第二話「パンツ連合」 04
「いっ、生きている」
女子部活棟の二階から落ちた神威が驚いて辺りを見渡していると、足下に身も知らない男子学生が目を回して倒れているのに気付いた。
「なんだコイツは? なぜ、俺の足下で寝ているんだ。人の迷惑を考えないヤツだな」
神威は被っていたミカン箱を脱ぎ捨てながら、下敷きになった男を一瞥する。神威は知らない、下敷きになった男が女子部活棟の裏で段ボールを貸し出していた仮面党の末端員だったことも、両親が経営する青果店の段ボールを使って小遣稼ぎをしていたことも。そして、彼が居なければ大怪我をしていたことも。
哀れな仮面党を気にする素振りを見せない神威。そんな男より神威にはやることがあったのだ。下着を返すことを諦めていない神威が、もう一度女子部室棟へ戻ろうと正面入口へ向かうと、タオルで汗を拭いている女子柔道部員の後ろ姿があった。テスト期間中だったため、女子野球部のみならず女子柔道部も早めに練習を切り上げてしまったのだ。
「……おそかった」
彼女たちが部室へ戻れば、下着がないことに気付くだろう。出来れば、彼女たちに気付かれる前に下着を返したかった神威にとって、それは最悪の結果でもあった。
「見つけたぞ、コイツ!」
そんなのお構いなしと言わんばかりに、さいなむ神威の目の前に段ボールが現れる。先ほど二階に居た仮面党だった。彼らは順番を割り込まれた怒りと、神威が被ったパンティの感想を聞くべく襲ってきたのだ。
わなわなとミカン箱が女子部活棟の窓から降り注ぎ神威の周りを取り囲んでしまう。
「チクショウ。ここは逃げるしかないか」
舌打ちをしながら神威は、迫り来るミカン箱を踏み潰しながら全速力でその場を逃げ出した。
学校中を追いかけ回された神威が辿り着いたのは、正門へ続く並木道だった。
「ここまで来ればミカン箱も追ってこないみたいだな」
肩で息をしながら深呼吸する。女子部活棟にはミカン箱が未だに辺りを警戒している。早く下着を返したいのに邪魔が多すぎた。神威を追いかけてきたミカン箱の数は尋常じゃないほどにまで膨れあがり、まるで量産された殺戮兵器のように、至る所に現れては口々に「誰のパンティを被ったんだ!」と涙ながらに叫び続けてきた。そんな追いつ追われつの関係を繰り返しながら無我夢中で逃げた先が、神威が登下校で通る並木道だったのだ。
息を整えながら神威が歩いていると、茂みの小陰に段ボールが置いてあるのにギョッとした。よく見れば、リンゴ箱が等間隔に置かれてある。
「リンゴだと? さっきのヤツらの仲間か? いや、ミカンじゃないから段ボール違いか?」
彼は警戒しつつも、平静を装いながら正門へ向かった。
「こんな状況じゃ下着を返しに行けない。いったん、退却して仕切り直さないと」
傾き始めた太陽を背に、神威は下校している学生を装って歩き始める。この時間、並木道を通る学生は少なく、グランドには部活をしている学生が青春の汗を流していた。今のところ、神威に向かってくる段ボールは見当たらない。
正門まで五〇歩を切ったとき、それまで動かなかった男子生徒がゆっくりと正門の前に現れたのがわかった。男は左手にプリンを握り締め、右手に携帯電話を持っていた。神威は男の登場にいくばくか怪しんだが、ミカン箱を被っていないので学生がプリンを食べているだけかと思った。
残り二〇歩の所で、ようやくプリンを食べている学生の顔が見えた。中肉中背で、顔は格好良くも悪くもなく、どちらかと言えばハレンチな顔にも見える。そんな、何処にでも現れるモブキャラのような男子学生。男はプリンを頬張りながら「ああ、報告通りだ」と言って神威を見る。
「やっと会えたなパンティドロボー。野鳥の会の情報どおりだ」
そう言うと、男は携帯をしまい、
「ぷりん党、佐木崖瞠だ」
瞠と名乗った男は、神威を睨みつけると空になったプリンの容器を投げ捨てた。
「パンティを盗んだ罪、万死に値する」




