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駆けろ! ぷりん部  作者: 三池猫
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第三話「六月一日」 02

 下着集団猥褻物陳列事件から数日後の早朝。中校舎最上階にある生徒会室に三人の男が呼び出された。

 三人は窓際に座る生徒会長に一礼してから各席に腰掛けた。全員が席に着いたのを確認すると、生徒会長こと金剛寺天乃は静かに立ち上がった。

「突然、諸君を呼び出して申し訳ない」

「そんなことより、今日はどうしたのですか?」

 そう言ったのは三年生の風紀部部長であった。彼は会長が流す汗の量を見てただ事ではないと悟った。

「数日前に起こったパンツ男の件で有力な情報が入ったのだ」

「有力な情報?」

 怪訝な顔で風紀部部長の隣に座る三年の執行部部長が太い首を傾げる。

「あの事件は本人逮捕で刑も確定していたはず。会長はあの事件を調べていたのですか?」

「もちろんだ。我が校の秩序を脅かすハレンチ集団をみすみす野放しになんかするものか」

「それでは加害者である護ノ宮神威の罰則を増やす犯行が見つかったと?」

「いや、私は集団と言ったのだ。使いっ走りの小物に興味などない」

 会長は垂れ流す額の汗をハンカチで拭いながら、キラリと目を光らせて言った。

「それでは誰なのです。もしや、護ノ宮神威と一緒に目撃されたブリーフ集団の情報ですか?」

 そう言ったのはキツネ目が特徴の更生部部長だった。彼は二年生でありながらセミナーハウスである誠龍館の館長も務めており、小柄でありながらも屈強な男子学生を片手で捻じ伏せてしまう男である。

「……いや、ブリーフ集団は現在も調査中だ」

「そうでしたか。それでは会長がおっしゃっている有力な情報とはなんなのです?」

「私が説明するよりも直接見てもらったほうが話は早いだろう」

 そう言って、金剛寺は生徒会室の中心に置かれてあったプロジェクターの電源を入れスクリーンを指さす。

 スクリーンに映し出されたのは女子部活棟二階に備え付けられている監視カメラの映像だった。廊下に置かれた無数の段ボールを避けながら女子柔道部室へ入っていくミカン箱がスクリーンに映っていた。

「この映像がなんだというのですか。怪しい人物なんて映っていませんよ」

 そう言ったのは執行部部長を務める男だった。彼は引き締まった大胸筋の前で腕を組みながらスクリーンを見ていた。

「そのとおり、怪しい者など映っていない。しかし諸君、冷静に見て欲しい。段ボールがひとりでに動くことなどあり得るのか?」

「たしかに、どんな原理で動いているんだ。そもそも動力炉は何を使っているんだ」

「執行部よ、動力炉など今はどうでもいい。明らかにこの段ボールは他の学校が我が校へ送り込んだスパイロボットに間違いない」

「なんだと風紀部。そうなるとスパイロボットを作る事が出来る化学力を持っている学校と言えば……」

「隣校の高校だろう。あそこは昨年ロボットコンテストで準優勝している。さしずめ今年優勝候補である我が校へスパイを送り、誤って女子柔道部部室へ行ってしまったのだろう」

「なんだ、そうだったのか。さすがは準優勝校、詰めが甘いのは今年もだったみたいだな」

 そう言って執行部部長と風紀部部長は高らかに笑った。その光景を見ていた更生部部長はコホンと咳払いしてから、

「先輩方。肝心なことをお忘れではないでしょうか?」

「どういう意味だ?」

「昨年のロボットコンテスト。我が校は初戦敗退です」

「だっ、だからなんだというのだ。昨年は昨年、今年は優勝候補に上がるかも知れないではないか」

「そう思っているのはお前たちだけだ」

 首筋の汗を拭いながら金剛寺は声を荒らげる執行部を一喝した。

「なっ、我々だけですと……」

 唖然に口を開き目が点になる執行部部長。そんな彼を冷ややかな眼で見ながら彼らに諭す意味を込めていった。

「いいか、お前たち。もう一度言うぞ。あのミカン箱が他校のスパイロボットに見えるのか?」

「見えます」

「右に同じ」

 二人は自分の信念を折り曲げない真っ直ぐな目で会長を見て言った。

「お言葉を返すようですが、会長にはアレがロボット以外の何に見えるのですか?」

「……人間だ」

「………………」

「…………」

「……」

「そんなバカな」

「バカなのはお前たちの頭だ。いいか、よく見て見ろ」

 金剛寺が汗でビショビショになったハンカチを机に叩きつけると、スクリーンに映し出された映像を早送りする。すると、一人の男が慌しく女子柔道部部室から出て行く姿が映っていた。

