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駆けろ! ぷりん部  作者: 三池猫
14/33

第二話「パンツ連合」 06

「話はだいたいわかったわ。だから、そんな格好をしているの?」

「そうなんです。絶対、先輩には言わないでくださいよ」

 女子部室棟を並んで出てきたキララと隼人が、先ほどの部室での会話を続けていた。

「わかったって。でも、バレるのは時間の問題じゃない?」

「先輩って、下着のことしか考えていませんから、自分で名乗らないかぎり気付かないと思うんですよ」

「確かに、瞠なら気付かないでしょうね。でも、それでいいの?」

「いいんです。入部を決めた日から、先輩の前では男でいようと決めたんです。そうでもしないと先輩の傍にいられませんから」

「確かに女子禁制と言っているくらいだから、早乙女くんが女だと分かれば、追い出すかも知れないわね。でも、そう考えると男女差別みたいでムカツクわね。私から瞠に言ってあげようか。女性でも入部を許可しろって。私が脅せばなんとかなると思うけど」

「大丈夫です。それにそんなことしたら、ボクが居づらくなりますよ。今のままでいいんです。自然な先輩を見ていたいですから」

 そう言って隼人は楽しそうに笑って見せた。どことなく切なくて無理しているような、そんな笑みだった。

「はぁ、なんとも健気ね。瞠のどこがいいんだか。ホント、アイツにはもったいないわ」

「そういうキララ先輩も、先輩にはもったいないと思いますよ」

「バッ、バカじゃない。べつに、私はあんな変態の事なんて何とも思っていないわよ」

「素直じゃないなぁ、キララ先輩は♪」

「ちょっと、早乙女くん。勘違いしているみたいだから、このさいハッキリ……」

 言い掛けたときだった。並木道の前に差し掛かると「ちっ、チクショ――――」と、悲鳴に近い叫び声がこだました。

「なっ、なに? いまの」

「あっちから聞こえましたよ」

 隼人が指さした先をキララが見ると、凍りつくような悪寒が背筋に走った。キララの引きつる顔を見た隼人も声が聞こえた先を見た。

 二人はそのまま凍りついた。なぜなら、眼前に見えるのは女性用下着(パンティ)を着用した男が、段ボールを被ったブリーフ集団に追われて走って来ていたからである。両手で顔を隠している男が迫り来るブリーフ集団に着ていた服を掴まれ、剥ぎ取られながらも懸命に逃げている。しまいにはパンティ一丁に成り下がっても顔だけは見られまいと隠している姿が滑稽を通り越して卑猥だった。

「あれって、女性用の下着ですよね?」

「あれって、私の下着じゃない!」

「ええっ! そっ、それじゃ、あの人が下着泥棒!」

 驚きのあまり、もう一度、下着泥棒(神威)を見ると、彼の後ろで走っている瞠の姿があった。

「あっ! 先輩だ。ほら、キララ先輩。先輩が下着泥棒を捕まえようとしていますよ。この光景を見れば、パンツ連合が犯人じゃないって信じてくれますよね?」

「そんなことはどうでもいいわよ。なんで、私の下着をあんな変態が穿いているのよ。もう、穿けないじゃない」

「洗えばきっと大丈夫ですよ」

「あんた、自分のじゃないからそんなことが言えるのよ」

「ボクはボクサーパンツですから」

「なんの情報よ! もう、こうなったら私が直接、生徒会に連れて行ってやる」

 そう息巻いて、キララが腕捲りして神威を待つ。

 神威の眼前に、二人の女子高生が目に入った。すると、「人畜無害。人畜無害」と訳の分からない叫びを連呼しながらキララに飛びかかった。

「かかってらっしゃい!」

 キララが神威の奥襟と袖を掴もうと手を延ばす。

「でも、キララ先輩」

「なっ、なによ?」

「あの人、服着てませんけど、それでも投げられるんですか?」

「えっ! そうだった」

 あまりにも異様な光景と激情にかられていたため、肝心なことを見ていなかった。現在、神威はパンティ一丁なのである。そのため、キララが掴もうとした襟も袖もなかったのである。

