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架空の世界の物語  作者: 詠藍
森の国(ウータン)編
7/30

揺れる乗合馬車

 翌朝は早朝の出立となった。街道ぞいに南下すること半日。昼食と休憩を挟んで、馬車を乗り換えて内陸へと進路を変える。


 乗合馬車はガタガタとした悪路を走る。カイは手すりにしがみつき、酔いに耐えていた。

 同乗する3人の女性たちが、轍の騒音に負けない大きな声でおしゃべりをしている。元気である。

 一同はすっかり、彼女らの家族構成や人となりが把握できてしまう勢いであった。


 ミヨちゃんエッちゃんと呼び合う中年女性は、いとこ同士であるらしく、どちらも健康的なふくよかな体格であった。

 エツのところに孫が生まれるため、示し合わせて里帰りだという。

 もう一人の年かさの女性は、ふたりから「かあさん」と呼ばれていた。


 山から吹き下ろす風は冷たいが、日差しは温かい。剥き出しの荷台の安馬車である。


 ひとしきり村民の噂話を一巡させると、彼女たちはこちらの様子をチラチラと伺っている。

 馬車は辺境へ向かう路線である。よそ者が珍しいようだ。


 「皆さまはお祭りにはいらっしゃるのですか?」


 賢者がさりげなく話をむけた。


 「私はパーロルの学者です。49年に一度という機会ですので、見学させていただくことになりまして…」


 「はァ、なんだ、学者さまかァ、こんな辺鄙なところまでよぅ来なすったよぅ」

 「ほんとよく来たねぇ。ホワンのお祭りって、ホワンの民以外はほとんど見ることできないんだよぅ」

 「あたしたちなんて、もぅとてもとても。学者さまたち、運がいいねぇ」

 年かさの女性が、賢者とカイに蜜柑をすすめる。


 「前回の大祭の時は、あたしは生まれてなかったけぇ。ミヨちゃんは?5歳くらい?かあさんは幾つけぇ?」

 「これ、女性に年を聞ぐもんでねぇ!」

 「ミヨちゃんのお姉さんが、ホワンの人と結婚したんだよねぇ」

 「そーよぅ。上の姉さんはあんとき山さ上ったんよぅ。でもね、下働きばっかだったけぇ、ぜんぜん楽しくなかったって言ってたよぅ」


 3人はどっと笑う。

 カイには正直なところ、彼女らの話のどこが面白いのかはわからなかったが、馬車の雰囲気が明るくなることは嬉しかった。

 「かあさん」からもらった蜜柑も、馬車に酔う気分をさっぱりさせてくれる。


 「でも、これは内緒よ」と前置きして、ミヨは少し声を潜めた。

 「前回の大祭は、失敗したらしいのよぅ。あたし、姉さんから聞いたの。神の契約はなされなかったって。誰にも言っちゃダメよぅ。49年前っていったら、戦争の年でしょう?」


 戦争を止められなかったのは、祭りが成立しなかったからともとれる話しぶりである。

 こんな辺境の祭りが、4大国の情勢に影響を与えることなどあるわけがないのに、とも思うが。

 まして、このミヨが「内緒」と言って話しているということは、「契約の失敗」の噂話はすでに多くの人に知られていることなのだろう。


 つまりそれも笑い話であるらしい。女性たちは顔を見合わせて、またどっと笑った。

 カイも思わず口元が緩む。見ると、賢者も、ニルギリも声を出さず笑っていた。

 ケサルだけが眠っているのか、貨車のすみの荷にもたれて目を閉じたままだった。



※※※



 「ホワンにいくなら、終点の村で降りてもらえば、登山道はすぐですよ。っと!うわぁっ!!」


 御者が「どぅ、どぅ」と馬を急停止させたものだから、カイも舌を噛みそうになる。


 「けが人だァ!!」と張り上げる声。子供の泣き叫ぶ声。

 ケサルが「なんだぁ、おい?」と、荷に埋もれて頭をあげる。


 「カイ、来なさい」

 「はい!」


 怪我人との声に、賢者とカイは医療用具の入った肩掛け鞄のみを手に、馬車を飛び降りた。


 「おい、ウィシュク!あ、カイ!!」

 「ニルギリ、近隣の民家に助けを。真水と炭と焚き付け、きれいな布があったらお借りしてきてください。ケサルさん、こちらでご婦人方をお願いします」


 賢者が目の前に倒れる男と、前方に広がる森の上空をちらと見比べた。


 「猛禽類の爪ですね。死鷹かもしれない。まだ、こちらを狙っているかもしれないから気を付けて」


 「わかった。真水と炭と焚き付け、布だな。急ごう」佩刀したニルギリは走る。

 「ちっ!かんべんしてくれよ~」と、ケサル。

 「ケサルさん、武器は使えますか?」

 「まぁ、人並みにな」


 