「あれは男じゃないか。しかも着ている服はこの学校の制服だぞ」

「どういう事だ。なぜ女子部活棟に我が校の男子がいるのだ」

「普通に考えて、あの段ボールの中身はロボットではなく先ほどの男子生徒だったのでしょう」

 理解が追いついていない二人を見ながら、更生部部長はメガネのブリッジを中指で持ち上げて言った。

「なんだと、他校のスパイロボットになりすまし、女子部活棟へ潜入したというのか」

「なんて奇抜な作戦なんだ。そしてその作戦を実行できてしまう度胸。まさに完敗だ。是非、あの男を我が風紀部に入部させたいものだ」

「いやいや、我が執行部のほうが彼の力を存分に……」

「先輩方。もう一度冷静になってください。普通、男子禁制の女子部室棟へ不法侵入すればどうなりますか?」

 風紀部部長が当たり前のような顔をしていった。

「そんなの決まっている。校則違反だ」

「では、先ほど女子柔道部から出てきた男が映っている映像を見て?」

「…………」

 執行部部長と風紀部部長は互いの目を見るとハッと気がついた。

「校則違反の物的証拠ではないか!」

「ようやく本題に入れて私はうれしい」

 そう言って金剛寺は替えのハンカチを取り出しながら、朝練で登校してきた女子水泳部員を見下ろしながら言った。

「あまりの手際の良さに校則のことを忘れてしまったじゃないか」

「そのとおりだ。もう少しで生徒会執行部の名折れとなるところだった」

「会長。この者は何者なのですか? 即刻捕まえて誠龍館に投獄しなければッ!」

「いや、投獄するのは執行部である我が部だ。風紀部は黙ってブリーフ集団の手配書でも掲示板に貼っていろ」

「なんだと執行部。キサマ、我が部をディスる気か」

「ふんっ、ディスって欲しければいくらでもディスってやろう」

「ほう、ならばキサマの首に懸賞金を付けて全学科の掲示板に貼りだしてくれよう。もちろん名誉毀損でな」

「やれるものならやってみろ。生徒を捕縛する権限を持ち合わせていない風紀部が、誰を捕まえられるのか見てみたい」

「やめないか二人とも。今は仲間割れしている場合ではないだろう」

 金剛寺の言葉に掴みかかろうとした風紀部部長の身体が止まった。一瞬にして一触即発の場に静寂が走る。

「執行部よ。ただちにこの校則違反者を捕まえて私の目の前に連れてくるのだ」

「会長が直接この者を裁くのですか?」

「もちろんだ。それにこの者と少し話してみたいからな」

「わかりました。それではただちに……」

 そう言おうとした時、風紀部部長が、

「執行部がこの男の身元を捜し当てることが出来るのか?」と、鼻で笑いながら言った。

「くっ……」

 マンモス校である彼らの高校は一介の生徒を見つけることは困難に近い。スクリーンに映し出された男の顔と全校生徒の顔写真を照合しなければならなかったからである。生徒手帳に映っている写真を一枚一枚検証するには風紀部の権限が必要とされた。

