第二話「パンツ連合」 02
「ほう、ここが会合が行われる場所か。随分と寂れているな」
紫の薔薇が指定してきた場所は、普通科④の敷地内にある旧校舎だった。広大な敷地面積を誇る彼の高校は、いくつもの校舎が建てられている。神威が通学している普通科①から普通科④の校舎へ行くには徒歩数十分かかるほど遠い。そのため、移動手段は「サイクリング部」から自転車をレンタルするか、「人力車部」を呼んで運んでもらうのが一般的になっていた。
だが彼は、春休みの半分を漫画喫茶にて自暴自棄に過ごしていたので、現在の所持金が雀の涙ほどしか残っていなかった。それ故、会合の時間に一時間以上も遅れてしまい、彼が到着する頃には人っ子一人居なかったのである。
遅れてきた彼は知らない。実は数十分ほど前、付近一帯に窃盗犯が潜伏していると情報を得た生徒会が、一斉摘発に乗り出していたことを。そのため、旧校舎に集まっていた学生はほとんど連行されてしまい、運良く逃れた者たちも散り散りになってしまったことを。勉学、スポーツ、友人関係とダメダメだった彼だが、運は人一倍高かったのだ。
「誰もいないじゃないか。本当にココであっているのか?」
時間に遅れていることに気付かない神威が呑気に辺りを見渡して言った。
体育で使うような設備や、文化祭で使ったと思われる廃材が捨てられており、割れた窓ガラスからカーネルサンダース人形が「いらっしゃいませ」と笑顔を振りまいている。完全に普通科④の旧校舎はゴミ捨て山と化していた。
「桃色のスクールライフとはかけ離れた場所だな」
春休み期間なので生徒は見当たらないが、校舎裏に書かれた「愛羅武勇」や「天上天下唯我独尊」の文字が、この先立入り禁止と警告しているようで神威は不安になった。
「普通科④じゃなくて、他の科だったかな?」
そう思い、渡された封筒を探していると、
「これはこれは、先日お会いした方ではありませんか」
「お前は、この前の」
彼の前に現れたのは、先日、漫画喫茶で出会った『紫の薔薇』の男だった。
「いやー、ご無事でしたか。ちょっとした手違いがありまして、生徒会の執行部に尻尾を掴まれてしまいました」
「執行部? 何を言っているのか分からないが大丈夫だったのか?」
「ええ、問題ありません。トカゲの尻尾ですから。それにしても、アナタ様は運がいい」
そう言うと男は、一枚の写真を取りだし、
「ここに来たということは、ご入会を希望されていると受け取って間違いありませんね?」
「ああ、そのつもりだ」
「そうですか。それはよかった。本来ならば入会審査が必要なのですが、今回は特別に免除ということで」
「入会審査? そんなものがあるのか?」
「はい。何処の馬の骨ともわからない学生を入会させられませんからね。私どもは信用第一が売りなんですよ」
「先ほど言った運がいいとは、入会審査が免除されたことを言っているのか?」
「もちろん。あと、優先してアナタ様に仕事を紹介して差し上げます」
「仕事? 初耳だな。どんな仕事なんだ?」
「簡単な仕事です。とある女子部活動に忍び込んでパンツを盗んでくるだけです。あと、持ち出す際にパンツを着用してきてください。身体検査されたときにバレないようにね」
「なっ、なんだと。女性の下着を盗んだうえに穿くのか! なんてハレンチ極まりない行為だ。出来るわけないだろう」
「おや? 不服ですか? ギブアンドテイクだと考えてください。私どもが依頼したことを完遂さえすれば、薔薇色のスクールライフが送れるのです。取引して損は無いかと?」
「捕まれば大損ではないか!」
「ですから、着用してくださいと言っているのです」
「無理だ」
かたくなに拒絶する神威を見て男はヤレヤレと頭を振ってから、
「そうですか。無理強いはさせません。嫌がる方に仕事をさせて失敗されては目も当てられませんからね。それでは、この仕事は違う人に紹介することにしましょう。あっ、ちなみに今回の仕事をキャンセルすることは、入会もキャンセルすることになりますので悪しからず」
そう言って男が立ち去ろうと背中を見せたとき、彼が持っていた写真がわざとらしく手元から滑り落ちた。ヒラヒラと写真が舞い落ちるのを横目で見ていた神威が「おい、落ちたぞ」と言って疑いもせず拾おうと手を伸ばしたとき、彼は腹の底から込み上げてくる怒りを感じた。落ちた写真を見ると、そこには、いつも神威にパンの枚数を訊いてくる同級生が写っていたからである。同級生は卑猥な笑みを浮かべながら、麗しい乙女と一緒にピースサインをしているではないか。人の幸せを心底妬む神威が僻んだのも当然であった。
「ちょっと待て。コレはなんだ? なぜ、コイツはこんなにもイヤラシイ目付きをしているんだ。そもそも、この写真はなんだ?」
「ああ、それですか。それは前々回に仕事を依頼した物です。依頼完了と成功報酬をかねて撮りました」
「成功報酬だと? それじゃなにか、コイツも紫の薔薇のメンバーだと言うのか」
「もちろん。入会は去年だったと思います。そのときは会員様がたくさん在籍していましたので、仕事をご紹介するのに数ヵ月掛かってしまいました」
男は神威が持っていた写真を引き抜き「他にも写真はありますよ」と言ってから、手品のように写真を見せてきた。写真に写っている男どもは全員神威が知っている人物であった。万年補欠部員の同級生。屋上で独り焼きそばパンを食べながら「俺は一人じゃない。孤独が好きなんだ」と言ってヤセ我慢をしていた同級生。休み時間になるたび空を見上げては「今日も空は蒼いな」と言って、黒板に貼り出されてしまったラブレターから背を向けている同級生。そんな憐れな同級生たちが、女子生徒と一緒に写っているのである。カメラ目線で「僕らはコレで夢が叶いました」と、雑誌の裏に紹介されている通販グッズさながらのコメントをしているのが、神威には我慢できなかった。
「コイツら。最近、浮かれていると思ったら、こういうことだったのか……」
神威は顔を引きつらせながら恨めしそうに写真を見続ける。怪光線で写真を焼き払う勢いの眼光であった。
それを見ていた男は溜息を吐きながら「それにしても残念です。入会してすぐに仕事を紹介するなんて滅多にないのに……」と言って、写真を懐にしまう素振りを見せた。
「まっ、待て。気が変わった。その話、詳しく聞かせてくれないか」
「そうですか。引き受けてくださると? やはり、アナタは運がいい」
その言葉を待っていたと言わんばかりに男は振り返ると、そしらぬ顔で神威の肩を抱き寄せてきた。
「なぁに、怖がることはありません。薔薇には刺があるものです。それを乗り越えて初めて薔薇色のスクールライフが送れるのです」
「薔薇色のスクールライフ。それは本当だろうな」
「もちろん。私どものお願いさえ聞いてくだされば……ね」
「いいだろう。パンツを穿いて来てやるから、女子生徒を用意して待っていろ」
「なんとも頼もしい御言葉。詳しい段取りは直前になってお話しします。今のところわかっていることは、普通科①の女子柔道部主将『安藤キララ』の下着だと言うことだけです。心配いりません。ロッカーのカギや侵入経路はこちらで用意しますので。アナタ様は私どもの指示通りに動けば問題ありません」
「信頼してもいいんだな」
「はい。先ほども申し上げましたが、私どもは信用第一ですから」
そう言って男は不気味に笑って見せた。