 「おとうさん、おとうさんが」

 泣きわめく、幼い少女。彼女のほうにケガはないようだ。


 しかし、そのすぐそばには血だまりを作りながら、ぴくりとも動かない男が倒れていた。


 娘を庇ったのだろう。死鷹は子供を餌としてさらうことがある。


 「大丈夫ですよ。私は医者です」

 賢者は幼女を安心させるように、穏やかに話しかけた。状況の説明を促す。


 「おっきな鳥。さーっと。バタバタっておそってきたの、それで……」


 傍らではカイが服を鋏で切り裂いていた。大きな爪跡は左肩に3本。

 この場合は、流血があるほうがまだ安心である。毒を体に巡らせないよう、傷口に触れないようにうつ伏せにし、左を心臓よりやや下方に向け、男の姿勢を整えた。


 「カイ、『医療全書』は諳んじていますね」

 小声だが、厳しい口調で師が問う。

 「はい」

 「死鷹の毒爪の対処法を」

 「はい……え、っと、162頁……。傷口を確認、毒を体内より排出、真水でよくすすいだあと……」


 カイの言葉のもと、賢者は頷きながら手際よくけが人の処置をしていく。

 これは後で気づいたことだが、賢者は本の頁数から対処法まで、カイに確認するまでもない様子であった。

 カイを間近に呼び寄せ、医療書を暗唱させたのは、初めての事件に動揺するカイを落ち着かせ、また学ばせる意図があったのに違いなかった。


 ケサルが荷から弓矢を出し、調整を始める。

 ニルギリが近隣の民家の住人を伴い、急ぎ戻ってきた。抱えてきたものを賢者の周囲に並べる。炭を熾す。

 カイは医療書の処方通りの薬草を薬研ですり潰し、調合する。


 「痛いと思いますが、我慢してくださいね。ニルギリ、彼を押さえていてください」

 賢者は小さなナイフを炭火で熱し、それを男の傷口に押し当てた。

 じゅわぁぁぁ、と、嫌な音と匂いが立ち込める。カイはとっさに幼女を抱きしめ、その視界を塞いだ。

 爪跡を、抉るように、ナイフを動かす。薬を塗り、縫合。清潔な布で傷口をぴったりと塞いだ。

 最後に化膿止めの丸薬を飲ませて、男を解放する。


 「発見が早くてよかった。もう大丈夫です」

 賢者がほう、とため息をもらした。

 「左手は麻痺が残るかもしれませんが、訓練すれば必ず元にもどりますよ。」



※※※



 ちょうどそのとき、死鷹を追いやることに成功したらしい。

 乗合馬車の3人の婦人が、キャーキャーと奇声を上げる。

 ケサルのほうを見やると、ケサルはこちらに鏃をむけて矢をつがえてみせた。

 「ばーん!」と、声を出さず唇を動かし、弓を下げニタリと笑う。

 

 水を分けてくれた民家の男が、父子を見知っているという。

 アルッカに行商に来ている、よく見る顔だ。荷を積んだ驢馬を連れていたはずだが、逃げたか盗まれたか、と。


 「彼を休ませる場所をお貸しくださいますか。夜に高い熱を出します。たっぷりの湯冷ましを飲ませてください」

 賢者は薬と、彼がしばらく滞在しても困らない金を渡す。

 気前のいい通りすがりの賢者に、男は厳つい顔を緩め、「まかせておけ」と頷いた。


 泣きつかれて眠ってしまった幼女を抱きかかえ、カイは馬車に戻った。

 自分より体温の高い、いとけない子供が、ひざの上でかたかた小さく震えている。


 「あれはダダだねぇ」

 かあさんが言った。

 「ヤーエ村のダー坊だァ。こっちは、その娘のスイ」


 ヤーエ村は霊峰メイにほど近い村だということなので、一行はとりあえずそちらに向かうことになった。


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