「どうした執行部。人一人捕まえることが出来るのに、肝心の容疑者を特定することが出来ないのか?」

「風紀部、キサマァ」

 二人の視線から火花か散る時、静かに見守っていた更生部部長はゆっくりと口を開いた。

「彼は普通科①二年の佐木崖瞠くんですね」 

「なんだと、更生部、お前あの男を知っているのか?」

「知っているも何も同じ学年ですから。彼は普通科①では有名ですよ」

 それを知った執行部部長は立ち上がり、

「そうだったのか、ならば話は早い。会長、今すぐにヤツの首を持ってきます」

「ちょっと待て、ヤツは我が風紀部が見つける。お前たちは私が連絡するまでコンパスの針で机でも掘ってろ」

 そう言いながら立ち上がる風紀部。二人は言い争いをしながら生徒会室を飛び出して行ってしまった。

「やれやれ、仕事熱心なのはいいが協調性が無いのが二人の悪いところだな」

「まったくです。私利私欲に走って墓穴を掘らなければいいですね」

 更生部部長がメガネの汚れをハンカチで拭きながら嘲笑う。

「それはそうと、更生部……いや、この場は『紫の薔薇』と言った方がいいかな」

 そう言われた男はメガネをかけ直して和やかに笑った。

「どちらでも構いませんよ。二人の時ならね」

「ならば紫の薔薇よ。お前はあの者の事を知っていたのか?」

「佐木崖瞠くんの事ですか? 監視カメラの映像を加工した時に見ましたよ」

「いや、ぷりん党のことではない。この作戦はお前の手引なのだから知っていて当然だ。私が言っているのは……」

 そう言って金剛寺はスクリーンを見た。映像はまだ続いており、瞠が出てきた女子柔道部部室を映していた。

「ああ、この生徒ですか」

 紫の薔薇もつられてスクリーンを見ると、女子柔道部室から安藤キララと一緒に早乙女隼人が出てきたところだった。

「そうだ。なぜ、早乙女隼人が女子柔道部部室から出てくるのだ。これもお前たちの仕業か?」

「いやだなぁ、ボクたちは彼に関与してませんよ。彼がなぜ佐木崖瞠と共に行動するのか。なぜ、ぷりん部に入部したのか。そんなことボクたちが知るわけがありません」

「なに、隼人がぷりん党にいるのか?」

 隼人がぷりん部に入部していることを知った金剛寺は、流れ出る汗を拭くことさえ忘れて唖然とした。

「ええ、知りませんでしたか? そうか、学校非公認の部活動ですから学校のデータベースに載っていなくとも当然ですね。なるほど、これが生徒会の限界というヤツですか」

 ニヤリとキツネのように目を細めて、クククッと紫の薔薇が微笑む。

「何を笑っている。そういうときのためにお前たち『紫の薔薇』はいるのではないか」

「いえいえ、ボクたちはアナタに告げ口するために存在しているわけではありません。我々は全校生徒が健全なスクールライフを送ってもらうために存在しているのです。ましてや、アナタの(ねた)(つら)(そね)みなどで行動なんてしていませんよ」

「なんだと」

 金剛寺が青筋を立てるのを見て、紫の薔薇はゆっくりと立ち上がり二人の距離を縮めて言った。

「案外、アナタが卒業生・山田コウタローへ抱く思いと同じ、彼もなんらかの意図があるのかもしれませんね」

「アイツが私に?」

「もちろん、これは臆測です。信用に至るものではありませんが、くれぐれも注意したほうがいいのではありませんか。私どもは分け隔て無く全校生徒の味方です。たとえ、アナタ様みたいな底辺の生徒会会長様でも、薔薇色のスクールライフを送ってもらいたいですから」

「ふん。好きなだけ言っていればいい。あの忌々しい山田が作ったパンツ連合さえ一掃出来れば、キサマら紫の薔薇との縁もそれまでだ」

「それはよかった。これで前任から引き継いだボクの仕事も少しは楽になります。では、ごきげんよう」

 そう言って紫の薔薇は後ろ手で手を振りながら生徒会室を後にした。

「せいぜいイキがるがいい。パンツ連合を根絶やしにしたあとは、キサマら紫の薔薇も同じ末路を辿らせてやる」

 吐き捨てるように外を見下ろすと、金剛寺は携帯電話を取りだし暗部へ連絡した。

「私だ。首尾の方はどうだ?」

『完了しました。今しがた目的のモノをロッカーにしまったところです』

「なら、それとなく執行部に教えてやれ」

『了解しました』

 相手の返答を聞いてから金剛寺は通話を切り、汗で濡れた携帯をハンカチで拭いながら、幼い頃の早乙女隼人を思い出していた。

「隼人があのことを覚えていようがいまいが、今はパンツ連合の根絶が優先だ」

 そう言って金剛寺は、プールサイドで準備体操している女子水泳部員を仰視しながら三枚目となるハンカチを取り出した。

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