「ちょっと、ヤダ」

 虚しくキララの腕は空を掴み、そのまま倒れる形に神威が覆い被さってきた。

「いたっ」

 神威に突き飛ばされて倒れ込む隼人。尻餅をつきながらキララを見ると、神威がキララの上に乗っかかり、

「追われているんだ。助けてくれ」

 と、キララを押さえ付けながら助けを乞うてきた。

「なに言ってんのよ。さっさと私の下着脱ぎなさいよ。この下着ドロボー」

「えっ、これキミの下着だったの? あれだよ、暖めておいたんだよ」

「気持ちが悪いこと言うな。ってか、私の上からどきなさいよ」

 神威が暴れるキララを押さえ付けている間に、

「よし、キララ。そのまま、その男を押さえ付けていろ……んっ? 隼人……」

 と、瞠が駆け寄ってきたのを見て、

「バカじゃないの。押さえ付けられているのは私の方よ」

「くっ、くるな!」

 仮面党に囲まれてしまった神威が、キララを起こして羽交い締めにしてしまう。

「キサマ、よくも……」

 怒りをあらわにしながら瞠が神威を睨みつける。

「みはる」

 キララは自分のことで怒ってくれている瞠を初めて見た。小学校から柔道技の実験台にしてきたのに、私のために怒ってくれるの。なんだかんだ言って瞠も男らしいところあるんじゃない。と、キララは思った。

「どうやら、お前は私を怒らせてしまったらしいな」

「瞠、私は大丈夫だから……」

「よくも……よくも……、私の……」

「わっ、私の!」

 キララは瞠の次の言葉を待った。キララの脳内で考えられる選択肢は、


 ①、「私の大事な人を」

 ②、「私の大切な人を」

 ③、「私の好きな人を」


 この三択に絞られた。キララの中では本命は①番になっている。①番には友達などが含まれているからである。しかし、ここで瞠が②番を選択したらどうなる。それは友達以上恋人未満を意識していることになるのではないのか? もし、瞠が女性としてキララを見ていたのならば、③番の可能性も浮上してくる。

