でも、彼が先にキララ先輩の下着を盗んだわけですから差し引きゼロです」

「差し引きね。それで、あの男の部屋に盗んだ下着がなかった。何処かに隠した可能性は?」

「それも考えられます。なので彼が使っているIPアドレスやら通学路なども調べたりもしました。あと、頻繁に利用していたネットカフェやコインロッカーも調べましたが痕跡がありませんでした」

「ネットの中に下着なんか隠せないでしょ」

「たしかに、ボクが探していたのは下着の痕跡でもありますが、一番の目的は彼の変化だったりするんです」

「変化?」」

「そうです。心理上の変化と言いますか、心変わりですね。どうやら、今年の春休み以降から極端に変化したみたいなんですよ」

「極端ってどんな?」

「簡単に言うと、自暴自棄だったのが前向きになったかな。やけに『桃色のスクールライフ』や『薔薇色』ってワードを使い始めたんです」

「それの何処が変化なのよ。完璧に犯行声明じゃない」

「ボクが思うに、彼は今回が初犯なんじゃないかな。誰かに下着を盗んでくれば薔薇色のスクールライフが待っているってそそのかされたんじゃないかと。そう考えると、一連の犯人は他に居るんじゃないかって思ったんです」

「ふーん。下着泥棒は単独犯じゃなかったって言いたいのね。でも、大丈夫なんじゃないの」

「大丈夫? なにがです」

「だって、この前の男って執行部に連行されてセミナーハウスに居るって話だし。今頃、生徒会が芋づる式に情報を引き出しているわよ」

「生徒会がそんなことするでしょうか」

「なんで?」

「いえ、そんな気がしただけです。あっ、そうだ! 丹下先生を探している最中でしたね。長話に付き合ってもらってすみません。訊きたいことは以上なので、もう大丈夫ですよ」

「そう? なんかモヤモヤするけど……いいか。隼人くん、あんまり犯罪めいたことやっちゃだめよ。生徒会に目を付けられたら、今度は隼人くんがセミナーハウス行きよ」

「はい、気をつけます」

「それじゃ、またね」

 そう言ってキララが走り去ろうとした時、二人は体育館の方が騒がしいのに気がついた。

「どうしたんでしょう?」

「あれ体育の先生じゃない?」

 体育館の正面入口で女子バレー部員が大きく手招きしている先には、女性教員が大きな胸を揺らしながら走っているのが見える。女子バレー部員の所へ走って来た先生は数回言葉を交わした後、急いで体育館へ入っていった。

 それを遠目で見ていたキララの隣で「……まさか」と隼人が呟いたのが聞こえた。

「ちょっと隼人くん」

 何かに気付いた隼人が走り出すのを見てキララも急いで後を追った。が、思いのほか隼人の駆け足は早く、どんどん二人の距離が広がっていく。体育館を土足のまま上がった隼人はずんずんっと野次馬を掻き分けながら女子更衣室へ向かってしまい、キララも遅れながら体育館に入った。そしてそのままキララの呼び声も聞かず隼人が女子更衣室の中に飛び込んでしまった。

「もう、どうしたって……いう……の…………よ……」

 キララが更衣室の中を見ると、室内は全てのロッカーが開けられ、中にあった荷物が乱雑に出されてあった。更衣室前では女子バレー部員らしき生徒がオロオロと女子教員に詰め寄っている。その光景を横目で見ながらキララも中に入ると、隼人は頻りにバッグの中をあさっていた。

「ちょっと、隼人くん。なにを探しているの?」

 その声にようやく気がついた隼人が静かに立ち上がると、心配そうに見ているキララへ振り向いて、

「やられました。ボクのボクサーパンツがありません。たぶん、他の人も同じだと思います」

「なんで隼人くんの下着がここにあるの」

「ぷりん部にボクの下着を置くことが出来なかったので、無理言ってここのロッカーを使わせてもらっていたんです。その下着が一枚もありません」

「それってさっき言っていた単独犯じゃなくて主犯格が現れたってこと?」

「そうなりますね。急いで先輩に連絡しないと」

 そう言って隼人が携帯を取りだし瞠へ電話を掛ける。しかし、鳴るのはコール音だけ。いくら待っても瞠が電話に出ることはなかった。

「ボク、ちょっと行ってきます」

「行くって何処に!」

「先輩のところ……部室です」

 慌しく飛び出した隼人は、室内を覗き見ていた女子生徒の群れの隙間を掻き分けながら、急いで旧校舎の地下(ラビリンス)にある部室へ向かった。

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