 そう考えるとキララの脳内は混乱し、もうこうなったら③番に賭けてみるのもアリかもと考え出していた。①番が本命で対抗が②番、穴馬を③番に決めた。


 と、キララの脳内で結論を出した時、

「よくも、私のカワイイ後輩に尻餅をつかせたな」

 ダークホースは思わぬ所にいた。

 キララが目を点にしている隣で「ボクは大丈夫です」と、キララの身中を知らない隼人が立ち上りながら言った。

「ちょっと、私は?」

「くるな。この女の……この女の」

 呆気にとられるキララの後ろで、神威が迫り来る瞠を追い払おうと大声を上げていた。

「この女の、胸を揉むぞ」

 そう言って神威が右手を高々と持ち上げた。

「揉みたければ好きなだけ揉め! キララの胸など知るか」

 キッパリと言い切った。

「ちょっと、瞠。あんた、本気で言っているの?」

「本気だ。それより隼人にした落とし前と、パンティを盗んだ罪を償わせてやる」

 キララの事を心配するどころか、気遣わない姿を見て神威は思った。

「お前、案外、嫌われているんだな。俺と同じじゃん」

 そう言って神威はキララに同情した。

「うるさいわね」

「でも、彼が揉めって言っているから、とりあえず揉んでおくね」

 と、涙を呑んで神威はキララの胸をまさぐる決意を固めた――その時だった。

「いや、それはダメでしょ」

 どこからともなく声が聞こえた。次の瞬間、右手首を掴まれ、数センチ手前で神威のハレンチな行動は未然に防がれてしまった。

「だっ、だれだ。いつのまに! せめて触ったあとで掴んでくれよ」

 隣を見ると、今まで出てこなかったリンゴ箱が神威の腕を掴んでいた。

「我は仮面党幹部なり。おぬし、本当に揉んだらダメに決まっておろう」

 仮面党の幹部は姿を消すどころか出演さえも消すことが出来るのだ。

「えっ、いきなり出てきて、それは御都合過ぎませんか?」

 揉む気満々だった神威が、念願の胸を揉む行為が出来ないことを知り、ガクリと肩を落とした。だが、これで一件落着するのはまだ早い。

「なにか言い残すことはあるか?」

 神威の目の前で声が聞こえた。彼が見上げると、そこには中腰に構えた瞠が、怒りの形相で「地獄突き(ヘルズゲート)」を狙っていた。

「ちょっ、ちょっとなにを……」

地獄突限定(リミツター)解除。執行」

 放たれた膝蹴り(レベル4)がキララの頬をかすめ、後ろに居る神威の喉仏にめり込む。メキメキと声帯を潰し、神威は声にならない声を叫びながら吹き飛んだ。

「隼人。大丈夫か?」

 神威が気絶したのを確認してから、急いで隼人のそばに駆け寄ってきた瞠。隼人は尻に付いた汚れをパンパンっと叩きながら「大丈夫です」と笑顔で答えた。

「まったく、こんな男にやられおって。漢ならキララを見捨てて逃げなさい」

「キララ先輩を置いて逃げるなんて、そんなこと出来ませんよ」

「ぷりん部なら、初めにパンティを見ろと言っているだろう。その次に大切なのが自分の身体だ。お前は漢なのだから、他人のことになんかにかまけてないでパンティを見ることだけ考えなさい……ん? そうだ、忘れていた」

 そう言うと、瞠は昏倒している神威に近づき、穿いていたパンティを剥ぎ取る。全裸になった神威を無視して、座っているキララに振り向き「ほら、お前のパンティだ」と、ほっかほっかの脱ぎたてパンティをキララに差し出す。

「……み……みは……る」

 キララがうつむきながら立ち上がると、服に付いた埃を払った。

「どうした。パンティが無事に戻ってきて嬉しくないのか。礼はいいから受け取りなさい」

 そう言って瞠が、震えるキララの手にパンティを乗せ、自慢げに笑ってみせる。

「…………みはる」

「なんだ? 礼ならいいと言っているだろう」

 そう言って、瞠がうつむいているキララの顔を覗きこんだ時、

「やっぱり……その目玉……えぐってやる」

「……えっ?」

 キララの眼光が鋭く光り、一直線に瞠の眼球を貫いた。


 その直後、校内全域に響く断末魔がこだましたことは言う迄も無い。


 ○


 翌日。普通科①の新聞部が号外を発行した。

 見出しはもちろん昨日、校内で発生した「下着集団猥褻物陳列事件」の記事である。

 某日、正午過ぎ。中間テストが終わった午後、普通科①に女性用下着を穿いた男が下校途中の学生の前に現れ、パンイチ姿で男女二人に暴行を働いたもよう。目撃者の話によると、パンイチ男は通りすがりの男子生徒を突き飛ばし、一緒に居た女子生徒を羽交い締めにすると、けして豊満ともよべない貧相な胸を揉み立てようとするが未然に防がれてしまったらしい。

 女子生徒を救ったのは、その場に居合わせたブリーフ集団だった。ブリーフ集団は犯人を打ち負かすと男が穿いていた女性用下着を脱がし、その後にやって来た生徒会から逃げるように去って行ってしまったらしい。証言者によるとブリーフ集団は全員段ボールを被っていたらしく、彼らが同じ学生だったのか、はたまたただの変質者集団だったのかは現在調査中になっている。

 被害に遭った生徒にインタビューを試みたが、二人は段ボールしか覚えていないっと証言した。さすがに男たちが被っていた段ボールは目に入っても、穿いていた下着まで覚えたくなかったらしい。その場にいなくとも事件の卑猥度が見て取れる事件だ。

 今回起こった事件を生徒会直属のカウンター組織「風紀部」に訊いたところ「裸で倒れていた男は現行犯逮捕し、取り調べをしてからセミナーハウスへ投獄されるだろう」っと語った。ブリーフ集団の事を訊くと「現在調査中。ブリーフ集団を重要参考人として手配する」とコメントした。

 いったい、彼らブリーフ集団は正義の味方だったのだろうか? それともただの変態集団だったのか? 謎は深まるばかりである。

 ――学校新聞[五月號号外]発行元・新聞部――


「こんなこと書かれてますよ。会長」

 生徒会の一室で紫の薔薇が、正門で配られていた校内新聞を読みながら男に聞く。

「メディアには好きなだけ書かせておけばいい。それより例のモノは入手したんだろうな」

 紫の薔薇に偉そうな態度を取っている男が、生徒会会長の椅子でクルクル回りながら言った。

「もちろんですよ。今回の作戦は下着泥棒ではなく証拠映像の入手なのですから」

 そう言って男は記録媒体を会長机の上に置いた。

「ふんっ。これでようやく目障りなパンツ連合を根絶やしにすることが出来る」

「初めは誰から行くのですか?」

「無論、あの忌々しい男の後継者である『ぷりん党・佐木崖瞠』からだ」

 そう言うと生徒会会長『金剛寺天乃(こんごうじあまの)』はデップリとした腹を揺らしながら笑った。

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